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テンシバルの世界樹 第一部  作者: 海崎あかね
10/23

調べ物はシステマティックに

10


 テンシバルの秘密をさぐるため、リカは次のような計画をたてた。

 まずトキオは午前中は今まで通り、風吹亭で『夏の練習帳』をやる。算数が全く進んでいないことを発見してリカは呆れた。これから忙しいのだから、宿題なんてものはさっさと終わらせておいてくれないと困る、やるべきことをちゃんとやっておかないと、いざという時に大人たちの協力が得られなくなる、もちろん私たちだけでやりとげる決心ではあるけれど、とリカはトキオに説教した。

 トキオが宿題をやっている間、リカは店の掃除や皿洗いの手伝いをするか、ビーチに行って蜂巣さんのおばあちゃんから昔話を聞く。やりはじめてすぐにわかったが、これはひどく骨の折れる仕事だった。おばあちゃんは耳が遠いので、ふつうの何倍も時間がかかるのだ。

 けれど、リカはおそるべき忍耐力をもってこの任務に取り組んだ。そして、得た情報はその日のうちに細大もらさずパソコンに打ち込んで記録した。

 お昼は風吹亭でみんなといっしょに食べる。これは一日のうちでいちばん楽しい時間だから、外すわけにはいかない。日本中さがしたとしても、風吹亭の賄いよりいいところはたぶんないだろうとリカは思う。材料は余りものだが、ボスがそれを見事によみがえらせる。

 たとえばきのうの賄いは、ポテトサラダの残りをアレンジしたコロッケだった。きつね色に揚がった俵型のコロッケと、菜園から採れたベビーリーフのサラダ。サラダには司馬が作りおきしておいたローストビーフの薄切りが添えられ、上には風吹亭特製のニンジンドレッシング。オシャレで栄養のバランスも最高だと思う。

 料理といえばフミヤはなぜかこの頃、チャーハンに凝ってしまって、ボスから特訓を受けた。油断するとご飯はたちまちチャーハンにされてしまう。実はリカはチャーハンは好みではない。が、日々着実に腕を上げているのはフミヤのチャーハンにつきあわされているリカたちにはよくわかる。だからまあ許してあげようという気持ちになってくる。

 楓子もこのごろは固まる場面が少なくなった。リカと二人でいる時のようにおしゃべりはしないが、司馬が冗談を言ったり、フミヤがヒミコにからかわれたりすると、みんなと一緒に声を出して笑ったりする。


 賄いランチがおわると、リカとトキオの「仕事」の時間だ。リカがノート型PCを、トキオが大きいノートブックをかかえて連れだって出かけるのを、風吹亭の人々は手を振って見送ってくれる。ただし、ヒミコはふたりの前に立ちはだかってこう問いただす。

