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お飾り王妃は愛されたい  作者: 木崎優


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13/15

13話

「本日はお招きいただき光栄です」


 そう言って淑女の礼を執るレイチェルに私も同じように返す。

 早ければ早いほうがいい。その私の言葉に従うように、レイチェルを招いた茶会は招待の手紙を出した三日後に開かれた。

 だいぶ最速で予定を立ててくれたようで、側仕えをしてくれている侍女には感謝してもしきれない。


 王妃のために用意された優秀な侍女というのは知っていたけれど、ここまで仕事が早いとは。私ではなく大切なレイチェルの側仕えにするのも納得だ。


「今日は……レナルドはいらっしゃらないのですね」

「実家からお声がかかったそうで、本日は席を外しております。見知った方がいるほうが安心できるとは思いますが、城の騎士はみなさま優秀ですので、ご安心ください」


 私の護衛騎士であるはずのレナルドは今日いない。なんでも、実家で困ったことが起きたとかなんとかで来てほしいという手紙が届いたそうだ。

 彼の実家は遠方にあり、馬を飛ばしてもだいぶ時間がかかる。急を要しているようだからすぐにでも休みがほしいと頼む彼に、私は快く休暇を与えることにした。

 いや、快くというのは少し嘘が入っている。レイチェルがどんな人なのかを探るためにも、多少なりとも顔見知りであるレナルドがいたほうが心強いとは思っていた。

 だけどさすがに、実家で何かあったというのに茶会のために残ってほしいとは言えなかった。


「ええ、もちろん。騎士団の方々の実力は存じております。それに陛下のおひざ元で困ったことが起こるとも思っておりませんし……シェリル様の護衛なのにいらっしゃらないから驚いただけですわ」

「護衛といっても四六時中そばにいるわけではありませんから」


 護衛騎士といえど、朝から晩まで一緒にいるわけではない。鍛錬の時間も必要だし、休みだって必要だ。だから彼が抜けるときは他の騎士が護衛を務めている。ただ、一番多くの時間を過ごすのがレナルドというだけで。


