『善き国王の冠』
2話目です!
だいぶ終わりが見えてきました!
王妃が国王をシメている間に、続々と王宮から馬車がやってきた。
宰相と学園長は、自分の息子を馬車に乗せて帰って行った。
2人とも「後程、必ず話をつけます」と厳しい顔で言っていたので、もしかしたら今回の事件は、本当に息子たちが盛り上がっていただけなのかもしれない。
ロイクは余りにも重症だったため、救護班によって病院に運ばれた。雷魔法による痺れが取れないエリシア嬢も、一緒の馬車に乗って行った。
元王太子カディスは、外傷はないものの、意識が戻らない。王妃の指示で神殿に運ばれることになった。国王も王妃も、それを痛々しい目で見送った。
メリッサ嬢は家族が迎えに来た。
エリシア嬢が持ち出した所持品と共に、王都のタウンハウスに帰るそうだ。別れ際、セシリーと軽くハグして馬車に乗った。
騎士団長は、やって来るなり国王に深く陳謝した。
そんな団長に、王妃が「ウチの宿六が全ての元凶!」と断言し、プンプン怒りながら先に馬車で帰ってしまった。えっワシは?と声をかける国王には一顧だにしなかった。
残された国王は、ぎっくり腰がひどいとの事で、スプリングの利いた振動の少ない馬車を用意するまで、簡単な天幕を張ってしょんぼり待機。
迎えの馬車が遅れているセシリーとふたり、天幕の中で座り込んだ。
「……前に、ウチの王家の先祖が、隣国の王族を騙し討ちしたという話をしたじゃろ。その後、国王が連続で死んで、上王ブレンダンが何とかしたって奴」
「はい、覚えております」
頭に包帯、腰に固定ベルトを巻かれた元国王は、力なく話した。全体的に砂埃で白っぽくなっている。
セシリーも似たような状態で、ブランケットを肩から被っていた。
工兵たちが瓦礫撤去の作業をしている喧騒の中、国王は話を続けた。
「アレな、上王ブレンダンは光魔法の使い手でな。ハヴィス家の聖者が神の天啓を受けて奇跡を為す技なら、光魔法は、この世の森羅万象に干渉して何とかする、力業みたいなもんなんじゃ。そんで、上王ブレンダンは、光魔法を使って、『呪い本体』に直接交渉を持ちかけたのじゃ」
上王はまず、速やかに謝った。
卑怯な騙し討ちをして王族を害したこと、反抗的な国民を多数虐殺したこと、見せしめとしてその骸を野晒しにしたこと。
全てに謝罪した上で、散らばっていた白骨を集めて埋葬し、花と香木と清らかな水を供え、冥福を祈った。
その際、許しは求めなかったという。
戦乱の世の習いとはいえ、非道な行いをしたことを許せなど、侵略者側が言っていいことではないと考えたからだ。
上王は彼らに「何をしてほしいか」とだけ聞いた。
供養の作法を受けたことにより、だいぶ静まっていた隣国の亡者たちは、「購いを」と答えた。
隣国から奪い取った黄金を返してほしい、平和で豊かな国を、驕り高ぶらず、国民を愛し、善政を施す『善き国王』を返してほしいと、彼らは願った。
上王はそれを受諾した。
彼らが要求した黄金とは、金鉱山のことではなく、一般家庭や神殿、王家で祀られていた黄金作り神像の事を指した。
それらは略奪ののち、ほとんど融かされて延べ棒や装飾品にされていたが、有無を言わさず全回収して、玉座と新しい王冠に使った。
まだ幼い第2王子に冠を被せ、戴冠式を終えて玉座に座らせ、善政を敷くことを誓わせると、亡霊たちはようやく納得したのか、完全に鎮まった。
『王冠を被るのが善き国王であれば、我らは国の守りとなろう。だが、悪しき国王であれば、我らは再び亡国の亡者と成り果て、これを害するであろう』
そう言い残し、亡者の群れは消えた。
こうして、王家の悪夢は去った。
その後、上王は年若い王の後見となり、しばらく摂政を勤めたが、王が一人前になると、自分の領地に帰った。
今は領地は学園都市になり、上王の名にあやかって、ブレンダンと呼ばれている。
「その時作られた王冠は『善き国王の冠』と呼ばれておる。しかしそれは、新たな呪いでもあったのじゃ。善政を施せば『徳ポイント』が貯まって、隣国の王族の固有スキル『天地』が使えるんじゃが、怠惰だったり悪政を働いたりしてポイントが減ると、今度は冠がギリギリ頭を締め付けてきて、やがて皮膚に癒着してしまうという、恐ろしい呪いのアイテムなのじゃ……!」
ポイントがマイナスになったり、玉座を空にして200日政務を投げ出すと、冠は外れ、悪夢は甦る。
ちなみに200日は、この国が隣国を蹂躙し、滅亡させるまでに至った日数だ。
