その6
翌日。
10時になると三清精密機器の常務・畦倉克夫が姿を見せた。
50代の壮年男性で背の低い細身の人物であった。
「失礼いたします」
そう言い衝立で区切られている簡易な応接室のソファに座り待っていた一颯と友晴と対面した。
社長の尾米正は依頼に関しては受けるが一颯に話を通した後はノータッチなのである。
一颯は畦倉克夫を見て
「今回は依頼をいただきありがとうございます」
と通り一遍の挨拶をして
「それで依頼の件ですが」
と告げた。
「お話をお聞かせいただけますでしょうか?」
克夫は頷くと鞄から書類を出した。
正確には社員の身上書と言った方が良いかもしれない。
一颯はそれを手に取り
「勝野…剛一さんですか」
とチラリと克夫を見て
「彼に関して何か?」
と聞いた。
克夫は頷くと
「実は三清精密機器の開発情報を漏らしているかもしれないという通報があり真実かどうか調べてもらいたい」
と告げた。
「事が事だけにもし偽通報だったら勝野君に関して取り返しのつかないことになってしまうので」
依頼を
一颯は目を細めて
「なるほど」
と答えた。
一颯と友晴が理沙から知らされた書き込みの内容とは微妙に違った話であった。
三清グループ内で三清精密機器を手放して合併させようとする派閥とそれを阻止しようとしている派閥がいるという書き込みだったのである。
『会社売ろうとしている奴いるけど、売られたら俺達社員どうなる?ヤバイ』
『会社売って自分だけ格上げかよ』
という書き込みであった。
三清精密機器の業績はグループ内でも悪くはなかった。
特に半導体関連なので反対賛成派あるようである。
もちろん、その背後にはその関連に手を出そうとしている合併と言う買収に動く企業の思惑があるのだろう。
企業合併や買収ではあるあるの内容であった。
が、それとは違って機密漏洩の調査だったので一颯は「違ったな。まあ、やっぱり依頼は聞くまでビックリ箱だ」と心で呟いた。
一颯は克夫に
「会社の部署関連の情報をいただけますでしょうか?」
と告げた。
「彼が所属する部署の担当内容と他の社員の情報も」
克夫は頷くと鞄から
「そう言われるかもしれないと聞いて用意しておきました」
と書類を置いた。
「これが勝野くんの部署の担当内容と配下の社員です」
彼の部署は特許出願書類を作成する部署で
「開発機密に関しては集められている部署です」
一颯はちらりと克夫を一瞥して書類を広げ
「確かに報告書やデータが揃った状態の部署ということですね」
と言い
「部下は加賀廉一、坂巻百合子、佐藤義雄に坂巻泉美…4人ですか」
と呟いた。
克夫は頷いて
「はい、宜しくお願いします」
と告げた。
一颯は頷き
「お受けします」
と答えた。
畦倉克夫が立ち去ると一颯は理沙に受け取った書類を渡し
「コピー頼む」
と告げた。
「それから、情報漏洩の書き込みが無いか調べておいてくれ」
あー、そっちは急いでないけどな
理沙は頷くと立ち上がり
「はいはーい」
と答え、直ぐにコピー機でコピーして
「コピーは七尾さんに渡したらいい?」
と聞いた。
一颯は頷くと
「ああ、頼む」
と答えた。
ピーは昨日の城外周の暑さが堪えているようで何時もの『ラブリー』を言わず背中を向けて水を飲んでいた。
散歩は嫌だという意思表示である。
一颯はそれを見ると
「ピー、流石に散歩は懲りたようだな」
と苦笑し
「今日は車だ」
行くぞ
と籠から嫌々と顔を背けるピーを掴んで頭に乗せた。
「行かなかったら、俺はもうお前を散歩に連れて行かないからな」
坂路に連れて行ってもらうことになるな
ピーは羽根をばたつかせると
「ピー」
と悲鳴を上げた。
理沙はそれに腕を組み
「は?私飼い主ですけど」
失礼しちゃうわね
「でも、私の時はハーネス必須だけどね」
と酷薄に微笑んだ。
ピーはそれに
「ヤバイ…リサ、モリモリ」
とチョコンと一颯の頭に座った。
一颯は書類を受け取った友晴を見ると
「いくぞ」
と呼びかけた。
友晴は「何故、オカメインコ?」と思いつつも頷き
「はあ、それでどのような形で」
と聞いた。
一颯は名古屋Nowtimeの名刺を見せて
「記者として話を聞きに行く」
と告げた。
友晴は「なるほどライターですか」と呟いた。
一颯は笑いながら
「まあ記者っていうのが一番やりやすい」
と答えた。




