15話
「お招きにあずかり光栄です」
淑女の礼をとるレイチェルに、椅子に座るよう促す。
もしもレナルドが騎士の資格を剥奪されなかったら、レイチェルは彼に対する想いを諦められないかもしれない。
そう考えた私は、レイチェルをまた茶会に誘うことにした。会というには、私とレイチェルだけなので寂しいものだけど。
「ねえ、レナルド。新作の茶菓子があるそうだから、持ってきてくれる?」
「はい。かしこまりました」
レナルドをそばに置くことでレイチェルの恋心を加速させ、告白させる。そうすればレナルドはきっぱり振るだろうし、失恋したレイチェルはオーギュストと新しい恋をはじめられるはずだ。
実家に宝石を届けて帰ってきたばかりのレナルドを休む間もなく働かせることになるけど、今の私に取れる手段はこれくらいしかない。
人の心を簡単に操れるのなら、未来視の中の私はもっと上手に立ち回っていただろう。
私にあるのは、オーギュストとレイチェルが愛し合えるという情報だけ。
失恋を味わうレイチェルには申し訳ないが、レナルドにその気がない以上、どうしたってその恋心が実ることはない。愛する人と愛を語り合う未来が待っているのだから、少しの間ぐらい許してほしい。
「――そういえば、レナルドはオブライエン伯のところで働いていたときはどんな感じだったのですか?」
たわいもない雑談の中、ふと思いついたかのように聞く。レナルドを意識させるために。
レイチェルはぱちくりと目を瞬かせ、一泊置いてから恋する乙女らしく頬を朱色に染めて、小さく微笑んだ。
「ええと……いつもどこか余裕があって」
おそらく適当にふるまっていたから、焦ることがなかっただけだろう。
「いつかは城勤めするのだと……志も立派で」
出世も見込めるし命の危険も少ないので、ある程度楽したい人なら誰でも考えることだと思う。
「気取らない態度も素敵な……いえ、私の知る限りは、そういう方でしたわ」
堅苦しいのがいやだと聞いたから砕けた口調を心がけているとレナルドは言っていたが、オブライエン伯のところで働いていたときも今のような調子だったのだろう。
レイチェルとは挨拶しかしたことないと言っていたから、同じ騎士仲間の前ではという話かもしれないが、礼儀正しい騎士をしているレナルドが想像できないので、あながち間違っていないと思う。
「俺の話ですか? 恥ずかしいのでやめてください」
戻ってきたレナルドが、テーブルの上に茶菓子を並べながら苦笑する。そんな彼を見て、レイチェルが恥じらうように目を伏せて――なんとも初々しく可愛らしいが、レナルドはまったく気にしていないようだ。
ちらりともレイチェルを見ることはなく、焼き菓子を並べたらさっさと離れて、護衛に徹する。仕事熱心なのはいいことだが、告白したいと思わせるには、いろいろと足りない。
ではどうすればいいのか――。
「人ってどういうときに告白するのだと思う?」
レイチェルが帰ったあと、部屋まで向かう途中で当の本人であるレナルドに問いかける。
「そりゃあ、言いたくなったらだと思いますよ」
「どうしたら好きだと言いたくなるのかを聞きたいのよ」
「えー……いけるかなって思ったときじゃないですか。状況とか場所とか条件とか……何かしら後押しする要因があったほうが、言いやすいとは思いますけど」
「そうよねぇ」
困ったことに、レナルドは後押しさせるような何かをレイチェルに感じさせようとはしていない。好みでないのだから、当たり前といえば当たり前だけど。
だけどそれではレイチェルは恋心を募らせるだけで終わる。レナルドの実家が困窮していることは後押しになると思うけど、それではレナルドが受け入れてしまうので、私が困る。
レナルドが受け入れることがないまま、後押しになる何かが必要だ。
「シェリル様なら、後押しなんかなくても言ってもらえるんじゃないですか」
「誰に?」
「そりゃあ、陛下に」
「それならいいけど」
本当に、そうならどれだけよかっただろう。
彼が私を愛してくれるのなら、こんなに悩んだり、困ったりしていない――いやそもそも、私を愛してくれたのなら、自らの未来を断ち切ろうとはしなかった。
「でも絶対にありえないわ」
彼が愛するのは私ではないのだと、散々見せつけられた。それに愛の言葉どころか、好意的な言葉すら投げかけられたことはない。
 




