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テンシバルの世界樹 第一部  作者: 海崎あかね
18/23

メッセージボトル

18


 リカは籐いすを窓のそばによせて、右手に持った物体を陽の光の下にかざした。

 それは縦七センチ直径二センチくらい小さなガラス瓶で、金属のフタがかたくしまり、フタと瓶とのつなぎ目は樹脂のようなもので封がしてある。

 小さいころから、リカはよく物をひろってくる子どもだった。すべすべの丸い石や、宝石のようなガラスのかけらや、ピンクの貝殻や……。リカはそれをピーターラビットの絵のついたクッキー缶に大事にしまっていた。

 これまで拾ったものの中でいちばん価値がありそうなのは、父の出張にくっついて東北地方に行ったときにみつけた球形の土器だ。土鈴のなかにはいっていた丸玉で、弥生時代かなにか、かなり古い時代のものらしい。

 友だちはリカのこの趣味について「ぜんぜんリカのキャラに合わない」という評価をくだしていた。

 さすがに中学生になってからは道ばたにしゃがみ込む回数は減っていたが、テンシバルの海でこの瓶がきらめきながら浮かんでいるのを見つけたときは、あとさきも考えず手を伸ばしてしまった。あの広い海のなかでよくこれをみつけられたものだと、リカはいま自分をほめてあげたい気分だった。

 リカはもういちど青い小瓶を観察した。ガラスはぶ厚くごつごつして気泡が入っている。おそらくあまり高度な技術でつくられたものではないだろう。ということは古い時代のものかもしれない。そしてなにより、瓶のなかには何かがぎっしり詰まっているのだ。こうやって太陽にかざしてみると、それは幾重にも折りたたまれた紙のようにみえる。水が内部にはいった様子はないから、取り出せば読むことができるかもしれない。

 メッセージボトルかもしれないとリカは密かに思っていた。無人島に流れついた人が、だれかが拾って助けに来てくれることを願って海に流す……そんな話を読んだことがある。

 瓶を割ってみればすむことなのに、リカはなぜかすぐにそうすることができなかった。めったに近づくことができないテンシバルのシンボル。あの場所で神事が行われた翌日に、まるでリカにみつけてもらいたがっているかのように流れてきた瓶。ただの偶然とはとても思えなかった。いや、思いたくなかった。

 ――やっぱりトキオくんに話そう。もうすぐ宿題をおえてここに来ることになっている。今日もクマさんから話を聞き出すための作戦会議をする予定だった。

 クマさんが、進んでとはいわないまでも、怒らずに話してくれそうな口実ないものか……。このあいだから、二人はそのことで頭をかかえていた。

「いっそのこと、正直に頼むっていうのは?」前回の作戦会議で、トキオははちょっと投げやりになっていた。

「小学生の夏休みの研究だって言うんだ。子どもには少しは手加減してくれるかも」

「だめだめ。それに、私が中学生だってこと忘れないでね」

「またそれ」

「いい? 小学生だろうが中学生だろうが大人だろうが、クマさんにはあまり関係ないと思うわ。クマさんにとっては、事件のことそのものがきっと触れたくないことなのよ」

「じゃあ、リカちゃんならどうするのさ」

「うーん」リカも全くいい考えが浮かばない。「これはどうかしら? 吉舎永悟さんはむかしクマさんに会っているでしょ。トキオくんがその吉舎さんの孫だって言ってみたら?」

「で?」

「懐かしがってくれる……かも」リカの声が自信なく小さくなる。

「むしろ、ぼくが孫だってことで逆効果になっちゃうんじゃない」

「たしかにその可能性はある。でも、ためしてみる価値はあるかも。もしかしたらクマさんも本当はだれかとあの話をしたいのかもしれない。吉舎永悟さんの孫のトキオくんになら昔話をしてくれる――」リカは横目でトキオの反応を探った。「なんてことないか……」

