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5話

 昼食の席でもオーギュストが現れることはなく、自室で食事をとる。

 予知夢でわかっていたけれど、ひとりの食事は寂しいものだ。誰とも食事の感想を言い合うこともなく、侍女に見守られながら黙々と口に運ぶしかできない。


「昼食会などを開いても構わないか、陛下に聞いてもらえますか?」


 オーギュストが忙しいのはしかたない。だから私は文句も言わず、ただひとりで食事をしていた。

 どこまで踏み込んでいいのか測りかねて、どこまで手を煩わせていいのか悩んで。

 時間が経てばそれなりに打ち解けて、ある程度の我儘を言えるようになるかもしれない――そう、思っていた。


 だけどそんなことにはならないと、私は知っている。だから最初から我儘全開でいくことにしよう。


「いずれライナストンの妃となる身なのだから、貴族との交流も大切にしたいと――そうお伝えしてください」

「かしこまりました」


 昼食会――親睦を深める場に招待できるのは令嬢か夫人だけ。仕事や愛してくれる人を探すことはできないけど、情報を得ることはできる。

 これから二年の間に起きることや、それぞれの家の繋がりなども学んだので知ってはいるけど、言い換えればそれだけしか知らない。

 顔も知らない姫君が王妃になったということで、距離を測りかねていたのだろう。あるいは赤裸々な、生々しい話を聞かせるのも忍びないと考えていたのかもしれない。

 たとえばそう、どこの誰が浮気しているだとか、どこの誰がメイドに手を出したとか、そういった話は私の耳に入ってこなかった。


 いつどこで働くかも定かではなく、誰と良縁を結べるかも定かではない今、得られる情報はできるだけ手に入れておいたほうがいい。


「人選については任せます」


 だけど今の私は、ライナストンに来たばかりの存在でしかない。どこそこの誰をと指定すれば、どうして知っているのかとか、どうしてその人を選んだのかとか、余計な詮索をされてしまう。

 だから誰を昼食会に招くかは侍女に――ひいてはオーギュストに任せることにしよう。


 多少遠回りではあるけど、繋がりを増やしていけば色々な話を聞けるはず。

 働き手を探している家や、男性に愛される女性像とか。



 午後ではまた城内を案内してもらい、ひとりで夕食を食べ、眠りにつく。

 昼食会の許可が降りたのは、さらに二日が経ってからだった。



 お願いした日のうちとは言わなくても、翌日には許可が下りるだろうと思っていたのに、まさかの二日が経過してしまった。

 忙しいからと後回しにされたのかと邪推しかけたけど、頭を振って気を取り直す。


 なんにしても許可は降りた。

 即日昼食会を開くということはできないので、一週間後に開くことにしよう。それぐらいあれば招待する人たちも予定を調整できるはず。

 侍女とオーギュスト、どちらが用意してくれたのかはわからないけど、招待客リストも一緒に持ってきてもらえたのは助かった。


「招待状もこちらで手配できますが、どうされますか?」

「……便せんだけ用意してもらえますか? 自分で書こうと思います」


 何事も初めてが肝心。仲良くしたいのだと伝わるように、私自ら作成したほうが誠意も伝わりやすい。

 それに人数もそれほど多くはない。暇を持て余している私にはちょうどいい作業だ。


「それでは昼食後、便箋を持ってまいります」

「はい。お願いします」


 それから、今日の予定をこなす。昨日は仕立て屋が来たので、花嫁衣裳に使う色を選んだ。

 そして今日は宝石商。昨日選んだ色に合わせて宝石を選ぶ。


「……本当にこちらでよろしいのですか?」


 訝しげな顔は、昨日の仕立て屋と同じ。

 私が選んでいるのは、私に合う色ではない。彼の愛する伯爵令嬢に合う色だ。


 さっさと結婚したいオーギュストのことだ。愛する伯爵令嬢との結婚式を挙げることになっても、さらに時間がかかるとなれば億劫になってしまうかもしれない。

 愛する人のために時間を割いてもいいと判断するのなら、それでも構わない。だけどもしも、面倒だから私でいいやとなられたらたまらない。


 伯爵令嬢は私が選んだものはいやだと言うかもしれないけど、その説得はオーギュストに任せることにしよう。というか、そうするしかない。

 私にできるのは、つつがなくオーギュストが愛する人と結婚できるように準備することだけだ。


「そちらでお願いします」


 だから、もっと他にいいものがあるのに――そう言わんばかりの宝石商に頷いて返した。



 そうして今日の予定をすませると、ノックのあとに青年がひとり、部屋の中に入ってきた。


「レナルド・エルフィディナント。このたび、シェリル様の護衛をさせていただくことになりました」


 ピシッとした騎士の敬礼。枯草色の髪を一つに結んだ青年の顔には見覚えがある。

 融通の利く人を――というお願いを聞いてくれたのだろうけど、融通の利きすぎる人選に、私は一瞬、言葉を忘れた。


 なにしろ彼は一年後、賭博に興じた罪で王都騎士団から除名される。


「あ、え、ええ。よろしくお願いします」


 腕は悪くない。だがものすごく良いというほどでもない、中の上。これといった功績もない、子爵家の三男。

 そんな彼は賭博に手を出してしまう。ちょっとした賭けごとなら黙認されるが、彼が手を出したのはライナストンでは違法と呼ばれるものだった。

 しかも運が悪いことに、王都の治安を守るべく調査していた諜報員が彼を見つけてしまい、懲戒免職を食らうことになった。騎士の座を追われた彼がその後どうなったのかは知らないけれど、おそらくよい未来は歩けなかっただろう。


 この人選が悪意によるものではないのが、これまた困った問題である。

 今の彼はまだ賭博に手を染めていない。それなりに軽い性格ではあるけれど、私が融通の利く人をお願いしたから、それなりに軽い性格をしている人を選んだ結果だろう。


「……俺の顔に何かついていますか?」


 目を丸くしてしまったのに気づかれたのか、レナルドは訝しげな顔で自分の頬を触っている。

 騎士爵をはく奪される彼だけど、今はまだ何もしていない。そして、彼が選ばれたのは私がお願いしたから。

 誰も悪くないのに、気まずい。


「いえ……何も」


 笑みを作って、気を取り直す。法に触れはしたけど、誰かに暴力をふるったとか、金銭を奪ったとか、そういった荒事をしたわけではない。

 ただちょっと、軽すぎただけ。


「……城下町には詳しいですか?」

「まあ……人並みには詳しいかと思います。巡回をすることもあるので」


 だけど、その軽さが今の私にはちょうどいいかもしれない。遊びに出たいと言ったら、二つ返事で頷いてくれそうだ。


「それなら、もしよければ城下町に降りることがあれば、案内をお願いしても構いませんか?」

「城下町に、ですか?」

「はい。民の生活を肌で感じておいたほうがよいかと思って……」


 なるほど、と納得するレナルドに、苦笑の混ざった笑みを向ける。

 なんとも言えない人選に、私は感謝すればいいのか、うなだれればいいのか、少しだけ悩んだ。

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