「……そのレナルドから甘いものやお花が好きだとうかがったので、庭園での茶会にしてみたのですが……気に入っていただけたら嬉しいです」


 本人はいないが、レナルドをとっかかりにお茶会をはじめるとしよう。用意したお菓子はこってりと甘いものばかりで、さぞお茶が進むことだろう。

 お茶会はオーギュストの執務室近くにある庭園を選んだので、席を外したら偶然出くわすこともあるかもしれない。

 それで話がはずめばこちらのもの。顔を合わせなかったらそとのきは――


「まあ……そうなんですの? レナルドが私の好きなものを知っていたなんて……ええ、そうですわ。どちらも好きなので……気遣ってくださりありがとうございます」


 ぱちくりと目を瞬かせてはにかむレイチェルに、考えていたはずのことが一瞬で消し飛ぶ。

 なんだか今少しだけ、おかしな感じがしたような――いや、きっと、気のせいのはずだ。


「……レイチェル嬢はレナルドとは親しかったのですか?」

「よく顔を合わせはしましたが、親しいといえるほどの仲では……」


 よく顔を合わせていた。それは、レナルドの「挨拶ぐらいしか交わさなかった」という言葉と少しだけ、矛盾しているような、そうでもないような。

 抱いた違和感にそっと蓋をする。


「……でも、親しくなりたいとは思っておりましたの」


 無理だった。レイチェル本人が、蓋をすることを許してはくれなかった。


 白い肌を赤く染め、恥じらうその姿はまるで恋する乙女のようで――




「ねえ、ちょっと、どういうこと!?」


 レイチェルとのお茶会を終え、数日ほどやきもきしながら過ごしていた私は、帰ってきたばかりのレナルドに詰め寄った。


「へ? な、なんのことですか?」


 ぽかんと呆けた顔になっている彼に、慌ててこほんと咳払いを落とす。


「ごめんなさい。ちょっと興奮してて……その、レイチェルとはあまり親しくなかった、のよね?」

「ええ、まあそうですね。まかり間違っても親しいと呼べるような間柄では……」


 たしかにレイチェルも親しくはなかったと言っていた。だからどちらも嘘はついていないのだろう。それはわかっている。

 じっとレナルドを頭のてっぺんからつま先まで見る。

 ひとつに結んだ枯草色の髪に、琥珀色の瞳。顔は、整っているほうだとは思う。年の頃は二十代前半といったところだろう。

 オブライエン伯のところで働いていたのがいつかはわからないが、おそらくは十代後半か、二十になりたて。

 少し年上の、見目の悪くない騎士――年ごろの娘がこそっと恋心を育てるには、ありえそうな相手だ。


「もう何がどうなっているの……」


 頭を抱えかけて――はっと気づく。

 レナルドは違法賭博に手を出して、騎士の地位をはく奪された。恋をするにふさわしくない相手だと見限るにはじゅうぶんすぎる。

 そうして失恋した彼女はオーギュストと知り合い、新たな恋に落ちたのでは。


「……つまり、レナルドが失脚する必要が……」

「え、俺失脚させられるんですか」


 嘘でしょ、と一歩後ずさるレナルド。その目は戦々恐々としていて、なぜか私に向けられている。


「俺、何かしましたか? 休んだのは申し訳ないとは思っていますが、でもちゃんと申請しましたし、シェリル様も頷いてくださったではありませんか。もしかして言葉遣いですか? 気安すぎましたか? あまり堅くないほうがいいと聞いていたのですが、砕けすぎてました?」

「あ、いえ、ごめんなさい。あなたは何も悪くないわ。ええちょっと、私のほうで問題が……ではなくて……ええと、こういうことを私の口から言うのもどうかと思うのだけれど……その、どうもレイチェル嬢はあなたに好意を寄せているようなのだけれど、それでは少々私に都合が悪いというか……」


 はあ、と気の抜けた返事をするレナルドに、ううんと頭をひねる。

 レイチェルは可愛くて朗らかな子だ。その子に好意を寄せられていたと知ったら、もう少し慌てるなり、照れるなり、するものなのではないだろうか。


「驚かないのね」

「まあ、お嬢様が騎士に夢見るなんてよくある話ですし……どうせ一過性のものですよ」

「でもそばを離れてもなお想っているようだけれど……もしも好きだと打ち明けられたらどうするの?」


 私が知る限り、レナルドとレイチェルがよい仲になったという話は聞いたことがない。

 だけど、私のそばにいる彼を見たことで恋心を再燃させ、想いのたけを告げないとも限らないのではないだろうか。

 もしもそこで成就してしまったら、オーギュストが恋に落ちる相手が消えてしまう。さすがにレナルドとレイチェルを別れさせて――と考えられるほど、私は非情にはなりきれない。

 それにほかの人に別れを迫られたら、よりいっそう燃える恋もある。たとえ別れる道を選んでも、一度は実ったのだからすぐには立ち直れない。

 私の結婚式が開かれる前に立ち直ってオーギュストと恋に落ちるというのは、さすがに厳しいだろう。時間的にも、感情的にも。


「そう言われても……好みではないので……ああでも、受け入れるかもしれませんね」

「好みではないのに、受け入れるの?」

「……実は……今回休みをいただいた理由でもあるのですが、実家が困窮してまして……付き合って、結婚までもっていけたら、たぶん、いろいろと助かるだろうなぁ、と」


 レナルドの実家は事業を営んでいる。オブライエン伯との縁が強固なものになれば、事業の幅も広がるだろう。

 たしかにそれを考えたら、レイチェルの想いを受け入れることも視野に入れるべき――レナルドの視点からすればの話だが。


「……つまり、実家が持ち直せば受け入れることはないのね」

「それは、そうなりますね。こんな状況じゃなければ、俺が誰と結婚しようと家族は気にしないでしょうし」

「わかったわ。なら、あなたの実家の財務状況や所有物の一覧を用意してくれるかしら」


 へ? とレナルドの目が瞬く。

 オーギュストとレイチェルが恋に落ちるためには、まずレナルドの実家を立て直し、そのうえでレイチェルを失恋させる必要があるとわかった以上、悠長にはしていられない。


「私の護衛騎士が恋に浮かれてたら困るもの。あなたの実家をどうしたら立て直せるか考えるから、あなたも協力してちょうだい」

「別に浮かれはしませんけど……城に提出している書類でいいですか?」

「ええ、それで構わないわ」


 わかりましたと頷いて部屋から出るレナルドを後目に、深いため息を落とす。

 ただオーギュストとレイチェルの仲を取り持つだけのはずが――どうしてこんなことになったのかと、考えずにはいられない。

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