予告状
一颯は目を細めると
「もう分った」
と答えると、坂路理沙を見て
「悪いが、市内に配られている新聞に差し込まれたチラシを全部用意してくれ」
と告げた。
坂路理沙はジッと一颯を見て
「名古屋市一円に配られているチラシ?」
と聞き返した。
一颯は頷いて
「ああ」
出来るだけ早く頼む
「あとできたら地域別でもらえると助かる」
と告げた。
理沙は正を一瞥して直ぐに一颯に目を向けると
「わかったわ」
と答え、パソコンのキーボードの上の指先を素早く動かした。
一颯は自身の机に座るとノートパソコンを立ち上げて指先を動かした。
「鎌倉…統一郎の身辺調査をしないとな」
統一郎の周囲で彼に殺意を覚えている人間が少なからずいることは間違いない。
ブレーキの細工は館に出入りできる人間がした可能性が高いからである。
つまり、同居している正妻の佐世。
その子供の統流。
あと、愛人の田ノ井美和。
その子供の美郎。
一颯は考え
「後は…館に何時もいる人間だな」
と呟いた。
執事の友井蓮司。
料理長やハウスメイドもお抱え運転手もだ。
一颯は腕を組むと
「恐らく手紙の主とブレーキの細工の主は別人だな」
と言い、鎌倉家所有の会社などのリストを作り始めた。
奏斗が戻ると一颯は印刷した紙を手に
「行くぞ」
と声をかけた。
奏斗は「は?」と目を見開いた。
一颯はリストを手渡し
「鎌倉家の身辺調査だ」
会社から回る
と告げた。
「後、それぞれの息子が通う高校だな」
奏斗は頷いて
「わかりました」
と答え、一颯の後に付いて事務所を出た。
鎌倉統一郎が経営する会社は何れも安定しており、社員などから不平や不満はあまり聞かれなかった。
つまり、それなりに好評ということだ。
しかし、一方で彼の女性問題は幾つかあった。
若い頃から幾人かの女性の影があったようである。
一颯は聞き込みに回った先の駐車場に車の中で写真を見ながら
「田ノ井美和は息子の認知と生活費で割り切っているようだな」
と呟いた。
「問題は彼女が言っていた原田良子とスナック『ルフラン』のハナという女性か」
一颯は美和から聞いた原田良子の住所へと向かった。
美和と原田良子はある意味において鎌倉統一郎を挟んでライバルではあったが奪い合いにはならなかったようである。
それも統一郎に正妻がおり統一郎からはそれなりの手当てを二人とももらっていたからである。
美和は軽い口調で
「そうそう、彼女とはまあ…色々愚痴を言い合ったのよね」
と言い
「私たちを疑うより奥さんを疑ったら?」
奥さん絶対男いるわよ
と告げたのである。
一颯は思い出しながら
「ダブル不倫か…それも調べないとな」
とぼやいた。
奏斗は黙ってただただ前を見つめていた。
原田良子は美和の言っていた割とさっぱりした女性で
「お手当も十分もらってたし」
別に不満はなかったわ
「私にちゃんとした男性が出来たら『手切れ金だ』って言いながらご祝儀もくれたから」
恨みなんてないわよ
と笑った。
そして
「7時には旦那も帰るから…もう話すことはないわ」
と体よく追い出されたのである。
一颯は駐車場に戻り時計を見ると
「6時か…夕飯の時間だな」
と言い
「最後のスナック『ルフラン』に行ってから帰るか」
と車を走らせた。
ピーは奏斗の頭の上に座り突然
「カナカナカナ」
と歌い始めた。
一颯は運転しながらチラリとピーを一瞥し
「ピー、煩い」
と告げた。
奏斗は慌てて
「ピーちゃん、静かに」
と視線を上に向けて言った。
ピーは羽根を羽ばたかせて
「カーナカナカナ」
というとピタッと黙って沈黙を広げた。
最後のスナック『ルフラン』では妖艶な50代くらいの女性が経営しており訪ねた一颯を見ると
「あらあら、いい男ね」
というと
「何か飲んでいかないの?」
と微笑んだ。
一颯は溜息を零すと奏斗を見て
「お前は未成年だ」
ピーと一緒にそこのラーメン屋でご飯食べとけ
とスナックの向かいのラーメン屋を指差した。
奏斗は女性とラーメン屋を交互に見て
「でも」
と呟いた。
一颯は嫌そうに見ると
「俺は27で大人だ」
