ヒロインはどうなったのか
更新するする詐欺すいません…!
※病院の描写があります。苦手な方は飛ばしてください。(物語に支障はありません、たぶん)
(何よこれ!何がどうなってんの?!)
マリー・ゴールド準男爵令嬢は、目の前の風景を見て呆然とした。
そこは学園都市ブレンダンの最高峰、フォーリー学園の正門前だった。
チェリーブロッサムが花開く中、歴史を感じさせる豪華な校舎は、まるで王宮のよう。
マリーは身の回りのものを詰め込んだ大きなカバンを抱えて、ひとり正門前に立ち尽くしている。
ーーこれ、『空と大地のフェアリーテイル』のオープニング画面だ……!
マリーは息を飲んだ。
彼女は夕べ、無事に逆ハーエンドを迎え、このゲームをクリアしたばかりである。
しかし今は、王太子から送られた豪奢なドレスやアクセサリーもなく、古びた一張羅(デフォ服)にボロ靴、髪を纏めるのは麻紐と、完全にオープニングの姿に戻っていた。
「嘘でしょ……データ飛んじゃったってこと……?また最初からやり直しとか、勘弁してよ……」
マリーはへなへなとその場にしゃがみこんだ。
(『最後の選択肢』は出なかったから油断してた……そういえば2回以上『飽きた』って言っちゃったっけ、でもアレがトリガーになるなんて、ふつう思わないでしょ……)
『空と大地のフェアリーテイル』通称『空地フェ』は、情け無用の強制セーブデータ削除になる選択肢があった。元の世界でマリーがプレイしたのも、その噂を確かめてみたかったからだ。わざと『いいえ』を2回選択し、「ウケるwwマジ消えたww」と草を生やしていたのが、遠い昔に思える。
「はあ……めんどくさ。いいや、このままバックレよ。またベランダから飛び降りれば、移動するでしょ」
マリーはひとりごちて、さっさと学園に向かった。
本当はこの正門前で、舞い散る花びらと戯れている時に王太子とぶつかり、出合いイベントになるのだが、マリーはスルーした。
学園の敷地内でウロウロ迷っていると、学園長の息子が声をかけてきて、女子寮まで案内してくれるのだが、それもスルーした。
寮の側の鍛練場でひとり訓練をしている騎士団長の息子、食堂でスイーツをつまみ食いしている神官長の息子、寮鑑室の前でぶつかった宰相の息子もスルーした。
マリーはまっすぐ階段に向かい、声をかけてくるモブキャラをシカトして、三階まで上がる。
三階は上級生の使用するフロアだったが、何一つ気にしない。
何よあなた!と注意してきたモブ上級生に、心の中でうっせーわ!と返しながら、歓談室とガラス戸一枚でつながっているベランダに出た。
手摺から下を見下ろす。
(うん、いい感じの高さ!)
マリーは満足げに笑った。
マリーがこの世界に来たのは、このくらいの高さのベランダから落ちたのがきっかけだった。
マリーは元の世界ではふつうの新人OLで、とある土曜日の夜、独り暮らしのアパートの部屋で動画を見ながら家飲みをしていた。
酔いがまわり、ベランダの手摺から乗り出すようにして職場の愚痴を叫んでいたところ、足が滑って頭から落ちた。
そして世界が暗転して、目が覚めたら、フォーリー学園の正門の前に佇む、オープニングが始まったのだ。
学校名や絡んでくる男子の名前や容姿、既視感のある会話で、ここが『空地フェ』の世界であることに気付いた当初は、異世界転生キター(゜∀゜ 三 ゜∀゜)と楽しく攻略していたと思う。
この世界は夢みたいなものだと思ってたし、自分の思う通りに進むストーリーに、何の疑問も抱かなかった。
サクサクと進めて、簡単に逆ハーエンドに持って行けて、マリーは満足した。
……満足して、飽きた。
もともと乙女ゲームは好きじゃなかった。セーブデータの強制削除が見たくて、激安中古で買っただけ。
元の世界でも、三周目のラストでぶん投げてしまった。
(次は、真実の強さを追ったり集ったり纏ったりとかするRPGの世界に行けますように!)
