その11 後半
春彦は頷いて
「わかった」
と答え、全員を見ると
「俺と一色君で手紙の主にあって何処にあって何なのかを聞いて東京の方の情報は允華さんにそれで京都の方は漣さんに知らせます」
允華さんは金子さんと伊達さんに連絡を取って対処を
と告げた。
「こちらは一色君と俺と漣さんで対処します」
允華は頷いて
「わかった」
と答えた。
那須幸一は息を吐き出し
「じゃあ、取り敢えずは解散して待機ということだね」
と告げた。
それに全員が頷いて那須邸を後にした。
春彦は海埜七海に
「じゃあ、俺は明日一颯と行ってくるので東京で待っていてください」
報告はします
と告げた。
七海は笑顔で
「わかったわ」
丸投げさせてもらうわ
とさっぱりと告げた。
春彦は頷いて
「はい」
と答えた。
そして允華に
「じゃあ、允華さんにも連絡します」
と告げた。
允華は「連絡を待っているよ」と答えた。
「JDWの負の遺産を放置はできないからね」
春彦は頷いた。
一颯は春彦を見ると
「今日は俺の家で泊まってくれ」
と告げた。
「話しておきたいことがある」
春彦は「わかった」と答え
「結婚の話も聞きたいからね」
と笑った。
一颯は真っ赤になり
「お、おお」
と答え
「お前はどうなんだ?」
と聞いた。
「ずっと彼女なんだろ?」
春彦は笑顔で
「ああ、俺が愛しているのは勇ちゃんだけだから」
と告げた。
「結婚…したいとは思ってる」
一颯はそれに軽く肩を叩いて
「行こうか」
と誘った。
翌日、一颯は春彦を連れて名古屋市のある場所へと向かった。
JDWの創始者である黒崎零里の一人娘の黒崎茜。
一颯が一時ともに暮らし、初めて身体を重ねた相手でもある。
一颯は春彦と共にバスで名古屋市の那古野二丁目にある一軒の空き家へと向かった。
友晴に声を掛けることも出来たが、それをしなかったのには理由があったのだ。
春彦は後ろから着いて来ている護衛の武藤譲と羽田野大翔には指示をするまで出てこないように言っておいた。
一颯はその家の前まで来てそこに立っている少女に目を向けた。
春彦はその少女を見て目を見開いた。
「た、いよ…」
そう言いかけて息を飲み込んだ。
少女は一颯を見ると手にしていた本を差し出した。
「引っ越しの時にこれが出てきたので」
一颯は受け取り彼女の少しふくよかになった身体をそっと見た。
時期を考えるとあの時の子供かも知れない。
そう思ったのである。
一颯の横に立っていた春彦は驚きながら
「…あか、ねさん?」
と聞いた。
黒崎茜は驚いて
「え?どうして私のことを?」
貴方は?
と問いかけた。
一颯も春彦を驚いてみた。
彼女はJDWの黒崎零里の娘だが恐らくそれを知っている人間は少ないはずである。
立花茜として引き取られていたからである。
なのに何故?
