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テンシバルの世界樹 第一部  作者: 海崎あかね
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テンシバルビーチで小枝を拾う


 ヒミコがピクニックを提案したのは、ビーチでの騒動から一週間が過ぎたころだった。

 行き先はテンシバルビーチ。

 もともとヒミコは別の場所を考えていたのだが、司馬がそれならだんぜんテンシバルッスね、と言ったのでそうなった。

 テンシバルは島の東端にあるビーチで、島の人たちはここを神さまに出会える神聖な場所と考えていた。

 ボスは当日を店休日にした。こういう時はさっさと休みになる。

 ピクニックのメンバーは、リカ、楓子、司馬、それにトキオとヒミコ。フミヤは急に用事ができたとかで欠席。ボスは翌日の仕込みを兼ねて留守番だ。

この島の形はサツマイモに似て、東西にバス通りが走っている。この通りのことを島では「まっすぐ」と呼ぶ。そして、「まっすぐ」の中央付近に大きな交差点があり、北側に島の診療所や民宿があり、南側の山の頂にクマさんの炭焼き小屋が建っている。


 トキオたち五人は三〇分ほどミニバスにゆられ、終点で降りた。

 ヒミコがなぜ唐突にみんなをピクニックに誘ったのか、トキオにはわかっていた。

 あの騒動の日、リカの怒りに燃える眼にくじけそうになったトキオは、ヒミコに背中を押され、ようやく言葉を絞りだした。

「あのぼく、トキオです。えっと……あの、今日は、ごめんなさい!」

 リカとトキオの間にはりつめた空気がながれた。それからリカはおそろしく冷たく言い放った。

「いいのよ。ぜんぜん気にしてないわ」


 テンシバルビーチには、砂浜から沖に向かって長い長い桟橋がある。ヒミコと司馬が先頭を歩き、その次に楓子とリカが手をつないで続き、トキオはいちばん後ろからついていった。古い桟橋の床板は角が磨りへって丸くなり、そのすき間から見える波がパシャパシャと音をたてていた。

 桟橋の端まで来ると、五人は手すりに身をもたせ、風に吹かれながらエメラルド色の海をながめた。桟橋はとても長く海に突き出しているので、下さえ見なければまるで海のまんなかに立っているような気分になれる。沖合いにいくつもの白いレースのような波がたち、水平線近くに入道雲が浮かんでいた。

「あれがテンシバルのシンボルっすよ」

 司馬が右手を指さした。百五十メートルくらい先の海の中に、なぜか一本の樹が生い茂ってこんもりした木立ちをつくっていた。たくましい葉がゆさゆさ揺れていた。

「え? あの樹、どこから生えてるの?」

 トキオが驚く。司馬は得意気に説明した。

「海からニョキニョキ生えてるみたいに見えるッスよね。けど、あの下には実は小さい地面があるんス。ここからじゃそうとはわからないけど」

 楓子とリカも、手すりから身を乗り出して目をこらす。

「それだけじゃないんスよ。なんと、あの樹の下には謎の海底洞窟があるんス」

「海底洞窟?」

「そうッス」

「どうして"謎”なの? 司馬さん」

 リカが言った。

「それはッスね、リカちゃん」司馬は腕を伸ばして樹のあたりをぐるぐる指さした。「あの洞窟のいちばん奥はまだ誰も行ったことがないからなんッスよ。入り口はけっこう広いけど、どんどん細くなって枝分かれしてるんッス。自分もいちど途中まで入ったことがあるんスけどね、もうまるで迷路ッス。これまでにダイバーが何人もチャレンジしているけど、やっぱりだめだったって聞いてるッス」

「島の七不思議のひとつよね」ヒミコがそばから言う。「ほら、しめ縄が見えるでしょ? 島の人はあそこを神聖な場所だと考えてるのよね」

「ななふしぎって?」

「つまり、この島にはたくさんの不思議があるってこと」

「ヒミコさん、自分、実際いろんな話を聞いてるッスよ」

「おしえてよ、司馬ちゃん」トキオがせがんだ。

「そうッスね――」司馬ちゃんは親指を折った。「まずテンシバルのシンボル。海から生えてるようなあの樹のことッスよね。これがひとつめ。それだけじゃないッスよ、あのシンボルのあたりから、ある日奇妙な生き物がぞろぞろ出てきたんッス」