「あなたたち、そうやって毎日出かけてるけど、いったいどこに行ってるの?」

「学校だよ」トキオが澄まして答える。

「へ? だって、夏休みじゃない」

「夏休みだって学校はあいてるんだよ。先生たちは仕事してるんだから」

「なるほど。で、夏休みの学校で何してるの?」

「なんだと思う?」

「もう、忙しいんだから早くいいなさい」

「ぼくたち、学校の図書室で調べ物をしてるんだ」

 トキオはノートをもちなおし胸を張る。打ち合わせどおりだ。だがヒミコはなかなか追及の手をゆるめない。

「何について調べてるの?」

「なんでもいいじゃない」

「よくはないわよ。宿題でもないのに、あなたがわざわざ調べ物なんてヘンよ。ねえ、リカちゃん。いったい、あなたたち何をやってるの」

 ヒミコは今度はリカの眼をのぞきこむ。リカはトキオにチラリと目をやってから答える。

「ヒミコさん。ここはインターネットがつながらないでしょう。だから、私たち、図書室に行くしか調べ物をする方法がないんです」

「まあ、それはそうね。で、何について調べてるの? 教えてよ」

「歴史です」

 リカがきっぱりと言う。ヒミコは意外な答えに一瞬言葉に詰まる。

「なるほど。歴史か。どのあたりの時代?」

「いろいろです」

「日本の歴史なの」

「だいたいそんなところです」

「ふたりとも、ずいぶん秘密めかしてるのね」

「ママ。もういいでしょ。ぼくたちさ、この島の歴史を調べたくなったんだよ。宿題とかじゃないけどさ」

「ふうん、そうか……。島の歴史ねえ。だけど、ここにそんなたいした歴史なんてあるのかしら」

「だって、ママが言ったんだよ――」

「トキオくん、もう行こう。ヒミコさん、それじゃ、行ってきますね」

 リカはトキオの腕をとってずんずん歩き出した。トキオはふり返ってじゃあね、とヒミコに手を振った。

「ねえ、どうしたのさ」

 リカはまだトキオの腕をギュッとつかんだままでいる。

「だって、トキオくんたらおしゃべりなんだもの」

「どこが?」

「さっき、ヒミコさんに七不思議のこと言いかけたでしょ。そうしたら、テンシバルのシンボルのことを調べるつもりだなって、ヒミコさんならすぐ気づくわよ」

「あっ、そうか」

「そうかじゃないわよ。テンシバルビーチに近づけたくない理由があるはずって言ったのはトキオくんよ。私たちの目的がテンシバルビーチだってばれたらどうなると思う?」

「わかった。ごめん。気をつけるよ」

 ふたりは、もし訊かれたら、島の歴史や言い伝えを調べていると答えようと、打ち合わせていたのだ。もちろん、島の歴史を調べれば、テンシバルのシンボルのこともでてくるにはちがいない。けど、それはあくまで島の歴史の一項目であって、それが目的、とりわけ、海底洞窟の秘密を探るのが目的だってことは、ずっと秘密にしておく必要があった。

「ママ、気づいたかな」トキオは心配になってきた。

「たぶん、だいじょうぶだと思う。けど、海底洞窟に近づくなってことくらいは、また釘をさされるかもしれないわ。でも、そう言われたら、うん、と答えればいいのよ。嘘じゃないもの」

「こんどきかれたら、夏休みの自由研究にするんだって答えるよ」

「小学生の自由研究ねえ。なつかしい響きだわ」リカは遠くを見る眼つきになった。どうも、トキオに対してはお姉さんぶる癖がある。「うん! それがいいわ。二人の共同研究ってことでいきましょ。共同研究って、なんか本格的に聞こえるもの」



 だが、「共同研究」はなかなかすんなりとはいかなかった。トキオの小学校の図書室にはあまり良い本がそろっていなかったのだ。離島の小学校の図書室だ。たぶん、こんなものなんだろう。リカは東京の学校の広々した図書室を思い出した。何かの指定校だか研究校とかになっていた関係で、木の匂いのする新しい図書室には、天窓からさんさんと光が降り注ぎ、大きな調べ物机や、ひじかけ付きソファやごろ寝スペースなんてものもあって、リカにとっては一日中いたいようなすてきな空間だった。あの図書室だけは、ここよりいいところだわ。

 正直なところ、リカはどうしても歴史が苦手だった。外国の歴史はもちろん、日本の歴史についてもおどろくほど無知だ。戦国武将なんて、ほとんど名前もわからないし、何とかの合戦なんていわれてもチンプンカンプン。

 その点、トキオはやたらと歴史に詳しい。小学生のレベルをはるかに超えている。だがリカも、小説はたくさん読んでいるし、文学全集にはいっている作品くらいなら読破している。これは文句なくトキオをうならせた。だから――というのもヘンだけど、おあいこだ。

 ふたりは図書室にあるめぼしい本を、ていねいに一冊ずつ調べていった。夏休みの図書室にくる子どもなんてほかには一人もいなかったし、図書室係の先生も「共同研究」のためと言うと、リカが図書室を使うことをすんなり許可してくれた。先生は夕方に戸締まりに来るだけだったから、リカとトキオはだれもいない図書室であれこれ相談しながら作業に没頭した。

 はやくも二日目には、使えそうなのは、郷土の歴史をまとめた本しかなさそうだということが判明した。紺色の布で装丁された、今まで一度も開かれたことがなさそうな地味な郷土史全集だ。全部で七巻。ためしに第一巻を開いてみると、難しい旧字体の漢字がならんでいる。二人はウワッと思ったがこれを調べるしかない。

「手分けして読みましょう。そして、テンシバルに関係ありそうなところには、付せんを貼っていくの。あとで私が入力するから」リカはバッグの中から、用意してきた付せんをたくさん取り出して机にならべた。「色別にするのよ。まず、テンシバルビーチとシンボルに関係するところには黄色の付せん。海底洞窟のことは赤の付せん。そのほかの、島の七不思議に関係ありそうなことは緑の付せん。わかった?」

「すごいね、リカちゃん」

 トキオが心の底から感心した。

「パパに教わったのよ。調べ物はシステマティックにやらなくちゃだめなの」

「システマテックってなに」

「系統立ててやるってことよ。私たちの目的は、テンシバルのシンボルと海底洞窟の秘密を調べることでしょ。そこに向かって進むんだから、関係ないものは捨てて、関連する事柄を集めていくの。でもね、一見、関係なさそうでも、集めたあとで見直せば、新しいつながりとかが見えてくるかもしれないから慎重にね」

 トキオはまじめに頷いた。

「トキオくんは歴史に詳しいから、そのへんはだいじょうぶよ。私よりセンスがある。それから、出典をきちんとしないといけないわ。書名、著者、出版社、出版年は必ず書き出しておくこと。まあ、ここにはこれしか資料がないから、それはあまり問題ないと思うけどね」


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