8話
そして翌日、私は城下町に出かける許可を求め、すぐにその返事が返ってきた。
昼食会の許可が降りるのに時間がかかったことを思えば、ずいぶんと早い仕事だ。オーギュストにも思うところがあったのかもしれない。あるいは、管轄がオーギュストではないか。
城下町に降り立った私の隣に立つのはレナルド。そして後方には――私からは確認できないけど、何人かの騎士が配置されているらしい。
さすがに護衛騎士一人で城下町に降りることはできず、騎士団やオーギュストの面目のため、邪魔にならない範囲で騎士をつけることになった。
「どこか見てみたいところはありますか?」
レナルドは護衛兼案内役だ。
「そうですね……あなたのおすすめの場所はありますか?」
一通り城下町の地図は頭に入っているが、直接見たことはあまりない。王妃の職務の一環として城下町にある教会を訪れたりはしたが、それぐらいだ。
だから外から店の様子は見たことがあっても、実際に入ったことはなかった。
「俺の、ですか? ……王女様が足を運ばれるには、正直、あまりふさわしくない場所しか……」
巡回したことはある、とレナルドは言っていたが、この口振りからすると、個人的にも城下町で遊んでいそうだ。
巡回中に休憩するのなら、それなりに――騎士服を着た者が訪れてもおかしくはないぐらいに整った場所を利用するだろう。
少なくとも、他国の姫を連れていくのにふさわしくない場所に立ち寄ったりはしないはず。
「治安が悪すぎる場所でなければ、どこでも構いません」
今の私は一介の令嬢風の装いで、レナルドも騎士服ではなく普通の服を着ている。ただ遊びにきた令嬢と従者にしか見えないだろう。
平民風の装いでないのは、城にある服がどれも上等なものばかりだったせいだ。
「それなら……お気に召すかはわかりませんが……」
必死に頭を捻って考えるレナルドに、柔軟な対応ができる人を頼んでよかったと、過去の自分と、彼を配置してくれた人に心の中で賛辞を贈る。
そうしてまず案内されたのは、憩いの場として利用されている噴水広場。老若男女問わず行合う広場には整備された草花が咲き、少しだけ足を止めてそれを眺める者もいる。
「どうしてこの噴水にはお金が入っているの?」
きょろきょろと見回して目についたのは、噴水の中。覗きこめば水の底に何枚もコインが入っているのがわかる。
「あー……ちょっとしたおまじない、みたいなものですね。神頼み、とでも言えばいいのか……底の部分にいくつか小さな丸が書かれているんですが、そこに入ると願いが叶う、と言われているんです」
「願いが……」
予知夢の中でそんな話を聞いたことはなかった。城下町に住む人たちのなかで広まっているものなのかもしれない。
「あなたもやってみたことが?」
「小さいときですけど、ありますね」
「願いは叶いましたか?」
「入らなかったので……入っても叶わないだろうなって今ならわかりますけど、子供の時は真剣で、小遣い全部使っても駄目で……家に帰ったら怒られて散々でしたよ」
懐かしそうに笑う彼に、城下町での子供がどんな風に過ごすのかを想像する。
最少額だとしてもお金を投入するのなら、ある程度裕福な家庭の子供しか噴水に願懸けするのは難しいだろう。
それでもどうしても叶えたい願いがあって、わずかなお金を手に持ち、必死に噴水に投げ込むのかもしれない。
「……誰もが気軽に願懸けできる環境になるといいけれど」
いたたまれない気もちになり呟くと、レナルドがふ、と笑った。
「今の話でそんな感想になるんですか」
「手持ちが尽きて肩を落とす子供を想像してしまったせいでしょうね」
「シェリル様は想像力が豊かなんですね。……リンエルにはこういった遊びはないんですか?」
「そう、ですね……聞いたことはありません」
リンエルでは、王家が神に等しき存在だ。他者にはない力を持つ王家に願いを託すことはあっても、噴水に託したりはしないだろう。
「リンエルがどのような国なのかお聞きしてもよろしいでしょうか。俺は生まれも育ちもここで、ほかの国に行ったことがないから、興味があるんですよね」
「構わないですが……聞かせられるようなおもしろい話はありませんよ」
「それでも、聞かせていただけたら嬉しいです」
そうして、どこか休めるところで話そうとなった。城から噴水広場まで歩いてきたので休憩するには丁度いいと承諾し、案内されたのが、城下町の一角にある酒場だった。夜はお酒を提供しているが、昼間は軽食がメインとなっており、深夜帯でなければいつでも羽を休めるところになっているのだとか。
「お茶や茶菓子も提供していて、巡回路の途中にあるので休憩で訪れる騎士も多いんですよ」
引かれた椅子に座り、店の中を見回す。
石造りの床は隅まで磨かれているようで、木造りの椅子と机はささくれ一つない丁寧な作りだ。
騎士――地位ある者がいつ訪れても大丈夫なようにと店主が気を遣っているのだろう。
「何か食べたいものはありますか?」
「お腹はあまり空いていないから軽いもので……あなたのおすすめで構いません」
「かしこまりました」
従業員を呼び止めて注文を終えると、レナルドは改めて私に向き直った。
「ところで、話をはじめる前にひとつ、お願いを聞いてもらってもよろしいですか?」
「お願い、ですか……?」
「はい。ただの護衛騎士である俺に敬語はいりませんよ。しがない子爵家の三男ですからね。王女様に敬語を使われるほど上等なものじゃありませんし、護衛対象が気楽に過ごせるようにするのが護衛騎士の務めです」
そんな務めは聞いたことがないが、私が気楽なほうがいいと副団長に言ったのを汲んでくれたのだろう。
たった一年――いや、レナルドが失職するまでだから、一年も満たない期間の付き合いになるとはいえ、これからも何度も行動を共にすることを考えたら彼の言うとおり気楽に接するべきだろう。
「ええ、わかったわ」
「ありがとうございます。それではシェリル様の母国についてお聞かせ願えますか?」
「いいけど、本当にたいした話はできないわよ」
本当にたいした話はできない。
なにしろリンエルは特産らしきものもほとんどなく、観光に向いているともいえない、風習ともいえる王家の予知夢については話せない。
だから面白くはないかもしれないと前置きして、リンエルが――私が育った国がどんな国なのかを話しはじめた。