危機一髪・後編
本日は2話アップします!
「あの……何て言うか、見かけより気さくな人たちだったね……」
メリッサ嬢は疲れた顔で言った。
ジャンケン大会の少し前から、顔を上げて様子を伺っていたらしい。最初からあのノリで登場してくれれば、あんなに怯えなくて良かったのになあと思う。
ちなみにパトリスは、目を開けたまま気絶していたようだ。目が乾いたら可愛そうなので、閉じさせてから地面に横たえた。
「あれが、古より王家を呪い続けているという、『金環の一族』なんだね……?」
メリッサ嬢のハヴィス家は、マードック家と同じく旧い家柄で、創まりの聖者ペサリウスを出した家だ。少し事情を知っているようだった。
「ええ、彼らが赦してくれて良かったわ……カディス様がアレな以上、彼らが認める王がどこにもいなかったら……呪いは、王家に止まらなかった気がするの」
セシリーは身をぶるっと震わせた。
王家に男子はカディス1人しかいない。
王統に連なる全ての者を差し出しても、かの王の一族が是としなければ、その時は……。
「これも全て、ヘンドリック国王陛下の功徳の賜物ね……」
セシリーはため息をつきながら、地面に転がる王冠を、恭しく拾い上げた。素手で触るのが躊躇われたので、エリシアが運んでくれた荷物から、自分の絹のスカーフを取り出して、そっとくるんだ。
「って、そうだ、国王陛下とエリシア嬢は?!」
2人の令嬢はハッとした。
呪いの王に気をとられて、すっかり意識の外だった。
辺りを見回しても、国王とエリシア嬢の姿はない。
「まだ塔の中なの?!」
メリッサ嬢が声を上げるのと、シャーリー嬢の最後の氷が、音を立てて塔の内側に落ちるのは同時だった。
壁の亀裂は、致命的なまでに広がっているように見える。
「私たちも行きましょう!!」
セシリーとメリッサ嬢が頷きあって、国王とエリシア嬢の救出に向かおうとした時、塔の入り口から出てくる人影があった。
「痛い痛い痛い痛い!お願い、もっと優しくして!死んじゃう!」
キャンキャン吠えているのはヘンドリック国王。
国王を左肩に担ぎ上げているのは、ロイク・ドット。
右肩には不機嫌そうなエリシア嬢を担いでいる。
「国王陛下!エリシア嬢!」
「いけません!お下がりください、塔が崩れます!」
セシリーが駆け寄ろうとすると、ロイクの鋭い声が飛ん
だ。
ロイクが2人を担いで塔から出てすぐ、亀裂がバキバキと広がり、まるでだるま落としのように、二階部分だけグシャリと押し潰されるように沈んだ。
「お、おお~……危機一発じゃったのう……」
大量の砂埃が、塔からもうもうと吐き出される。
ロイクの腕から降ろされた国王は、腰を抑えてあいたたたと呻いた。
「大変申し訳ありません、国王陛下!私のせいで」
降ろされるなり、エリシア嬢がその場で土下座した。
「何を言うとるんじゃ、悪いのは全てカディスの奴じゃ。あんな至近距離で女性相手に雷魔法を当てるとは、王族として風上にも置けぬ。可愛そうに、まだ痺れておるじゃろ、楽になさい」
「うう……ありがとうございます、国王陛下……!」
己の不甲斐なさに頭を地面に擦りつけるエリシア嬢に、セシリーは寄り添った。
「あなたはじゅうぶん働いてくれたわ」
そう囁くと、エリシアは頭を上げて、セシリーにしがみついた。雷魔法のせいか、震える手にはほとんど力が入っていない。あまりの痛々しさに、セシリーは彼女を抱き締める。メリッサ嬢も側に寄って、三人の令嬢はお互いを慰めあった。
「そなたもご苦労であった、ロイク・ドット。……いちばん最初のカディスの魔力暴発を、もろに食らっておったじゃろ。よくその状態で動けたものじゃ」
