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6話

「陛下が……?」


 朝食をすませ、今日の予定を聞いた私に侍女が「陛下がお呼びです」と告げた。

 公の場以外での交流はほとんどなく、呼び出されたのなんて、予知夢の中を合わせてもこれが初めてだ。

 下手な真似を打った、ということはないはず。式の準備はつつがなく進んでいるし、問題となりそうなことは何もしていない。


 侍女もどういった用なのかは聞いていないのだろう。首を傾げる私に何か答えることはなく、背筋を伸ばして立っている。


「……わかりました。準備ができ次第伺うと伝えておいてください」

「かしこまりました」


 幾人かの侍女に仕度を手伝ってもらう。オーギュストに会うために、どこに出かけるわけでもないのに普段よりも丁寧に、決して失礼のないように整えられていく。

 いずれこの場から降りる立場なのを思えば、一人で仕度できるようになるべきなのだろうけれど、ドレスは一人では着られないものが多い。

 背中にボタンがついているものなんかは、どうあがいても自分では無理だ。


 そうして、侍女の手を借りてドレスに着替えた私は、オーギュストが待っている応接室に向かった。

 城には応接間と応接室がある。応接間は貴賓を招いた際――大人数相手の時に利用され、応接室は少人数相手の時に利用される。

 応接室のほうが小さな作りとなっているけれど、それでもじゅうぶんな広さはある。


 応接室に到着した私はオーギュストに勧められるまま、ソファに腰を下ろす。そしてそれを合図に、侍女がお茶を注ぐ。私とオーギュストの分を。


「今日呼んだのは、式の日取りについてだ」


 私の前に座ったオーギュストが神妙な顔つきで言う。

 そういえば一年後とは言ったけど、正確な日付は決めていなかった。


「一年後の……これといった行事のない月はいかがでしょうか」


 王族の結婚は祭に等しい。民は農民も商人も関係なく、数日かけて歌ったり踊ったりと祝う。

 商人にとっては稼ぎ時で、農民にとっては束の間の休息。だからといって、ほかの行事と重なり祝う日が伸びれば、商品は底をつくだろうし、農地は荒れる。

 なので祝いの場を提供するにしても、いつにするかは選ばないといけない。


 ――私の結婚式はそんなことはなかったけれど。急いで整えられた、その場しのぎの結婚式。王都を巡りはしたけれど、そこまで活気に満ちていなかった。


 だけど一年後に挙げる式はオーギュストと愛する人のものだから、それはもう豪勢な式になるだろう。


「国中を回っても平気なぐらい時間の余裕がある時とか……」


 愛する人を見せびらかしたいと思っても不思議ではない。ぽつりと落ちた私の呟きに、オーギュストの眉がぴくりと動いた。


 そして続いたため息に首を傾げる。

 何かおかしなことを言っただろうか。口にしたのは、行事のない月がいいことと、時間がある時ぐらい。

 行事がない月を指定するのはそんなおかしな話ではないはずだ。そして時間がある時は彼が愛しい人と一緒に回るためで――そこまで考えて、失言に気づいた。

 私は彼が愛せる人と出会うことを知っているけど、彼はそうではない。


「そんな暇があるはずがないだろう」


 慌てて弁明するよりも早く、オーギュストの冷えた声が届いた。


「いえ、それは……」


 私とではないと言っても、どういうことだと問い詰められるだろう。

 予知夢をできることは外に漏らしていない。リンエルの民であれば誰でも知っているけど、それでも一応箝口令は敷かれているし、機密扱いになっている。

 他の国に知られれば、攻め入られ、王女も王子も――下手すると王までもどこかの国に宛がわれ、子を産むための道具にされかねないからだ。

 だから庶民も貴族も、他国との貿易で生計を立てている商人までも、自国が攻め入られては困るからと、他の国に対しては口を閉ざす。


 小国だからこその団結力とでも言えばいいのか。リンエル王家の持つ力に関しては、誰もが協力的だ。

 そして、力を発揮できなかった私に対する落胆も――


 思い出しかけた非難の視線を振り払うように、目の前のオーギュストに集中する。

 絵に描いたような不機嫌顔。それなりに整っているはずなのに、いつ見ても機嫌が悪そうなので、これといったいい思い出がない。


「言っておくが、結婚するのは家臣がうるさいからだ。無駄な時間を割く余裕もなければ、そうするつもりもない」

「私もするつもりはないのでご安心ください。先ほどのは口が滑っただけですので」


 自分を愛していない人と国を――しかも大国であるライナストンを一周するほどの時間を過ごすだなんて、どんな拷問だ。

 夜は共にせず、昼も会話せず。そんな冷え冷えとした旅行は断固として拒否する。


「口が滑るということは、望んでいたということだろう。まったく……支援をして、子を孕めない女を娶ってやるだけでも感謝してほしいものだというのに……」


 やれやれと言わんばかりに、うんざりとした顔で言うオーギュストに顔をしかめてしまう。

 望んでないと言っているのに。あらいざらい――予知夢についてぶちまけてやろうかとも思ってしまうが、自制する。

 役立たずだからと外に放りだされた私だけど、それでもリンエル王家は私の家族で、リンエルの民は母国の民だ。

 彼らに対して悔しく思う気持ちもあるけれど、だからといって滅ぼしたいわけではない。

 歯噛みし、オーギュストの態度に耐えようと拳を握った私だけど、彼の言葉に違和感を抱いた。


「……子を、孕めない?」


 いったいどこの誰がそんなことを。


「調べがついていないとでも思ったのか? 君は役立たずだと言われていたのだろう」


 王女の務めはどこかに嫁ぎ、子を産むこと。

 だからそう、一般的な感覚でいえば役立たずな王女と呼ばれているのなら、子を産むのに支障があると考えても不思議ではない。


「か、価値観の違い……」


 リンエルと外の世界とのギャップに思わず愕然としてしまった。

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