第十五話
気を失った恵を寝かせると記憶を覗こうとしたが、全く読み取れない。
精神に干渉して見ることや、血の記憶を辿る事もできなくはないが、
結構力を消費する。
それに、今眠っている間が記憶を覗くのには最適だった。
無防備な今を逃す手はない。
周りに結界を張ると手を重ねてしっかり握りしめる。
使い魔達を周りに配置して、額を付けた。
そこからゆっくりと深層心理へと落ちていく。
見えるのは森の中の家だった。
モヤがかかったようにはっきりとは見えないが、誰かがいる。
小さい恵にそっくりな少年と一緒にいる青年。
青年は何か恵と糸のような物でつながっていた。
恵は虚な瞳で見上げている。
「無意識なのか?」
その青年に連れ添われていく先で箱に詰まったモヤの塊が運ばれてくる。
こそには無数の霊魂が詰められていて、食事には似つかわしくないほど
凶悪なのもいた。
「それを、どーするつもりだよ…まさか…!」
考えている間に、箱を開けるように青年が言うと恵は何も考えずに開けて
しまう。
すると、そこに詰まったモノ達は恵へと入っていく。
悲鳴をあげて苦しむ恵を横で眺める青年。
声も途切れ途切れで、倒れ込むとまるでおもちゃでも扱うように首根っこを
掴むと首筋にかじりついた。
血と一緒に吸い上げる。
甘美な匂いが周りに広がっていく。
田辺の方にも香りだけが来ると、喉が鳴る。
「あの野郎…こんな事したら…」
美味しそうに食べ終わると、意識の途切れた恵を引きずって帰っていく。
目が覚めた恵に暗示をかけ、全ての記憶を改ざんする。
「あいつが覚えてない訳だ。こんな事許される訳ない…」
青年は嬉しそうに恵を抱きしめるが恵自身、感情がないような、まるで
人形のような瞳で、虚な空間を見ていた。
情景はいきなり変わり、今度は吸血鬼狩りに追いかけられるシーンになった。
そこでは恵を掴みながら必死に逃げる青年がいた。
逃げられないと見ると、恵を放り出しそのまま地上へと落とした。
木々に引っかかりながら落ちると手足の骨が折れ、地面へと叩きつけられた。
唯一の救いは、中途半端に眷属契約がされていたおかげで再生力が微かがだ働
いていた事だった。
人間達に介抱され親元へと戻ったが、記憶に障害を残していた。
それまでの事も全て忘れて、代わりに霊が見えるようになったみたいだった。
それからは、ソレらから逃げるように生きている姿が見えた。
そこまで見ると意識を浮上させ恵の中から抜け出た。
「なんだよ…これ、こんなんじゃ、ただのいい餌じゃん」
恵をこんな体質にした張本人はもういないのか、呪いのように契約だけが身体に
刻まれ残されているのだ。
記憶を戻すべきか悩むが、戻さないと話が進まない気がした。
さっき見た記憶を封じるとそれを使い魔に食べさせた。
使い魔は恵のそばへいくと横に蹲った。
恵は昔の夢を見ているようなふわふわした感覚の中にいた。
さっきまで田辺が覗き見ていた事が目の前を広がっていく。
(なんで…あれは僕だ…でも、こんな事…知らない…知らないはずなのに…)
あの時の痛みや恐怖は思い出せる。身体が覚えている。
それじゃ〜田辺の言ってた契約って…。
違うっ…こんなの知らない!
苦しみから脱がれるようにもがく、そして画面が変わっていく。
毎日、会いにいく青年。
アル兄ちゃんと呼んでいた。
恵はその時はまだ自分の意思で行っていたはずなのに、それさえも操られたか
の様に動いていた。
『アル兄ちゃんのところに行かなきゃ』…なんで?
どうして行かなきゃいけないの?
分からない、ただただそう思う様になっていた。
これが魅了の力なのだと分かったのは田辺の目を見てからだった。
あの時もそうだった。
自分では動かせない身体が、勝手に動いていく感覚…。
いつからかアル兄ちゃんが怖くて仕方がなくなったんだ。