5話 口の悪い護衛達とベルゼの街
「あとどの位で着く?」
「2時間程です」
小窓を開けて聞くと護衛の一人が面倒くさそうに答えてくれた。
現在リンドル公国に向かって馬車を走らせている。
立派な馬車は車輪もしっかり補強されていて悪路も苦にしない。
セバスは早速護衛と御者付きの馬車を用意してくれた。
ついでに向こうの国に視察の連絡はしたらしいが好きにしろとの事。
友好国とはいえ緩いな……。
護衛は王都を守る騎士団の精鋭二人。
デブトとガリム。
デブトは横にでかい兵士でガリムは縦に細長い兵士だ。
どちらも中級剣士だそうだ。
優秀じゃないか。
というかどうして中級剣士を護衛に付けられるのに先生を頼む事は出来ないのか。
「何で俺らは非番に馬鹿王子のお守りなんてやらされてるんだ」
「ふん。ぼやくなよ、上の命令だ」
「やってられないな」
「ふん。同感だ」
窓を閉める直前、そんな会話が聞こえた。
デブトは喋りに癖が無いが、ガリムは鼻の調子が悪いのかいつも鼻を鳴らしているみたいだ。
そしてどうやら二人は予想以上に不満げだ。
要するに休みの日まで仕事をしたくない上に、馬鹿と噂される俺の子守りなんて嫌だって事らしい。
先生を頼むのを考えたけどまず無理だろうね。
もし先生となればこいつら騎士団の兵士の場合、休みの日まで付き合わされる可能性があるし。
にしても俺の評判悪すぎないですかね。
ちょっと二つ下の弟に勉強も剣術も魔術も教養や普段の生活とか負けてるってだけじゃないか。
……はい、兄の方が駄目な王子ですね。
まごうことなく完敗です。
暫く馬車を走らせていると、小高い丘が見えてきた。
いくつもの墓が見える。
あ!
「御者さん、あっちで止まってくれ」
「え、はい」
針路を丘の方へ向けた。
丘の下の方で馬車を降りる。
「丘に何か用ですか?」
「ちょっとね、付いてきてくれ」
デブトが一応敬語を使ってくれるが少々不満げだ。
ちらっと見ればガリムが鼻を鳴らしている。
鼻用の薬なんてこの世界になさそうだな。
そんな事を考えながら俺は丘を登って行った。
いくつもの墓がある中、とある墓の前で誰かが座っているのが見えた。
「誰だ?」
黒いフードを被った男が振り返った。
顔に仮面をつけ、軽鎧を付けており、腰には剣を下げている。
俺の左右に控える二人が身構えるが、手で要らないと制す。
「子供か」
「失礼、先に友好国の民に……」
俺は全体を見渡しながら丁寧な礼をした。
それまで警戒していた空気が少々和らいだ気がした。
「申し遅れました。私はジーク、カーラーン王国の者です。隣国の街がモンスターに襲われたと聞き、様子を見に来ました」
王族という事はまだ伏せておこう、変な目で見られたくないし。
「それにしても……」
周囲の墓を見渡しながらふう……と息を吐く。
「酷い物ですね、こんなに被害が」
「…………」
「冥福をお祈りします」
男は俺の事を不思議そうに見ていた。
「ところであなたは?」
「……俺はプーカ。街に住んでいた。丁度俺がいない時に襲われてな、死に損なった」
「ブーカ……偽名か?」
後ろでデブトがボソッと呟いた。
プーカ……亡霊って意味の言葉で恐らく偽名だろう。
「そちらの墓の前に座っていましたが……」
「妹がいたんだ、両親が早くに死んでから俺が世話をしていた。出来た妹だったんだがな」
「そうですか……」
「肝心な時にいない駄目な兄だ」
自嘲気味に笑った。
その場から去ろうとすると男が話しかけてきた。
「これからどこへ行くんだ?」
「ベルゼの街の方へ」
「止めておけ」
強い口調で反対された。
「どうして?」
「街ではまだモンスターが暴れているかもしれない。危ないぞ」
「大丈夫です、彼らは優秀な護衛なので」
俺が言うとデブトとガリムは嫌そうな顔をしながらも断ったりはしない。
褒められた手前ここで帰りますとか嫌とかは言いづらいみたいだ。
「モンスターがいて危険だと言っているのに、行く理由でもあるのか?」
