10話
よくよく考えてみれば、顔見知りなのは当然だった。
レイチェルは伯爵家の令嬢で、オーギュストは王。年も近く、社交の場で顔を合わせることは何度もあったはず。
私と結婚して一年が経ち、愛を得たオーギュストはパーティーで何度かレイチェルと視線を合わせ、少しの間見つめ合ってから視線を逸らしていた。それは侍女見習いとして働いているときも同じで。
公の場では王妃である私を立て、私的な場ではレイチェルと愛を語り合っていた。
決して私が足を踏み入れることのなかったオーギュストの寝所にも、レイチェルは出入りしていたのだろう。
そうして愛を語らい、育み、子を儲けた。
私がいなければ、それは自然な愛の形となっていたはず。
「私のような小国の姫君で拍子抜けされていないとよろしいのですが……」
ぎゅっと胸を締めつけるような痛みを感じ、口元が歪に歪む。ちゃんと微笑めているといいのだけど。
レイチェルは大きな目を何度か瞬かせ、にっこりと笑顔を作った。
「このような素晴らしい方にいらしていただいたのです。不満を抱くはずもありません」
「それならよいのですけど……陛下は素晴らしい方でしょう? 恋焦がれていた方がいらっしゃるのではと不安なのです」
「……縁談を申し込んだ方もいらしたようですが、どなたともお会いにはならなかったようで……そんな陛下の御心を射止められたのですから、それだけシェリル様が素晴らしいということですわ」
招待していたうちの一人――子爵家のご令嬢も微笑みながら言う。
心の底から私を歓迎している、ようには見えない。これといった政治的なうまみのない小国の姫君を娶ったのだから、手放しで歓迎できるはずがないのはわかる。
実際、夢の中の私も歓迎されていなかった。表面上は親しく接してくれはしたけどよそよそしく、国を率いていく一員として認められてはいなかった。
もう少し時間があれば、あるいは子を産んでいれば違ったのかもしれないが、それは考えてもしかたのないことだ。
私には時間も子供もなかった。
「そう言っていただけて光栄です」
微笑みながら、気づかれないように小さく息を吐く。
それにしても、一連の流れから考えると、私が結婚を延期しているのは本当に準備のためだと思われているようだ。
未来の王妃として接する彼女たちに、どことなく申し訳なさを抱く。もちろん、レイチェルは別だが。
だけど申し訳なく思っても、オーギュストと結婚することだけはできない。
延期している本当の理由を伏せて、どうしたら怪しまれずに結婚後に向けた情報を探れるだろうか。
「――皆さまはすでによい人がいらっしゃるのですか?」
雑談の合間にふと、思いついたかのように問う。
悩んだ結果出たのは、まずはこの人たちの恋愛話から、というものだった。
恋の話というのは四方八方に話が飛びやすく、どこぞの男爵は恋多き人だとか、とある騎士に焦がれる令嬢がいるとか。自分からほかの人の恋愛話にまで話が飛んでいく。
他にも、今日招待人たちには婚約者がいたり、気になる人がいるという話も聞けた。レイチェルは曖昧に微笑んで話題を避けていたから、彼女がすでにオーギュストとの間に愛を育んでいるのかはわからずじまいではあったけど。
実のある話、と言えるかは定かではないけど、とりあえずどこぞの男爵ととある騎士は今後の勤め先としても、恋に落ちるかもしれない相手としても、候補から外しておこう。
下手に恨みを買いたくはない。結婚が破談となり、リンエルにも帰らなければ私の身分は宙に浮く。一介の平民として生きていくかもしれないことを考えると、貴族相手との余計な諍いは避けたい。
「レナルドにはどなたかよい人はいるの?」
昼食会を終え、ちょっとした腹ごなしに城内を散歩している。そばに控えている護衛騎士のレナルドに話を振ると、彼は少し困ったような顔をして首を捻った。
「今のところはいませんね」
「そうなの。騎士団に所属している方は精悍な人ばかりだから、浮いた話のひとつやふたつはあるのかと思っていたわ。あなた以外はどうなのかしら」
王国の騎士団には貴族の子息ばかりが就いている。とはいっても、次男以降にはさしたる身分はない。男爵位程度なら親から譲り受けている人もいるかもしれないけど、ほとんどは騎士爵だけだろう。
どこかの令嬢に見初められて婿に迎えられるといった例外を除けば、平民からでも貴族の次女三女から嫁を取る人もいる。
身分という意味ではある程度自由の利く彼らなら、なんとも表現しがたい身になるであろう私と恋に落ちることも、できるかもしれない。
さすがに王妃になるかもしれない身で想いを寄せてくれる人はいないだろうけど、可能性のひとつとして探っておいても損はない。
それに顔の広いひとと知り合えば、勤め先のあっせんぐらいはしてくれるかもしれないし。
「まあ、色々な人がいますから……浮いた話のある人ももちろんいますよ。浮名を流す人もいますし……」
詳しく聞きたいところだけど、根掘り葉掘り聞き出せば不審に思われるかもしれない。だから記憶にある夢と照らし合わせて考えてみよう。
浮名を流す人は――おそらく、半年ほど後に女性関係で刺されたとか刺されなかったとか、色々噂の立った人物だろう。さすがに刺傷沙汰を起こした人と関わる気はない。
浮いた話は、該当者が多すぎる。一年もあれば結婚の話が出てくる人もいた。まあその人たちは最初からなるべく関わらないように考えていたので、とくに問題はない。
「男所帯で過ごすことも多いから娼館に行く奴もいますし――ああいや、シェリル様に話すようなことではありませんでしたね。口を滑らせてしまい、失礼いたしました」
「いいのよ。聞いたのは私だから気にしないで」
むしろもっと口を滑らせてくれて構わない。
どう転ぶにせよ、情報は大切だ。
 




