残り13日か14日
あと5話くらいで終わる予定です。
塔にかかっている隠蔽魔法について、そういえばセシリー自身も、いなくなった令嬢たちの認識が曖昧になっていたことを思い出した。学園のみんなも、婚約破棄があったことは覚えていても、その後令嬢たちがどうなったかなどは追及していなかった。
「そりゃそうじゃ、モブキャラには関係無い話じゃからの」
国王はお茶のお代わりを手酌で注いだ。エリシア嬢が私がやりますのに!とイキるのを手で制して、お茶を啜る。
「まあ、ここにいる令嬢方は、ワシが失脚したあと王太子が即位したら出してもらえるじゃろ。安心しなさい。おそらく、婚約破棄の件がご両親に伝えられるのは、その時じゃな。『未来の国母を醜い嫉妬でいじめたから懲罰を与えた』とか根回しされとるじゃろうが、まあ、マトモな親なら、正式な婚約解消の前によその令嬢とイチャコラしとる奴らの方が頭おかしいと思うはずなんで、大事にはならんと思う。あとはそちらの判断にお任せする」
呑気な感じで言っているが、ことはかなり重大なのではないだろうか。セシリーは気遣わしげに国王を見た。
「国王陛下……」
「まあワシとしては、国内選りすぐりのすっぴん美少女と半年も同じ屋根の下で暮らせたんで、大満足というかご褒美というか全然悔いはないというか、執務も外交もないしパラダイスでした、とだけは言っておこう」
キリッとした顔で国王は言った。
遠い目になるセシリーに、シャーリー嬢が「気にしたら負けよ、陛下は徹頭徹尾こんな感じよ」と肩を叩いて労った。
「ところで国王陛下、先ほどから気になっていたのですが……『アクヤクレイジョウ』とか『ギャクハー』とか、『モブキャラ』とは何のことでしょう?王族の方の使う暗号でしょうか?」
「オッ、セシリー嬢は細かいとこに気がつくのう。王妃には必要な素質じゃぞ、感心感心」
国王はテーブルにカップを置いて、微笑ましくセシリーを見た。婚約破棄された今、もう王妃は無理なのだが。
「これから話すことは信じても信じなくてもよいぞ。参考までに聞いてほしい」
国王は語りだした。
曰く、この世界は『乙女ゲーム』という、異世界の遊戯が元になっているということ。
その中ではマリー・ゴールドというデフォルト名の準男爵令嬢が主人公であり、彼女が学園に入って将来有望なイケメンをオトすのが主旨だということ。
攻略対象として設定されているのが、塔に幽閉されている令嬢たちの元婚約者で、彼女たちはヒロインが男をオトす際に障害となる『悪役令嬢』という存在なこと。
攻略に関わらない人々は名前のない『モブキャラ』で、登場人物たちに対しては毒にも薬にもならない存在なこと。
そして、ヒロインが攻略キャラ全員をオトすと、条件によって『逆ハー』なるものが発現するらしい。
つまり、今の状態だ。
悪役令嬢たちは断罪され、皆、貴族の犯罪者用の塔に幽閉の身となり、ヒロインは王太子と結ばれて、結婚式で誓いのキスを交わした所で、ハッピーエンドとなる。
「いや、この話、聞くたびザル過ぎませんか?て思ってましたけど、コルレット様が入ってきた段階で信じざるを得ませんでしたね。メリッサ様はいくらなんでもセシリー様は幽閉されないだろって言ってましたけど、今日来ちゃいましたからね」
エリシア嬢が令嬢のカップにお茶のお代わりを注ぎまわりながら言った。
メリッサ嬢が複雑な顔を見せる。
「まあ、コルレット嬢もビックリしたけどさあ……まさか古代上王家に連なる血筋のマードック家まで、破棄してくるとは思わなかったなあ」
「わたくしはいまだに納得がいきませんわ……ヒロインだか何だか知りませんが、アダン様ともあろうお方が、あんな令嬢を選ぶなんて」
コルレット嬢はずっとこんな感じで、じめじめしていてちょっとウザい。
「なんか『真実の愛を見つけたんだ!』とか寝言ほざいてたわね。こっちは政略結婚なんだから別に嫉妬するほど気にしてないし、幽閉するなんて悪手もいいとこだわ。まさかこのまま済むと思ってるのかしら?たかが学園長の息子の分際で」
シャーリー嬢はふっと笑った。怖い笑みだ。
「まあ、あ奴らはテンプレ通りに思い込んどるんだろう。令嬢方が自分にゾッコンで、野放しにすると逆恨みでまたマリー嬢をいじめるから閉じ込めておこうとか、そういうショボい考えじゃよ。ワロスw」
国王はプブッと笑いながら言う。
「……国王陛下は、どこでこのような知識を得られたのです?」
セシリーが疑問に思って尋ねると、国王はうーんと首をひねった。
「ワシはのー、子供の頃から夢というか、ふとした時に浮かぶ幻覚のようなものを見ていたのじゃ。それは連続性があってのう、どうやら異世界の記憶らしいが、ずーっと刀をどうかするゲームとかカードをどうかするゲームとかウマっぽい女子をどうかするゲームばかりやっていてのう、その中にこの世界を元にしたようなのがあったんじゃよ」
どうしてそんなものが見えるかは、国王にもわからないらしい。うかつに言うとキ◯ガイ扱いされるので黙っていたそうだ。たまに出る言葉遣いもその記憶によるものらしい。
「そうなのですね……」
セシリーは押し黙った。
国王の言う通りなら、マリー嬢と王太子の結婚式は、学園卒業式のあと2週間後に執り行われるという。
恐らくその時には現国王の不在期間が200日に達して、新国王として即位するはずだ。
ならば、あと13日か14日後。
それまで、何とか現状を打破することはできないだろうか。
いくら人望がないと言えども、在位中の国王はこの国のトップなのだ。まだ権威は現国王にあるはず。
何か方法は……と考えているうちに、
「風呂が沸いたようじゃ。ではワシはいつも通り美少女が浸かった残り湯で最後にウハウハ入浴しますんで、ちゃっちゃと先に入るように」
と言い残して国王が階下に消えたので、セシリーの頭は真っ白になった。
またシャーリー嬢が「陛下はいつもこんな感じよ、そのうち慣れるわよ」とセシリーを慰めた。
次回、元婚約者サイドの話になります。