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テンシバルの世界樹 第一部  作者: 海崎あかね
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ハチスファーム


 翌日の朝六時、白っぽい長そで長ズボンを着たトキオとリカは司馬が運転するワゴン車で蜂巣さんの家に行った。

 蜂蜜取りは朝早くから始める。

 蜂巣さん夫婦が大きなツバのある帽子とゴム手袋と長ぐつを用意してくれていた。帽子にはネットが付いている。

 蜂巣さんの家を白い軽トラックで出発して十五分、四人はミツバチ農場に到着した。夏の盛りで、濃い緑の草やヒマワリが群生し、巣箱が五、六個ずつかためて置いてある。この山のてっぺんにはクマさんの炭焼き小屋がある。

 トラックの荷台からおりると、蜂巣さんの奥さんがネットのついた帽子をすき間ができないようにしっかりと子どもたちに着けた。それから長靴をはいて、ゴム手袋をつける。宇宙飛行士のようだ。

 奥さんが藁に火をつけて、燻煙器というバケツのような装置の中に入れた。上のほうに太く短い煙突がついている。奥さんがバケツの脇についたアコーディオンのようなものをパフパフ動かした。そうやってバケツの中に空気を送ると、煙突の先から煙がもくもく噴きだす。この煙で蜂をおとなしくさせておくのである。

 蜂が静かになると、蜂巣さんが巣箱の中から蜜のたまった四角い枠を手際よく取り出していく。枠のまわりを元気な蜂が飛び回っている。奥さんがナイフを使って枠の表面にできた白い蜜のフタを器用にこそげ落とす。そのあと、枠を筒型の遠心分離器にセットする。

 ここからがトキオとリカの出番である。分離器のハンドルを回すと、遠心力がはたらいて蜜だけが枠から分離して落ちる。回転させるスピードが速すぎても遅すぎてもうまくいかない。トキオもリカも額から汗をたらしながら真剣にハンドルを回した。

 そして最後に、いちばん楽しい瞬間がやってきた。蜂巣さんが遠心分離器の下のバルブを開けた。すると、絞ったばかりの蜜が黄金色にきらめきながら勢いよくほとばしり出た。トキオとリカは頬をかがやかせた。


 午前中いっぱいかかってたっぷりバケツ五杯分の蜂蜜がとれた。今日はこのうちの一杯分でレモネードを作ることになった。

 家に戻ると蜂巣さんのおばあちゃんが、巨大なステンレスボールに山ほどのレモンを洗って待機していた。それを皆でひたすらスライスする。できるだけ薄くするほうがいい。トキオは台所仕事に慣れているおかげでリズミカルにレモンを切り始めた。ほどなく、作業場いっぱいにレモンのさわやかな香りがひろがった。

 リカの方は包丁をあまり使ったことがないのが一目瞭然だった。見かねたおばあちゃんが手を添えて、包丁の握りかたから教えると、リカは素直にうなずきながらゆっくり慎重に切る。レモンの厚みはまちまちで、半分に切れたりしている。トキオはこれまでリカにはぜんぶ負けた感じがしていたので、思わず顔がほころんだ。

 そのときリカがふいに顔を上げた。トキオはあわててうれしそうな顔をひっこめたがすでに遅かった。

 リカはトキオがスライスしたレモンの山を見た。

「じょうずなのね」冷ややかな声だ。

「そうでもないよ」

「あら、じょうずよ。それに手早いわ。ね、おばあちゃん」

「ああ。うまいさね。トキオくんはうちでご飯つくってるからね」

「そうなの?」驚いたようにリカ。

「うん。ときどき」

「へえ! 料理できるんだぁ!」

 その声には心底感心したような響きがあった。

「うちはママとふたりだけだからさ」トキオは言い訳がましく言った。

「あら、私のところだってふたりだけよ」

「そう……なの?」

「パパと私のふたりなの」

「そうかあ」

「でも、料理はパパの担当。すごくじょうず」

「それじゃあいいね。うちのママの料理はおおざっぱなんだ」

「なんだか、わかる気がする」

「あ、でも、まずいって意味じゃないんだよ」

 トキオはあわててフォローした。嘘じゃない。ヒミコがつくる料理の味はけっして悪くない。しかも手をかけない。短時間で料理するコンテストがあったらきっと優勝できるにちがいない。リカは大きく肯いた。

「ボスもお料理じょうずでしょ。男の料理ってああなのよね」

 リカは評論家のように言った。

「ああ、って?」

「やり出したら手を抜かないっていうか。凝り性っていうか。うちのパパなんて、合羽橋にいって調理道具そろえるところから始めちゃうんだから」

 そうか。カッパバシのことは知らないが、だからボスも食器からしてこだわるのか。トキオは納得した。

「ほれほれ、手のほうも動かさんと」

 おばあちゃんが注意した。それでふたりはまた一心にレモンのスライスに取りかかった。

 そのあいだに、蜂巣さんの奥さんが大鍋にグラグラとお湯をわかしてガラスの大ビンをいくつも消毒した。ビンはたちまち乾き、ふたりはその中にスライスしたレモンをていねいに詰め、採ってきたばかりの蜂蜜を注意ぶかくふちまで注いだ。最後に煮沸消毒したフタを固くしめればできあがりだ。

 この日、レモン五十個と蜂蜜十キロで一ダースの瓶詰めができあがった。リカとトキオはこれをそっくり半ダースずつ持ち帰っていいといわれて飛び上がった。ビンには二匹の蜂の絵を描いた「ハチスファーム」の本物のラベルが貼ってある。

「すぐに食べてもおいしくないからね。二、三日おいてからだよ。さ、これをおあがり」

 おばあちゃんが出してくれたのは、蜂巣さんの蜂蜜漬けで使ったレモネードだ。炭酸ソーダで割って氷とミントの葉が入っている。朝はやくから働いたあとの一杯は、勉強の時より何倍もおいしく思えた。

 気がつくと、リカは蜂巣さんの奥さんにくっついて、蜂蜜レモンの料理のレシピをいろいろ教わっている。今日のリカは朝からずっと笑顔だ。笑っていると、やっぱり自分とおなじ子どもなんだなぁとトキオは思った。


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