南東の塔に幽閉されました
オッサン出てきます。
「うう……どうして私がこんな目に……」
セシリー・マードック公爵令嬢は両腕を擦った。
兵士たちに強く捕まれた腕が痛い。きっと痕になっているだろう。
彼らは乱暴にセシリーを馬車に乗せ、悪名高き南東の塔……王城の敷地内にある、古ぼけた赤レンガの塔に彼女を連れていき、何の釈明も聞かずに木で作られた扉の中に押し込めた。
背中を押されてよろめいた隙に、扉は閉められて施錠された音がする。
愕然としたセシリーの前に広がるのは、明かり取りの小さな窓から照らされた何もない土間と、上に登っていく狭い階段のみ。
「何の準備もなくこんなとこに入れられるなんて……服も下着も今着ているものしかないのに、どうしたらいいの……?」
それでも、今日が満月で良かったと思った。
卒業パーティーは夕方から始まったので、ここに来た時は既にすっかり暗かった。
セシリーは月明かりを頼りに、慎重に階段を登り始める。ぐるりと見渡しても、一階には何もないので、それしか選択肢はなかった。
……2階には何かがある、という保証もなかったが。
「足が痛い……」
化粧は涙で流れてしまった。
豪華なドレスと宝飾品とハイヒールは、今や体を重くするだけで、何の役にも立たない。
「お父様、お母様、どうか助けて……ああ、でも家にちゃんと話が行っているかどうかもわからない……」
階段をふらふらと登りながら、セシリーは不安に震えた。
セシリーは今、ひとりぼっちだ。
侍女も護衛もメイドもいない。
「誰か……誰か助けて……」
また涙が出てきてしまう。
どうしてこんなことに……自分は何もしていない。
マリー嬢をいじめるどころか、話をしたこともほとんどない。
カディス王太子は気難しい人で、セシリーは婚約者に選ばれてから、彼に嫌われないよう細心の注意を払いながら生きてきた。未来の王妃教育も頑張った。
なのに、この仕打ち。
「何がいけなかったの……?」
セシリーは泣きながら階段を登った。
登り切った先には、小さな扉があった。
この扉は開くのかしら?
開いたとしても、何があるのか。
罪人用の塔だと聞いた。できればベッドと着替え、トイレくらいはあってほしい、と願いながら、セシリーが扉のノブを回すと、ガチャリと開いた。
良かった、開いた……!
扉の中からは光が漏れている。
看守か誰かいるのかしら?と恐る恐る扉を大きく開くと……。
「あっ、いらっしゃーい。キミが最後の『悪役令嬢』だね?」
扉の向こうにはオッサンがいた。
銀髪に白髭を蓄えており、やたら威厳のありそうな顔立ち。服も上等な仕立てのものを着ていたが、……何故かピンクのエプロンを付けている。
「は?……あ、あなたは……?」
セシリーはこんなところにこんなオッサンがいたこと、『悪役令嬢』という聞き慣れない呼び掛けにびっくりしていたが、それ以上に心底ビビったことがあった。
「あっ……あなた様は、ヘンドリック国王陛下では……?!」
セシリーの声が引きつる。
オッサンの頭には、きらびやかな王冠が乗っていた。
そして謁見のたびに見た姿。あちこちに飾られた肖像画。
「そうです、ワシがヘンドリック国王です。てへぺろ☆」
頭をコツンとやりながら舌を出す50歳過ぎのオッサンの姿に、セシリーは色んな意味で震え上がった。
この先オッサンがぐだぐだします。