そう念じて、マリーは手摺から身を乗り出して、落下した。
ベランダにいるモブキャラの悲鳴が、遠くに聞こえた。
‡‡‡
「……なんで?!どうしてこうなるのよ!」
世界が暗転したあと、目を開けたマリーの前に広がる風景は、フォーリー学園の正門前だった。
その後、マリーはやけくそになり、何度もベランダから飛び降りた。
しかし、気付けば『空地フェ』オープニング画面の「フォーリー学園の正門前で立ち尽くす」シーンに戻ってしまう。
(つまり、『空地フェ』以外の世界には、何をどうしようと行けないってことね?)
マリーは辛い現実を悟った。
諦めてゲームをプレイしても、同じゲームのはずなのに、キャラ名やデザインが変わっていることに気付いた。カディスがカビスになっていたり、フォーリー学園がホーリー学園になっていたり、悪役令嬢が違っていたり。
(何なの、これ……バグ?なんでもいいけど、今すぐ私を開放してよ!もうウンザリなんだけど!!)
マリーは何度もエンディングを迎えた。
ゲーム通りに進むときもあれば、全く違う時もあった。
同じなのは、いざエンディングを迎えても、スタッフロールの後に、またオープニングに飛ばされること。
マリーはひたすらゲームを攻略した。
それしかやることがなかったからだ。
何回目のループかわからない、相手がどのキャラかもわからないエンディングを迎えた時……。
「なっつかしい!『空地フェ』じゃん!ていうかおねーちゃん、PSPなんてまだ持ってたんだ、ウケる!」
ケラケラと笑う、懐かしい声がした。
(え……?)
ずいぶん重たい目蓋をようやく開けると、知らない天井が見えた。白いカーテンと、ピッピッと音を立てる機械、たくさんぶら下がっている管。
(えっ、機械?)
「おねーちゃん?……ママ!パパ!おねーちゃんが目を開けたあ!!」
マリーの顔を覗き込んで、驚いた顔で叫んだ女の子は……妹だ。3歳下の妹。
(ここはどこ?乙女ゲームの世界じゃない……病院?)
「……ママ?……パパ……?」
掠れた声で呟くと、彼女の「本当の名前」を呼んで、家族がベッドに詰め寄った。
‡‡‡
こうして、彼女はやっと「本当に」目を覚ました。
聞けば、酔ってベランダから落ちてから、まる1日ほど意識がなかったらしい。
……1日?
もっともっと長かった気がするけど。
幸いなことに、落ちた場所にクッションになるものがたくさんあって、ちょっと首を傷めたくらいで済んだ。
完全に目が覚めれば、今この状態が現実なんだと理解できるが、夢を見ている間は、あちらが現実だと思っていた。違和感がすぐ消えなくて、彼女は少し戸惑う。
「おねーちゃんの部屋の服とかをテキトーに袋に入れたら、ゲームが出てきてさ。スリープ解除したら『空地フェ』で噴いたわ。なんであんなバグゲー今さらやってたの?」
バグゲー?と聞き返すと、妹は説明してくれた。
『空地フェ』の強制セーブデータ削除は、バグだったらしい。というか、ゲーム自体がバグだらけだった。
選択肢によってはフリーズしたり、オープニングに戻されたり、キャラ名が文字化けしたりしたらしい。
開発会社は発売後すぐ倒産したため、パッチデータも配布されなかったとか。
妹からゲーム機を返され、電源を入れようとしても、ゲーム自体が起動しなかった。
妹曰く、おねーちゃんが目を覚ます前は動いていた、という。画面はエンディング直前で、例の『最後の選択肢』が出ていたらしい。
充電してもゲーム機は復活しなかった。
古いハードなので、故障したのかもしれない。
彼女はゲーム機からソフトを取り出した。
キャラデザもぱっとしなかったが、タイトルロゴも古くさく見えた。
(私はなんでこのゲームやってたんだっけ……セーブデータ削除を見て、それから……)
ぼんやり考えていると、検査室に呼ばれた。
ソフトをサイドチェストに置いて、車いすで移動する。
その後、リハビリや退院手続きをしている間に、どこかに紛れたのか失くしてしまった。
いろいろざまぁ展開を考えましたが、ヒロインにしてみれば不可抗力でゲーム世界に来てしまい、シナリオ通りに動いただけなので、こんな感じになりました……ぬるくてすいません…




