第1話:異世界転生
「ここは……どこだ?」
俺、佐藤徹夜(28)は目が覚めると何もない空間に立っていた。
今日はクライアントに送る資料作りのため会社のデスクでPC画面と格闘していたはず。
顔を出したばかりの朝日が空になった十本のエナドリと二本のブラックコーヒーの空き缶を照らしていた記憶が蘇る。
確か、最後のエナドリを飲み終えた直後に心臓が苦しくなり意識が遠のいて気付けば今に至る。
そうか、あと少しのところで寝落ちしてしまったのか。
「ゆっくり夢なんて見てる場合じゃないな」
俺は右手を頬に伸ばし、思い切りつねることで目覚めようとした。
しかし——
「痛っ」
覚醒することはなく、ただ頬に痛みが走るだけだった。
こりゃどうしたもんかな。
……と思っていたその時。
「夢ではありませんよ。テツヤ」
キンと頭の中に直接声が入ってきたかと思うと、若く美しい女性が現れた。
青髪碧眼の女の背中からは白い翼が生えており、普通の人間じゃないことだけは直感で分かる。
「私は女神セレス。若くして過労で死んでしまったあなたを導くものです」
俺が過労で死んだ……か。なるほどな。
まあ、かなり無理をしていたからな。
自分でも文字通り死ぬ気で頑張っていたつもりだし、およそ人間とは思えない羽の生えた女を目の前にして疑う気にはならなかった。
「ふーん、女神?」
「ええ」
女神セレスは自身の身分を深掘ることはなく話を続けた。
「その様子だと死んでしまったことについては自覚があるようですね」
「まあな」
「普通なら死んでしまった魂は天国か地獄に送ることになりますが……あなたはまだ現世でやり残したことがあるようですね。この場合、あなたに与えられる選択肢は二つしかありません」
「選択肢?」
女神セレスは頷く。
「一つ目は、地獄に落ちること。二つ目は転生してあなたがやり残したことをやり遂げることです」
「地獄ってのは?」
文字通りの意味ではない可能性もあるため、念の為確認しておく。
「それはそれは、地獄の苦しみを魂が消滅するまで味わいます」
「なるほど。それは嫌だな」
地獄というのは想像通りの意味だったらしい。
「ですよね。では転生を選ぶということで。それではあなたは自身が現世でやり残したことは何か、分かっていますか?」
やり残したことといえば、一つしかない。
「もちろんだ。クライアントに見せる資料のことだな?」
と、即答したのだが、女神セレスは『はあ?』という顔をしていた。
「え、なんだ? 違うのか?」
それ以外にない気がするのだが。
「これは重症のようですね。……まあ、転生して生涯を終えるまでの間に気づけばそれで構いません」
「答えは教えてくれないのか?」
「テツヤさん自身が見つけるものですから」
女神セレスはそう答えた後、何もない空間から白い箱を取り出した。
「転生するテツヤさんは次の人生で役立つ特典をランダムで一つ受け取ることができます」
「へえ、親切だな」
「ええ。テツヤさんがこれから転生するのは強力な魔物がうようよ存在する異世界ですから」
「ゲームみたいな世界ってことか?」
「そんな感じです」
ゲームというものはあまりやったことがないので詳しくはわからないが、おそらく中世ヨーロッパ風の世界観に剣と魔法があるようなイメージなのだろう。
「特典はR〜SSRに分かれています。SSRとなると一本でどんな敵も倒せる『不敗の剣』や、一生歳を取らなくなる『不老の薬』などとんでもないアイテムがもらえますが、たとえRでも十分役に立つはずです。どうぞ引いてください」
女神セレスに促され、俺は白い箱に手を伸ばした。
中には大量のカプセルが入っているようだ。
俺はゴソゴソと中を掻き分け、適当なカプセルを選んだ。
カプセル外側に書かれたアルファベットを見て俺は首を傾げてしまう。
「N……?」
「え、えっ⁉︎ N⁉︎」
なぜか、俺以上にセレスが驚いていた。
「嘘⁉︎ なんでこんなの入ってるの⁉︎ ハズレなんて入ってるはずが……」
「え、これってハズレなのか?」
セレスに確認をとってみる。
「い、いえ……ハズレではないですよ!」
「でも今ハズレって言ってなかったか?」
「言ってないです!」
言っていたような気がしたのだが……気のせいか。
とりあえずカプセルを開けてみることにする。
キュッと捻るとパカっと音を出して開いた。
元気よくカプセルから出てきたのは——
「コケコッコー!」
「……」
金色のニワトリだった。
首根っこを掴んでみる。
「コケ⁉︎」
ジタバタと身動きするが、俺の握力程度でも抗えないようだ。
あくまで俺の想像だが……見た目が金色で目立つ以外には普通のニワトリなんじゃないか?
「これ、何の役に立つんだ?」
勝手な思い込みで判断するのも良くないので、一応セレスに尋ねる。
「ええっと……毎日新鮮な卵を産んでくれるはず……です! 餌代はかかりますけど……ま、まあ当たりですよ!」
苦笑いで答えるセレス。
ああ、なるほど。
さすがに二十八年も生きていればわかる。
これは、俺を傷つけまいと言葉を取り繕っているのだ。
「ま、まあ……特典が全てじゃないですし、テツヤさんの第二の人生に幸あらんことを……ということで、頑張ってくださいね!」
セレスは早口で捲し立てた。
直後、俺の足元に幾何学模様の魔法陣が現れた。
全身が淡い光に包まれ、だんだんと俺の体が薄くなっていく。
「テツヤさん、あなたは……もう少し幸せになって良いのですよ」
セレスのこの言葉を最後に、再び俺の意識は遠のいていった。