そう思い凝視する二人に春彦は複雑な笑みを浮かべ
「JDWの襲撃の時に姪の太陽を助けてくれた女性…朧悠羅さんが最後に言った言葉が『あかね、声を出してはダメ』だったんだ」
彼女は兄が愛した人に凄く似ていて
「そして君は太陽ちゃんに凄く似ているので…もしかしてと思って」
と告げた。
茜は春彦がJDW襲撃の被害者家族なのだと理解すると
「父は本当に後悔してました」
母をそして多くの人を死なせてしまう組織を作ってしまったことを
「本当に…本当に…」
ごめんなさい
「ごめんなさい」
と頭を下げた。
春彦は静かに笑むと
「はっきり言って恨んだよ」
だけど
「彼が自首をして全てを自供してくれたこと」
そして心から後悔していることが分かった
「したことは許せないけど恨まないことにした」
それに君も母親を失った被害者じゃないか
「君を責める気持ちはないよ」
君の父親も
と告げた。
「兄ならそう言ったと思うから」
茜は泣きながら微笑み
「ありがとうございます」
と答え
「これを破壊してください」
お願いします
と告げた。
そして、一颯を見ると
「少し前に…名古屋に来た時に一颯さんを見ました」
優しい顔をして幸せそうで
「それで…これをどうしようかと迷っていた時に立花のお父さんがちゃんとさようなら言ってきなさいと言ってくれて」
と告げた。
「あの時側にいてくださってありがとうございます」
寂しくて潰されそうになった時に一颯さんがいてくれて本当に嬉しかった
「それから」
茜はそう言って言葉を一旦切り
「さようなら…どこにいても一颯さんの幸せを祈ってます」
と微笑んだ。
一颯は泣きそうに目を潤ませながら
「だが、その子は…」
と言いかけた。
茜は笑みを深め
「大丈夫…私、この子たちがいるから強くなれます」
とお腹を愛おし気に見て
「一颯さん…もう二度とお会いいたしません」
だから
「笑顔で見送ってください」
と凛と告げた。
一颯は迷ったものの茜が「最後のお願いです」というと笑みを作り
「俺も君が何処にいても幸せを祈ってる」
とそっと手を掴むとキスをした。
確かに愛していた。
心が惹かれる気持ちに間違いはない。
だが
「さようなら」
茜は礼をすると背を向けて歩き始めると涙を浮かべた。
「…さようなら、大好きな人…」
春彦は羽田野大翔を見ると頷いた。
大翔はそっと茜の後を追ったのである。
一颯は春彦を見ると
「…昨日言ったことは忘れてくれ」
まさかお前の家族が巻き込まれていたなんて
と告げた。
春彦は笑むと
「兄も俺も事情が特殊だったから…知っている人は少なかったんだ」
と言い
「俺はちゃんと約束を果たすよ」
と告げた。
「今、羽田野に後を追ってもらってる」
一颯は唇を噛みしめ
「すまない」
と告げた。
春彦は首を振り
「気にしないでいい」
俺はそう言う一色のこと好きだ
と微笑んで肩を引き寄せた。
その後、本の画像を允華に転送し東京と京都にあるシステムを破壊した。
それは特別な家系を支えるシステムに似たものであった。
JDWが作った…そう、黒崎零里が作った特殊なAIシステム。
それを見つけ破壊したのである。
彼は既にこの世を去り、彼が作り上げた最高のシステムも漸く消え去ったのである。
名古屋駅まで一颯は春彦を見送り
「茜のこと…お願いする」
と頭を下げた。
春彦は頷いて
「ああ、ちゃんと見守っていくから」
と答え、警護の武藤譲と共に立ち去った。
まだまだ寒い冬である。
一颯は事務所へと戻り、オフィスの戸を開けた。
オフィスには坂路理沙とピーだけがいて、尾米正の姿も七尾友晴の姿もなかった。
坂路理沙は立ち上がると
「お帰り、一色君」
と笑んで一颯の頬を両手で包み込んだ。
「寒いねー」
冷えちゃったね
一颯は彼女の笑みを見ると涙を落として抱き締めた。
「すまない」
理沙は抱きしめ返して
「うん、泣いていいよ」
今日は社長も七尾さんも先に帰宅したから
と言い
「大切にされてるねー一色君は」
と優しく告げた。
一颯は少し笑って
「そうだな」
と答え
「黒崎茜と…さようならを交わしてきた」
と告げた。
理沙は「うん」と答えた。
一颯は彼女の顔を見て
「もう彼女と会うことはない」
ただ
と言いかけた。
が、理沙は一颯の唇に指を当てて
「わかってるから」
一色君ともう10年も一緒にいるのよ?
「好きだった女性が本当に困った時には手を差し伸べるタイプだってことはね」
幸せに暮らして欲しいね
「茜さん」
と告げた。
一颯は心の中にすとんと何かが落ちると笑みを浮かべて
「ああ、幸せに生きて欲しい」
笑顔で
と言い
「坂路……理沙ありがとう」
愛してる
「理沙を愛して良かった」
と唇を重ねた。
理沙は心の中で
「私もだからね」
一颯君
と呟いた。
ピーは籠の中でヒョロロロといつになく穏やかな鳴き声を響かせていた。
外では雪がちらつき街を白く染め始めていたが…その向こうでは春が確実に近づいていたのである。