問題ないし
「酒くらい飲める」
というと
「お前はラーメン屋だ」
と二千円持たせると指差して追い出した。
そして、店の奥の方の個室っぽい席に座ると
「オーナーが相手してくれるんだろ?」
と言い
「ドンペリ」
と告げた。
オーナーの水沢羅夢は笑みを浮かべてボーイに
「ドンペリ一本こちらのお客様に」
と言い一颯の横に座った。
一颯は彼女を見ると
「以前にここに鎌倉統一郎が来ていたと思うが」
と聞いた。
羅夢は頷くと
「ええ、資産家の息子で羽振りの良い客だったわ」
と言い
「ただね、うちの子とできちゃってねぇ」
若気の至りというか
と告げた。
一颯は目を細めると
「ハナという女性だな」
と告げた。
羅夢は微笑み
「あら、知っていたの」
と告げた。
「そうなのよね」
ハナちゃん身籠っちゃって
一颯は「なるほど」と言い
「それで彼女は?」
と聞いた。
羅夢は困ったように
「綺麗な子で結構な売れっ子だったけど性格は古風というか…鎌倉統一郎には結婚の話もあってハナちゃん身を引いてね」
私にだけ理由を話してやめて行ったのよねぇ
「引き留めたんだけど自分の居場所が分かると困るって」
と言い
「鎌倉統一郎もそれからぷっつりと来なくなったわ」
と告げた。
一颯は「ドンペリをもう一本」と告げた。
羅夢はふっと笑うと
「ハナちゃんのハナは夏目花代子の花からつけたのよね」
本当に花のように綺麗な子だったわ
「ああ、そう言えば先の男の子…似ていたわね」
と告げた。
一颯は立ち上がると
「二本ともみんなで割ってくれ」
というと金を払って店を出た。
向かいのラーメン屋で夏目奏斗がラーメンをすすっている。
それを見つめ一颯は
「どうりで」
と呟き
「鎌倉統一郎はあの時に気付いたのか?」
それともただ似ていて驚いただけだったのか
と心で言いラーメン屋に入った。
「ドンペリ二本分は請求してやる」
そう呟き、奏斗の横に座ると
「醤油」
と告げた。
ラーメンを食べ終えると店を出て車に乗り込むと一颯は奏斗に
「お前は鎌倉統一郎の子供だな」
と言い
「何故、探偵事務所に来たんだ?」
と聞いた。
奏斗は真っ直ぐ一颯を見ると
「貴方が気になったから」
と答えた。
「学校で体術の部活をしていて結構出来ると思ってたけど」
貴方の方が強かったから
一颯は「そんな理由か」と言い
「まあ、俺は小さい頃から護身術とかを叩き込まれたからな」
とラーメンをすすり
「それで、あんなものを送りつけてどうするつもりだったんだ?」
と聞いた。
奏斗はスープを飲むと
「俺が送ったってどうして思うんですか?」
と聞いた。
一颯は「んー」というと
「鎌倉氏と話をしている時にお前がブレーキの細工の話で動揺していたからな」
それに手紙の消印の話の時も驚き方がな
と告げた。
「夏目花代子と鎌倉統一郎の話を聞いて確信した」
奏斗は俯き
「母から父のことを聞いて…」
と言い
「既に妻がいたのに母に手を出して」
と目を閉じた。
「母は父を悪く言わなかった」
だけど俺の存在すら知らずに母や俺の苦労も知らずにのうのうと暮らしていると思ったら
「悔しくなって」
一颯は「そうか」というとラーメン屋を出て
「だがお前の母の方が身を引いたんだが」
それは知っていたのか?
と聞いた。
奏斗は頷いた。
「ただ気付いて欲しかった」
けどブレーキの細工はしていない
「手紙だけ出して東京で一人暮らししていくつもりだったから」
一颯は車に乗りこみ
「そうか」
というとアクセルを踏んだ。
「まあ、お前が犯人でない事だけはわかる」
鎌倉統一郎はお前を知らなかった
「つまりお前はあの館に日常的に出入りできる人間ではないってことだからな」
奏斗は助手席に座りながら
「じゃあ、誰が」
と聞いた。
一颯は前を見たまま
「お前の手紙を知って利用しようとできる人間だな」
と言い
「かなり絞られるが」
と告げると
「妻の佐世と息子の統流と執事とかだな」
と的を絞ったように告げた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。