「だって、住んでいた場所でモンスターが暴れていたら、このお墓に入っている方々も安らかに眠れないでしょう? これも何かの縁です」
それだけ言い、踵を返した。
ベルゼの街はもう酷いもんだった。
入口の門はひしゃげていて門を抜けた先の家屋も力づくで壊されたようなものが多くあった。
更に小型のモンスターがかなりの数いた。
――とはいえ、危険とは思わない。
「ふん!」
「そうりゃ」
デブトとガリムが掛け声を出しながら次々とモンスターを倒していく。
いやぁ、こいつら結構強いね。
あらかた倒し終えた頃、それは現れた。
地面が揺れ、家屋がひしゃげる音が聞こえてくる。
奥からぬっと現れたのは巨大な影だ。
ドンボスコ。
巨大な熊に似た獰猛なモンスターだ。
分厚い皮膚は並の剣を通さない。
近距離で魔法を当てでもしなければ倒せないが、その鋭い爪と俊敏な体躯で魔法使いが詠唱している間に殺しにかかってくる。
魔法使い殺しとも言われている危険なモンスターである。
倒すなら前衛に剣士5人、後衛に魔術師5人のそれぞれ10人は必要とも言われている。
「殿下、後ろへ」
「ふん。こいつはやばいな」
言いながら二人はドンボスコと戦い始める。
しかし、剣は当然の如く効かず。
完全に防戦一方だ。
これ想像よりやばかったかも。
後ろで腕を組み見ながら思った。
「デブト、ガリム。勝てそうか?」
「無理です、殿下は逃げて下さい」
「ふん、俺らが命に代えても守りますよ」
「最悪特攻仕掛けます」
「特攻って……」
あんなにお守りは嫌とか言いながら、こういう時にはしっかり命を懸けて逃がそうとするのか。
良い奴らだな、ならもうちょっとだけ頑張って貰わないと困る。
俺が逃げた後に死なせるわけにはいかない。
「俺はここから逃げない!」
「「え!?」」
正直時間を稼ぐだけでいいんだよ。
「お前らが死んだら戦えない俺は絶対死ぬ。だからお前ら、俺を死なせない様に命を大事にしながら頑張れ!」
「そこは逃げてくださいよ! あなたが死んだらどうなると思うんですか!」
どうなるってお前……。
「大丈夫だ、優秀な弟が俺の代わりを務めるだけだ! むしろその方が良いかもな!」
「……ふはっ!」
一瞬の沈黙の後、最初に噴出したのはガリムだ。
俺とデブトとの会話を聞きながら笑っている。
「くっくっ。ふん、自虐も良い所だ。ちなみに王子、戦えないって言ってますが本当に剣も魔術も使えないんですか?」
「使えるわけないだろう。使えたら一緒に戦っている」
「そりゃそうか。ふふふ……」
続けてデブトが笑い出した。
「騎士団なんて死ぬのが仕事と思ってたんだが、これじゃ死ねないな」
「ふん。酷い脅迫もあったもんだ」
ガリムが口元を緩ませているのが見えた。
どうやら何かが彼らの琴線に触れたようで空気が弛緩する。
「あーあー、ガリム! 俺らは休日に何でこんなバカな王子の我儘で命懸けてるのか」
「ふん。けど、悪くない」
「同感だな。殿下!」
デブトが戦いながら叫んでくる。
「何だ」
「上に立つものは、時には兵を犠牲に自分だけでも生き残るって事考えていなきゃ駄目ですよ」
なんだそりゃ。
「俺の心配なんてしなくて良いから集中しろ、死ぬぞ」
「ふん。デブト」
「おう、後ろには向かわせねえよ」
口元を歪ませながら二人は必至で戦っている。
「マジで戦ってやがる」
後ろからプーカが走ってきた。
やっと来てくれたか、ハラハラしてたよ。
だが、その感情は顔に出さないようにした。
「来てくれたんですか」
「ああ、で……何でドンボスコと戦ってんだ」
「好きで戦ってるわけじゃねえ。そこのでん……糞ガキ様のせいだ! そもそも仮面野郎、何しに来たんだ?」
「ふん。見世物じゃない……ぞ!」
デブトが迫ってきた腕を剣で弾き、ガリムが盾で攻撃を受け流す。
「へえ、やるじゃないか」
プーカが口笛を吹きながら腰から剣を抜く。
レイピアのように先の尖った細長い剣だ。
「面白い、俺も混ぜろ!」