表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

5話

「魔法を使うことは、さほど難しい事じゃない。適量の魔力があり、相応の知識があれば、下級魔法なら簡単に使える。まぁ、その二つを持っている人間が少ないんだけどな。だが中級以上の魔法を使うには、その魔法への適性が必要になる。優れた魔術師が使う上級魔法ともなれば、天変地異にも等しい力を発揮する」


 規則的な足音が左右を行き来し、神経を逆なでする。

 延々と続く足音が、徐々に正気を蝕んでいく。


「そして太古より、魔術師が持つ魔法の適性は一種類だと定まっている。一説によれば魔術師の魂と親和性の高い属性の適性が得られるという。だから子供は両親の影響を強く受け、同じ属性の魔法に高い適性値を示す。少なくとも歴史の中ではそれが当然だとされてきた。だからこそ魔術師の家系は膨大な時間を掛けて、自分達の魔法を研究し、改良を重ねる事に心血を注ぐ。だからこそ、純血の魔術師は崇高な存在とされているんだ」


 足音が止まり、一瞬の静寂。

 ふと視線を上げれば、僕を見下ろすゼノックと視線がぶつかる。

 

「だが、ごく稀に突然変異によって二種の魔法適正を持って生まれる魔術師がいる。脈々と続く理と魂を超越した魔術師。。それが双魔と呼ばれる存在だ。わかるか? お前の魔法適正は確かに糞だが、双魔という存在自体は非常に希少なものだんだよ」


「だから……この実験も正当なものだって言いたいのか?」


「そう睨むなよ。親父はお前を問答無用で殺そうとしたんだぞ? 命を取らないだけでも、俺は優しいと思うんだけどな」


 ゼノックが言わんとする事は、理解できる。

 幾度となくダーゲストに叩き込まれた知識だ。

 同じように兄もダーゲストからの受け売りなのだろう。

 だからこそ、ゼノックの考えが理解できなかった。

 なにが彼をここまで捻じれさせてしまったのか。


 すでに十日以上も拘束された状況が続いている。

 最初こそゼノックが兄として僕を助けてくれたと思ったが、それは全くの思い違いだった。

 一息に殺そうとしたダーゲストとは違い、ゼノックは僕をじわじわと殺そうとしていた。

 それも双魔という僕の特性を理解するために、様々な実験をしながら。


 命に関わる程度の傷を負えば、兄がどこからか連れてきた魔術師に傷を治される。

 そしてすぐさま次の実験が始まる。

 楽に死ぬことすらできず、ただただゼノックの玩具として生きていた。

 粗暴な言葉が口を突いて出る。


「兄弟を実験動物扱いしているのに、随分と楽しそうだな。魔術師よりもそっちの方が才能があるんじゃないのか?」 


「おいおい、まだ俺と兄弟でいるつもりか? 元々、俺はお前を弟だと思った事なんて一度もない。あの薄汚い女の血が混じったお前を兄弟なんて、呼べるわけがないだろ」


 視界が、赤く染まる。

 気付けば雄叫びを上げ、そして再び水魔法で壁に打ち据えられていた。

 頭を沸騰させる程の怒りも、部屋に響くゼノックの笑い声にかき消されてしまう。

 

 ゼノックの母親は、高名な魔術師家系の生まれだ。

 ダーゲストは彼女の持つ素質と魔術師としての血を目当てに結婚し、その結果ゼノックが生まれた。目論み通り、天賦の才能を持つ魔術師の子供が

 そんなゼノックの母も早くに亡くなったが、朧気ながらに僕の母を目の敵にしていたのを覚えている。


 そして僕の母はと言えば、小さな商会の娘だったという。

 外の大陸から商品を仕入れる事で生計を立てていた商会だが、ダーゲストの父親……つまり先代当主が大きな借りを作り、ダーゲストとの婚約を約束する事となった。

 魔術師の名家に嫁ぐという事がどういうことか、理解していなかったのか。

 純粋にアルハート家の後ろ盾が欲しかったのかもしれない。

 唯一断言できるのは、両家の思惑と打算によって母は結婚を強いられたということだ。


 その結果、母が最期にどんな扱いを受けていたかは、鮮明に覚えている。

 病に倒れた母は治療を受けることすらできず、雪が降る中、冷え切った部屋で息を引き取った。

 なぜ治療を受けられないのか。なぜ母の最期を誰も看取ってくれないのか。幼い頃の僕には理解できなかった。

 しかし明確な悪意を理解できるようになった今、母がどれだけの境遇に晒されていたかを理解させられる。

 死んだ後ですらも、母の尊厳は踏みにじられ、侮辱され続けるのだ。

 その絶望がより手枷を重くした。


「お前はそうやってがなる事すらできないんだ。もうあきらめろよ。俺もやってみたい実験や練習はあらかた済ませたし、次の実験で最後になる。楽しかったよ、アルタリオ」


「最後の……実験?」


「萌芽の儀式の時から、お前が特別な理由を探していた。家系に伝わる魔法さえ使えないお前が、なぜデュアルなのか。一見してお前と俺に変わりはない。でも何処かに必ず致命的な差異が存在するはずなんだ」


 楽し気に語るゼノックはゆっくりと部屋を徘徊し、実験用の器具を手に取った。

 片手には鋭い刃物。もう片手には、薬液が握られている。


「そこで、だ。外見に変化が無いのなら、中身に違いがあるんじゃないかって考えたんだ。明日はお前を切り開いて、じっくりと中身を見せてもらうよ。本物のデュアルを切り開く経験なんて、この先一生ないだろうからな。アルハート家の発展に貢献できるのなら、お前も本望だろ?」


「ふざけるな、くそったれ」


 とっさに飛び出た暴言がゼノックへの物だったのか。

 それとも自分の運命に対する物だったのか。

 恐らくは、その両方だろう。

 そんな暴言を受けてなお、ゼノックは上機嫌な様子だった。


「いい夜を過ごせよ。お前にとって、最後の夜だ」  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