16話
「陛下が夕食をご一緒にと仰せです」
コンコン、とノックのあとに入ってきた侍女の言葉に、思わず警戒心がわく。いったい今度はなんの用なのだろう。
彼と顔を合わせるたび、ろくなことがない。愛さないと言われ、子を宿せない体だと思われていたり、勝手に子を宿すなと言われたり。
「かしこまりました」
だからと言って、いやですと断るわけにもいかない。オーギュストと夕食を食べるためだけに、ドレスや化粧が整えられていく。
ひとり気楽に部屋で食べたいと切に願ってしまうけれど、叶うはずもなく――。
「遅かったな」
「見苦しいお姿で陛下にお会いするわけにはいきませんので……急ぎはしたのですが、お待たせしてしまい申し訳ございません」
先に食卓についていたオーギュストに頭を下げてから、フォークやナイフが並べられている席に座る。
ちらりと私に向いた視線に、今日はいったい何を言われるのかと身構えるが、彼は何も言わなかった。運ばれてくる食事に舌鼓を打つ間もずっと、オーギュストは何も言わずただ食事を続けている。
――ようやく、その重々しい口が開かれたのは、デザートに入ってからだった。
「さいきん……オブライエン伯の娘と仲良くしているそうだな」
「ええ、とても可愛らしく、気立てのよい方なので、仲良くさせてもらっております」
「そうか」
会話終了。
「……陛下はレイチェル嬢とは親しいのですか?」
いや、終わっては困る。せっかくレイチェルのことを話題にしてくれたのだから、乗らない手はない。
レイチェルの恋心がどうなるのかあやふやな以上、オーギュストの背を押すべきだろう。
それにオーギュストがレイチェルに興味を抱いているのなら、うまいこと誘導すれば積極的に彼女と仲良くなって愛を育んでくれるかもしれない。
「挨拶はするし顔も知っているが……その程度だ」
「まあ、そうなのですね。でしたら、陛下も今度お茶会にご一緒しませんか? 政務でお忙しくされているのは存じておりますが、たまには息抜きも必要かと思いますので……いかがですか?」
ちらりとオーギュストの様子をうかがうと、なんともいやそうな顔をしていた。
眉をひそめ、冷ややかなまなざしを私に向けている。
「令嬢の茶会に混ざるぐらいなら、会合をしているほうがマシだ」
「それでは気が休まらないのではありませんか? 陛下は帝国をまとめるお方なのでお忙しいのは当然ですが、無理がたたって倒れられるのではないかと心配でしかたないのです」
「茶会に混ざれば気が休まると?」
「花を見て、おいしいお茶を飲めば自然と心が和らぐものです。それに気負うことのない会話というのも、たまにはよいものですよ」
私はレイチェルの恋心がどうなるのかで、ここ最近は気が休まるどころではなかったけど。
でもオーギュストとレイチェルが親密になれば、心おきなくお茶や花を楽しむことができる。
それに、茶会に参加すればオーギュストも気が変わるはずだ。なにしろ、彼が愛することになる女性と過ごすのだから、心穏やかにならないはずがない。
「……ならばそのうち、気が向いたときにでも顔を出すとしよう」
「ええ、お待ちしております」
さて、デザートも食べ終わり、オーギュストを茶会に誘うこともできた。私としては今すぐにでも部屋に戻りたいところだったのだが――話はまだ終わっていなかったようだ。
「だが、あまり仲良くなりすぎるな」
本題は、こちらだったのだろう。オーギュストは眉間に皺をよせ、真剣な目を私に向けている。
でもオーギュストはレイチェルのことを顔見知り程度だと言っていた。それなのにどうしてこんな忠告をしてくるのか。
いやそもそも、忠告なのか。私を射抜きそうな眼差しからすると脅しの間違いかもしれない。
「……どうしてなのかをお聞きしてもよろしいでしょうか? レイチェル嬢と仲良くすると何か問題があるのですか?」
「いや、彼女自身、というよりも……彼女の父親が問題だ」
「オブライエン伯が?」
オブライエン伯は長年、税務官として国に仕えている。いわば忠臣ともいえるような人だった。悪どいこともせず、私が王妃であったときに何かしらの問題を起こしたという話も聞かなかった。
レイチェルがオーギュストに愛されてからも、城で大きな顔をすることはなく、己の職務をまっとうしている人だった――と記憶している。
「あれは何かとうるさいからな。娘と仲良くなったと知ればいろいろと口を出してくるだろう。結婚の準備をしたいというお前の意思を汲んだのは俺だが、だからといって黙っている男ではない。準備などそこそこでいいから早く結婚しろとせっつかれたくはないだろう」
なるほど。オーギュストは私と結婚しようと思った理由として、口うるさい家臣をだまらせるためであることを挙げていた。そして、その口うるさい家臣のひとりがオブライエン伯ということか。
たしかに、結婚の準備を急かされたくはない。ただでさえレイチェルの恋心でごたごたしていたのに、期限がさらに縮まったらどうにもならなくなる。
だからといってレイチェルを茶会に呼ばないわけにもいかず――
「かしこまりました。節度ある付き合いを心がけます」
「ああ、そうしろ」
納得したように頷いて、空になった食器を侍従が下げるのを見てから部屋を出る。
節度ある付き合いの基準はわからないが、オブライエン伯によけいな口を出されても困らないようにすればいい、というのはわかった。
税務官ということは書類関係を見る目は持っているだろう。ならば滞りなく結婚の準備を進めているように見せて、これだけ時間がかかるので、すぐに結婚なんてとてもできそうにない、という風を装えばいい。
そうなると式で使う花を取り寄せないといけないものにして、ドレスの刺繍は依頼が多くて仕事に取り掛かるのに時間がかかる職人に頼むべきだろう。
迅速にことを進め、発注書を仕上げる段階までいけば、今さらキャンセルにはできないはず。
「なら……花はリンエルから取り寄せたほうがいいわね。母国の花を少しでいいから使いたいと言えば、そこまでおかしくはないでしょうし……災害の被害があまり出ていなかった地域は……」
真剣に――挙げることのない結婚式の詳細を――考えながら、自室に戻ると、侍女が部屋を整えてくれていた。
「ねえ、結婚式についていろいろと考えたことがあるのだけど……私の母国リンネルと、ライナストンで一番人気のある服飾職人に手紙を出したいの。お願いできるかしら」
それから、また数日後にレイチェルを招きたい旨も忘れずに。侍女は快く頷いてくれた。