「奇妙なってどんな?」

「最初に出てきたのは、ヒキガエルのようないぼいぼが顔いっぱいにある、人間と蛙のまざったような人間だったッス」

「うわっ、ほんとに?」

「それに続いて、三把のウサギがでてきたんス。それもただのウサギじゃないッスよ、トキオくん。そのウサギは三把で耳が三つしかないウサギなんッス」

「どういうこと?」

「いや、じつは、自分もよくわからないんッスけどね」

「そのウサギ、懐中時計持ってなかった?」

 ヒミコが茶化した。

「さあ、そこまではきかなかったッス」司馬はまじめに答えた。そして四本目の指を折った。「別のある日には、西洋の騎士みたいな格好をした人が、テンシバルビーチをさまよっているのを見た人がいるんス」

「それは変だね」

「まだまだいろいろあるんッスよ。あのクマさんだって――」

「はい、はい。司馬ちゃん、そのへんにしといて。この子は何でもかんでも信じちゃうから」

「そんなことないよ」トキオは文句を言った。

「でもヒミコさん、自分、海底洞窟の奥には空気があるって話も聞いたことがあるんスよ」

「あら、そんなの、私聞いたことないわよ」

「いや、自分もまた聞きなんッスけどね」

「空気があるということは、どこかの陸地につながっているのかしら……」リカがつぶやいた。

「ね、リカちゃん、何にもなさそうにみえて、この島もけっこうおもしろいでしょ。退屈なんてしないわよぉ。さ、お昼ご飯にしましょうか!」

 ヒミコのひと声で、司馬が大きなチェックのブランケットを広げた。楓子がポットから冷たいレモネードをカップに注ぐ。レモンはボスの果樹園から、蜂蜜は蜂巣さんのところのだ。そしてバスケットにはトキオの大好きな鶏の胸肉をはさんだサンドイッチ。トキオは最近のゆううつな気分を忘れてかぶりついた。


 おなかいっぱい食べて一休みした後、司馬がテンシバルのシンボルの近くまでいってみようかと言い出した。トキオとリカは顔を輝かせたが、ヒミコはとんでもないと大反対した。しばらく押し問答したあげく、ぜったいに海底洞窟には近づかない、決して潜らないという条件で、ヒミコはしぶしぶ同意した。

 司馬が救命具のような大きな浮き輪を三つふくらませた。シンボルの近くは水温が低くて流れも速いところがある。楓子と母が心配そうに見守る中、トキオたちは浮き輪を抱えて桟橋からザブンと海に飛び込んだ。


 司馬がヒマを見つけて特訓してくれたおかげで、トキオは今では島で生まれ育った人間のように泳げるようになった。リカはと見ると、ポーニーテールの髪をほとんど濡らさず、涼しい顔をして浮いている。

 この子が溺れてると思ったなんて……トキオはあの日の失敗をまた思い出して赤くなり、急いで海水に顔をつけた。透きとおって海底の砂までよく見える。すぐ近くを鮮やかな色の魚がすうっと泳いでいった。

 先を行っていた司馬が「おおい」と呼んだ。トキオとリカが近づくと、司馬が人差し指で海面をさしている。覗いてみろということらしい。

 トキオとリカは思いっきり息を吸い込んで海の中に顔を入れた。司馬が指さす方向に、苔や珊瑚におおわれた岩の裂け目が見えた。海底洞窟の入り口に違いない。海藻がゆれる方向からして、潮のながれは洞窟に吸い込まれているようだ。洞窟はふたりにむかっておいでおいでをするようにぽっかりと口を開けている。中は真っ暗でなにも見えない。トキオとリカは息苦しくなって同時に海面に顔を出した。

「みた?!」リカのくっきりした眼が問いかけている。トキオは「うん」と合図を返した。

「潜ったらヒミコさんに叱られるッスからね。いまのはちょっとした反則ッスけど、ここまで来たからにはのぞいてみなけりゃ意味ないッスよね。ふたりとも、ないしょッスよ」

 それから三人でシンボルにできるだけ近づいて、小さな陸地を確認しようとしたが、潮の流れが強くて無理だった。代わりにリカが海面に浮かんでいた小枝を記念にひろってきた。


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