 もう小細工はやめて、ふつうに聞いてみようよ、ダメだったらまたそのときに考えることにしよう、と最後にトキオが言った。

 ――ほんとにそうかもしれない。クマさんの気持ちや考えがわからない以上、どうすればクマさんの機嫌をそこねないかも、ガードを解いてくれるかも見当がつかないのだから……とリカも思った。

 ドアをたたく音がした。リカは籐いすにすわったまま「どうぞ。はいって」と大きな声をだした。けれど、ドアのすき間から顔をのぞかせたのはフミヤだった。

「あの。ちょっといいかな」

「あ。はい」リカは急いで立ち上がってドアを開いた。「トキオくんだと思ったの。どうぞ」

 フミヤは眼をキョロキョロさせながら、ゲストルームにすべりこんだ。

「どうしたんですか? もうお昼ごはん?」

 フミヤがここに来るとしたら、まかないごはんができたことを知らせる以外にリカは思いつかなかった。

「あ、いや。まかないは今日はまだちょっと」

「それじゃ?」

 フミヤは両手を組んだりほどいたりした。

「私になにかご用なんでしょ?」

「うん。あの、じつは楓子さんのことで」

「楓子ちゃん?」

「あのさ、楓子さん、ぼくのことを何か言ってなかったかな?」

「え?」

「なんていうか、この頃、楓子さんが前とちがうみたいでさ。それでリカちゃんなら楓子さんと仲がいいからわかるかなって……でも、いいや。どうもすみません!」

 フミヤはもうドアに手をかけて帰ろうとした。

「待って。楓子ちゃんとなにかあったんですか」

 フミヤは向こうを向いたまま「ううん」と首をふった。その淋しそうな後ろ姿を見てリカは気づいた。そうか。フミヤ君は楓子ちゃんのことが好きなんだ。

「教育係はもうおしまいになったって聞きましたけど」

「うん」フミヤはふり向いた。「見習いは卒業ってこのまえボスが言って。だから――」

「もう風吹亭の仕事をおぼえたから卒業になったんですよね」

「うん。まあそうなんだけど」

「それじゃ、楓子ちゃんが変わったっていうより、教育係がおわったというだけのことじゃないかしら」

「そうかな」

「そう思います。フミヤ君のこと、楓子ちゃんはとくになにも言ってなかったわ」

 嘘ではなかった。楓子の口からフミヤの話題が出たことはほとんどない。フミヤは楓子が声をかけてくれなくなったから、彼女が怒っているとでも思ったのだろうか。

「あ、そうだ! いつか、日本大好きの外国人に取り囲まれたことがありましたよね? あのときは、フミヤ君はすごいって言ってました。意外だったって」

 最後の言葉は余計だったかもとリカは思った。けど、フミヤにはその言葉は耳に入らなかったようだ。

「すごいなんて――」フミヤの顔がパッと明るくなった。「でも、楓子さんにそう思ってもらえたなら、ちょっとうれしいかな」

「わたしもすごいと思ったの。鮮やかに三人を撃退しちゃったんですよね」

「撃退ってほどじゃないよ」

「フミヤ君は英語をどこで習ったんですか。わたしも大人になったらパパみたいに外国でバシバシ働きたいから」

「リカちゃんならだいじょうぶ。賢いから」

 フミヤは心から言った。

「フミヤ君はどうやって?」

「あ、ぼくは、ちょっとオーストラリアにいたんで」

「留学ですか? いいな」

「ぜんぜんそんなカッコいいもんじゃないよ」

「だって、すごいわ」

 フミヤはいつもの困ったような笑ったようなあいまいな顔になり、それからこう話した。

「ぼく、不登校でさ。それで親がオーストラリアでやりなおしてこいって。むりやり行かされたんだ。最初はたしかに学校に通ってたんだけど、試験で合格点とれなくて退学になって。あっちは授業きびしいから。でも、親がなにか身につけるまではぜったい日本に帰ってくるなって――。ぜんぶで五年半くらいいたかな。学生のビザが切れてからはワーホリやったり、いろいろやって。でも――」