「……つまり、悪政をせず、善政を行えば丸く済む話なのでは?それを呪いと言ってしまって、いいものなのでしょうか」
セシリーが曇りのない瞳で言うと、国王は顔をくしゃくしゃにした。若い頃に行ったヤンチャのせいで、早々に冠がギリギリしてしまった国王には、正論ほど痛い物はなかった。
「っかー!これだから上王の血筋は!清廉潔白でよろしいことで!っかー!」
拗ねた国王は、もうキミの家が王様やればいいのに!とゴネだした。
その様が、我が儘を言うカディスと重なって見えて、セシリーはやはり親子だなあと微笑ましく思った。
「……カディス様は、回復されるのでしょうか」
ぼそりとしたセシリーの呟きに、国王も真顔になる。
「さあてのう。ワシが乗っかったとはいえ、国王を塔に幽閉したのは、間違いなく国家反逆罪になるからのう。絶対に次の国王にはなれん。となれば、悪夢避けの王冠は被れないからの……」
その表情には、悲しみが見て取れた。
カディスは王太子であり、まだ王ではなかったのだから、救いの道はあるのでは?と思いたいが、難しいかもしれない。
あとは聖者の御業を扱う、神官に託すしかなかった。
「あー……次の国王どうするかのう……マイプランでは、乙女ゲームのエンディングを迎えた後に、カディスが国王になって、ワシはお役御免でこっそり脱出するはずじゃったのに……」
国王はうなだれた。
「そう仰いますが、国王陛下。以前お聞きした時も疑問だったのですが、200日が過ぎて王冠が外れれば、悪夢に見舞われるのでしょう?そうなったら楽隠居どころではないのでは?」
セシリーが尋ねると、国王はニヤリと笑った。
「そこはのう、抜け道があるのじゃ。病だとか遠征だとか幽閉されてたとか、やむを得ない事情ならば、悪夢は発動せんのじゃ。次の国王が立って、玉座で宣誓すれば、呪いも王位もそちらに移行する。ワシはそれを狙ってたんじゃ……」
逆ハーエンド、もしくはカディスルートなら、ヒロインとの結婚に邪魔になる国王は、退位に追い込まれる可能性が高い。
表向きは、もともと脱走癖のある国王が、とうとう王位そのものを投げ出したとされて、麗しの王太子が円満に国王に就いて、ハッピーエンドになっただろう。ゲームではそんな感じだった。
……国王の誤算は、セシリーの支えを失くし、1人の準男爵令嬢に傾倒したカディスが、想像以上に駄目になっていたことだった。あれではシナリオ通りに国王になったとしても、早々に破綻したのではないか。
「やっぱり逆ハーエンドなんざ、ろくなもんじゃなかったんじゃ……乙女ゲームなら成り立っても、こっちではそううまくは行かぬ……ヒロインもいなくなってしまったし、あー、本当に、これからどうしよう……」
国王は途方にくれた様子で突っ伏し、腰に響いたのか、あいたたたと声を上げた。
セシリーはニッコリと微笑みながら、国王に言う。
「あら、それなら答えは簡単ですわ。あなた様がまた玉座に座り、王冠を被り直せばよいのですよ」
セシリーが手に持っていたスカーフの中から、王冠を見せると、国王は物凄く嫌そうな顔をして後退り、あいだだだと悲鳴を上げた。
「イヤじゃあ!せっかく円満(?)に王冠から脱出できたんじゃあ!ワシはこのままヒラの王族になって、シルクハットにスーツでキメて、諸国漫遊するんじゃあ!政治なんて宰相と王妃に任せておけばいいんじゃああ!!」
国王はゴネた。
確かに、子供がカディスしかいない以上、跡継ぎ問題は考えなければならない。
だがそれは、今すぐどうこうするべき問題ではなかった。
「国王陛下。まだ200日経っておりませんよ」
セシリーが笑いかけながらそう言うと、国王はぐぬぬと唸った。
「若い頃はいざ知らず、今の国王陛下は、善き国王であると私は思います。子を思い、臣民を思っておられる。きっとスラーヴァ王も、お許しくださるはずです」
やらかした息子を、何とか五体満足で助けようとする。
下級貴族であるエリシア嬢を見捨てず、助けようしてギックリ腰になる。
……まあ、クーデターにかこつけて、逃走を図ろうとしていたことは、この際大目に見るとして。
「以前、国王陛下はおっしゃいましたね?全ての行いは自分に返る、と。だから、大丈夫ですよ。ね?」
朗らかな笑みを浮かべるセシリー。
国王がまだウダウダ言っている間に、迎えの馬車が到着した。
本日の更新はここまでです!
続きは明日以降、よろしくお願いいたします!




