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お飾り王妃は愛されたい  作者: 木崎優


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11話

「あら」


 そのまま散歩を続けていると、不意に私たちのものではない声が聞こえた。

 声のしたほうを見てみると、つい先ほど見たばかりの顔が少し離れた場所に立っている。


「レイチェル様……何か忘れ物でもありましたか?」


 昼食会が終わったから帰ったとばかり思っていた。実際、ほかの人は馬車に乗って帰ったはず。どうして彼女だけ残っているのかわからず、顔が少しだけひきつってしまう。


「先ほどはありがとうございました。お父様に用があったのですが……またこうしてお会いできて光栄です」


 レイチェルの父親である伯爵は官僚として城で働いている。たしか税務を担当していたはず。

 恰幅のよい男性を記憶から掘り起こしながら、なるほどと小さく頷く。たしかに父親に用があるのなら、城に残っているのは不自然ではない、のかもしれない。


「それにレナルドとも久しぶりに会えてうれしい限りです。城に勤めているのは存じておりましたが、シェリル様の護衛をされているとは知らなかったので、驚きました」


 え、と思わずレナルドを見てしまう。

 レイチェルがオーギュストと愛し合っていたのは知っていたけど、レナルドとも知り合いだったとは知らなかった。いやそもそも、私はレナルドのことを違法賭博で辞職した、ぐらいしか知らないのだけど。


「……以前、オブライエン伯のところで働いていたことがありまして……」


 オブライエン伯というのはレイチェルの父親のことだ。そこでも騎士として勤めていた、ということだろうか。

 まあ、彼とレイチェルにどんな関わりがあろうと私には関係ないはず。気を取り直して、レイチェルに顔を向ける。


「レイチェル様とは縁があるのですね。もしよろしければ、これからも昼食会にご招待してもよろしいでしょうか?」

「もちろん喜んで」


 にっこりと、邪気のない笑みを浮かべるレイチェルは――大変かわいらしく、輝いているようにすら見える。

 この笑顔がオーギュストの心を掴んだのだろうか。私では、真似したくてもできる気がしない。


「それでは失礼いたします」


 さっと淑女の礼を執って去るレイチェルを見送りながら、ちらりとレナルドを見上げる。


「彼女とは親しかったの?」

「いや、それほどでは……俺は一介の騎士に過ぎなかったもので。護衛に付いたこともありませんし、言葉を交わすのなんて挨拶ぐらいでしたよ」

「それでも覚えていたということは……ずいぶんと記憶力がいいのね」


 ライナストンの貴族は騎士を雇うことも育成することも許可されている。私有騎士をわんさか抱えている貴族もいたりする。

 そして彼の口ぶりからすると、オブライエン伯はわんさかいるほうの貴族のようだ。そのうちの一人に過ぎないレナルドを覚えているのは――しかも護衛に付いたことすらないのに。よほど印象に残ったのか、家人を全員覚えているかのどちらかだろう。




◇◇◇



 初夏、花の咲き誇る庭園で仲睦まじく並んで座る一組の男女。

 慈しむようなまなざしを湛えた赤色の瞳に、はにかむ笑みを返す麗しい令嬢。


 そっと優しく令嬢の腹に手を添えるのは、私の夫。


 二人が何を話しているのかまでは聞こえない。だけど、二人の間に確かな愛情があるのだけは嫌でもわかった。


 忙しいからと私に割く時間はないのに、ほかの女性と愛を交わす時間はあるのだと目の当たりにして、泣きたくなる。

 愛されない覚悟はしていた。だけど誰かを愛する夫を見る覚悟はしていなかった。


 役立たずの王女からお飾りの王妃――役立たずの王妃になっただけの自分は、そんな二人を見ても何も言えず、ただ立ち去ることしかできなかった。




「っ……」


 胸に感じた痛みに目が覚める。

 レイチェルを見たからだろうか。また予知夢が悪夢としてよみがえってきた。

 大丈夫だと自分に言い聞かせる。今の私はまだお飾りの王妃ではない。あのとき感じた悲しみも苦しさも、感じることはない。

 この先はきっと違う道を歩めるはずだと――自分に言い聞かせる。


「おはようございます」


 ノックのあと、侍女が部屋に入ってきた。窓から差し込む朝日で、もう朝なのだとようやく理解する。


「おはよう。今日の予定は決まっているの?」

「はい。陛下が朝食を共にしたいと仰せです」

「……朝食を?」


 思わず聞き間違いかと思って聞き返してしまう。この間呼び出されたのとは話が違う。

 用があるのならまた呼び出せばいいだけだ。


「はい。お仕度を手伝いますので、どうぞこちらに」


 促されるまま、オーギュストの前に出ても失礼のない恰好に整えられていく。

 いったいどういう風の吹き回しなのだろう。わけがわからないまま食堂に向かうと、侍女の言葉のとおりオーギュストが椅子に座っていた。


「来たか」

「この度は朝食にお呼びくださりありがとうございます」

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。楽にしてもらって構わない」


 引かれた椅子に座り、オーギュストの様子をうかがう。

 顔色は、いつもと変わりないような気がする。あまり親密ではない彼の心の内は、こうして観察してもよくわからない。


「今のところは困ったことはないか」

「ええ、はい。つつがなく過ごさせていただいております」

「この間昼食会を開いたそうだな。うまくやっていけそうか」

「そうですね。みなさまよい人ばかりで――」


 そこまで言って、言葉に詰まる。

 オーギュストはこの間、結婚については考える時間がほしいと言っていた。それなのに朝食に呼び、やっていけそうかと聞くということは。


「……これからもお付き合いできたらとは、思います」


 冷や汗が出てきそうになるのを必死にこらえながら、なんとか言葉をつないでいく。

 オーギュストは私の様子に気づいていないのか「そうか」とつぶやくと、運ばれてきた朝食に手をつけはじめた。


「このあと、時間はあるか」

「予定があるとは聞いておりません」


 ちらりとそばに控えている侍女に視線を送ると、彼女は小さく頷いた。残念なことに時間はあるらしい。


「ならば少し付き合ってもらいたい」


 断る理由が見つからないまま、私は「はい」と頷いた。

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