 このとおりさ、というようにフミヤは肩をすくめてみせた。

「帰ってきたのね」

「けっきょく、なにも身につかなかったんだよ。ぼくの場合はなにやってもそうなるんだ」

「そんなことないと思うわ」リカは強く否定した。

「けどさ――」

「だってフミヤ君、英語、話せるようになったんじゃない。それ、すごいことだわ」

「親は知らないんだ」

「え?」

「ぼくが日本に帰ってきちゃったこと」

「そうなの?!」

「まだあっちで頑張ってると思ってる。学校に通ってるって信じてるんだ」

「まあ!」

「こういうとイヤらしいけど、うちはけっこう金持ちでさ。だから、ぼく一人の学費や滞在費を出すことなんて、なんでもないんだよ。ぼくなんかが目の前でウロウロしてるよりか、きっと楽なんだ」

 フミヤは暗い目つきになった。

 リカはとほうにくれた。そんなこと、中学生の自分にうち明けられても困る……。

 そのとき、今度こそトキオがやってきた。トキオは半開きのドアから、遠慮がちに顔をのぞかせ、フミヤが深刻そうな雰囲気でしゃべっているのを見てとまどっていた。

「あ、トキオくん。共同研究の時間か。ごめん、ごめん。もう帰るところだから」

 フミヤは照れたような笑いをうかべて、リカに「じゃ」と小さく言って出ていった。リカは眼でトキオに籐いすにすわるように促し、自分はデスクの椅子をそばに引きよせた。

「フミヤ君、どうかしたの?」

「うん。なんかね――よく、わからない。おとなはいろいろとたいへんね……というか、フミヤ君っておとななのかな」

「いったいなんのことさ」

「なんでもないわ。それより、ちょっと両手をだして」

 リカはその上に青い瓶をのせた。トキオが怪訝な顔をする。

「拾ったの。海で」

「海? もしかして――」

「そう。テンシバルで。きのう」

「リカちゃん――」

「バカみたいでしょ。でも、バカじゃないかも」

「?」

「ね、その瓶のなか、よく見て」

「何かはいってるね」

「でしょ。手紙だと思うの。きっと何かのメッセージが書いてあるのよ。トキオくん、メッセージボトルって知ってる?」

「知らない」

「無人島とかに流れついちゃった人が、こういう瓶にメッセージを入れて海に流すのよ。だれかがみつけて助けに来てくれるように。わたし、これもそうじゃないかと思うんだ」

 トキオは瓶からリカの方に視線を移した。リカは本気で言っていることをわかってもらうために、しっかりと頷いた。

「これが、そのメッセージボトルなのかな」

 トキオが疑わしげに、でも、リカの機嫌をそこねないように気を遣いながら言う。

「考えてみて。あのテンシバルのシンボルに近づけたのは三年ぶりだって案内人さんが言ってたわ。神事があった次の日、ちょうど私たちがそばに行ったときに流れてきた。わたし、これがただの偶然とは思えないの。だれかがわたしたちにメッセージを伝えようとしているのよ」

「そうかもね」トキオはすなおに同意した。そして、この場合のもっとも合理的な提案をした「リカちゃん。あけてみたら。そしたらわかる」

 リカは大きく首をたてにふった。もちろん、そうするのがいちばんだ。

 そこでふたりは、瓶のフタをなんとかこじ開けようと力の限りがんばってみた。だが、瓶は思ったよりはるかに頑丈でビクともしない。ガラスもぶ厚いだけあって簡単には割れそうもない。二人はゲストルームのドアをあけ、裏手の庭に回った。トキオが走って行って司馬から金づちを借りてきた。運良く、窓の下に沓脱ぎ石のような平たい石が置いてある。

 トキオは転がらないように瓶を寝かせて置き、まず金づちでコンコン叩いてみた。けっこう丈夫そうな音がする。リカが二三歩下がる。トキオは今度は思い切り力をこめて青い瓶を粉々にたたき割った。


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