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テンシバルの世界樹 第一部  作者: 海崎あかね
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自慢じゃないけど泳ぎは得意


 リカは島での生活が思ったより快適なことに自分でも驚いていた。

 まず、ゲストルームが完全に好みだ。それにやっぱり食事がおいしい。父がボスを料理の天才と表現したのは大げさではなかったとリカは認めざるを得なかった。その証拠に、リカは魚料理が食べられるようになっていた。

 それから友だちができた。

 テーブルを拭いている楓子を初めてみたとき、リカはハッとした。世田谷の祖父の家に飾ってある、あどけないのにどこか妖しい市松人形。彼女の横顔はまさにあの市松人形だった。そしてピンクの髪。いままでのリカだったら、髪をピンクに染めた女の子と友だちになろうなんて決して思わなかっただろう。でも、ピンクの三つ編みでない楓子など想像できない。リカは私も髪を染めてみたいなとヒミコに言ってみて、お止しなさいなとやんわり反対された。もちろんその通りだ。あの髪は楓子だけのものだ。


「どうしてピンクにしてるの?」

 リカは訊いてみたことがある。楓子は細くて美しい指を顎にあてしばらく考えた。楓子は常にリカの問いに真剣に答える。

「音大、やめたからかな」

「そうなんだ」リカは納得する。

 楓子は風吹亭で働く人や常連客について、じつに鋭い観察眼を示した。おかげでリカはずいぶん島の人たちに詳しくなった。

 たとえば「そうッスか」が口癖の司馬。楓子が風吹亭に来たときには、彼はすでにここにいた。歳は三〇歳くらい。威勢がよくて涙もろい。ミュージシャンだった点では楓子と同じで、夜の営業時間、司馬が三線を弾き楓子が調律の狂ったピアノで伴奏することがある。楓子は音大生だったときはフルートを吹いていた。が「フルートはもう捨てちゃった」と言う。

 司馬は「風吹亭」に来てからボスに仕込まれて料理の腕を上げた。釣りもうまい。その魚を捌くのが彼の趣味兼実益というわけだ。

 フミヤのことは楓子はあまり話さない。でも、どんな人かはリカもだいたいわかる。自信がないからあんな風になるのよ、と楓子は静かに言う。

 ヒミコのことはリカも楓子も大好きだ。どんな時でも頼りになる。ただ、ヒミコはいつもいきなり大きな声で話しかけてくるので、楓子は反射的にからだがこわばってしまう。

「わたし、大きな音に敏感なの」楓子が済まなそうに言う。「固まって何も言えなくなるからヒミコさんに誤解されているかもしれない。そう思うとよけいに緊張してしまう。トキオくんは、うちのママはがさつだって言うけど、ほんとは違う。とても繊細な人だわ。それにトキオくんだってね――」楓子はリカの眼をまっすぐのぞきこんだ。「あの子、すごくいい子よ。やさしくしてあげて」。

 リカは唇をとがらせた。トキオの早とちりのせいで、島に来てわずか三日目で一躍有名人になってしまったのだ。それもあまりありがたくない有名人に。


 あれから海に行くと、「おじょうちゃん、気をつけなよ」とあちこちから声がかかる。もちろん、島の人たちに他意はない。なかには、本当にリカが溺れたのだと思っている人もいる。

 東京で生まれ育ったリカは、たしかに本物の海で泳いだ経験はあまりない。だが、自慢じゃないが泳ぎは得意なのだ。クロールもバタフライもできるし、平泳ぎだったら軽く一キロはいける。ここの海なんてリカにとっては大きなプールみたいなものだった。

 ――けど。トキオにだって他意はなかったのだ。それどころか、十二歳のトキオはありったけの知恵をしぼり、体力の限り走りまわってリカを助けようとしてくれた。

 もし、本当に自分が溺れかけていたなら、トキオに命を助けられた、という別のストーリーになっていたかもしれない。何も悪いことをしたわけでもないのに、今のトキオは、リカに近づかず腫れ物に触るように接している。

「やっぱ、ビビられてるのかな、私」リカは口に出した。「トキオくんに冷たくしすぎたかも」

「そうよ」楓子は容赦なく言った。


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