国王が労うと、ロイクは深く跪拝した。
彼の体は衣服も含めてズタボロで、内出血のためか、あちこち赤黒く腫れていた。骨折も一ヶ所やそこらで済まないだろう。
「勿体無きお言葉、恐悦至極に存じます。……しかし、不思議なことがございました。意識を失っていた俺の夢の中に、赤茶の髪の紳士が現れたのです。その方が塔を指差した後に目が覚めたら、体の痛みは一切消えていて、塔の中に、国王陛下とエリシア嬢が取り残されていることを理解していました」
まだ夢うつつの中にいるように、ロイクはどこかぼんやりとしながら語った。
「……金環の一族、スラーヴァ王……」
国王がぽつりと呟く。
セシリーは、それが呪いの王の名だと察した。
「そうか……そなたも楽にするがよい。その痛みがない状態は、恐らく一過性のものじゃと思う。横になるのを許す。寝ろ」
国王が「寝ろ」と言うのと同時に、ロイクはがくりとその場にくず折れた。そしてガハッと口から血泡を噴き、意識を失った。
「ほらなぁ。あの王がすることじゃもの、絶対そうなると思った……ボロボロの体に無茶をさせてしまったのう、すまなんだ、騎士団長の息子よ」
そう言いながら、国王はロイクに目礼した。
「国王陛下……お腰を傷めておられるようですが、ご無事で良かった……」
エリシア嬢をメリッサ嬢に任せて、セシリーは国王の元に行き、膝を付いた。
「おぉ、セシリー嬢……そなたたちも無事で何よりじゃ。……カディスはどこにおる?」
国王が尋ねると、セシリーは少し悲しそうな顔をしてから、「あちらに」と指し示した。
そこには、ぐったりと地面に横たわる元王太子の姿があった。たまにびくんびくんと引きつっているが、意識はないようだ。
「……自業自得じゃな。まあ五体揃ってるだけでも御の字じゃのう、爆裂四散エンドじゃなくて良かった。……本人は、その方がマシだったと思っとるかもしれんが」
目を細めてカディスを見る国王は、出来の悪い息子を持つ、ふつうの父親の顔をしていた。
セシリーはそれを微笑ましく思う。
「ところで、セシリー嬢とメリッサ嬢は、見たのじゃな?呪いの姿を」
国王の問いに、セシリーはこくりと頷いた。
「そうか。アレを見て正気を保っていられるのは、そなたたちの血筋くらいじゃよ……そこの学園長の息子は、可哀想じゃがもう使い物にならないかもしれん。宰相の息子は気絶しとって良かったのう。シャーリー嬢とコルレット嬢も、先に王宮に送っておいて良かった」
そういえば、王宮はどうなっているのだろうか。
この南東の塔は、王城の敷地内といえど、正宮から2キロほど離れている。
馬車に乗って行った神官長の息子が、王宮に事情を説明しているはずだが……。
「あれ、王宮の馬車かな?」
メリッサ嬢が声を上げた。
塔の入り口の直線道路に、何台か馬車が向かっているのが見えた。
「アッ……あの馬車は?!」
国王が怯え始めた。
間もなく到着した豪華な馬車から、4~50代と思われる中年女性が降りてきた。
リュドミラ王妃である。
若い頃からキツい印象だった王妃は、年嵩になって、触るもの皆傷付けるような印象にパワーアップしていた。
「国王陛下。あなたは何をしておいでなのですか?」
厳しい声が国王に向かって飛んだ。
「ええと……カディスのヤツが、下克上を狙ってワシをこの塔に幽閉したので、それで……」
国王がしどろもどろに答えると、王妃はハンッと鼻で笑い飛ばした。
「こんな書き置きを残しておいて、何が幽閉ですか!」
王妃の手には、国王の筆跡で書かれた一枚の紙があった。
ーー国王に疲れました。半年ほど留守にします。探さないでください。 ヘンドリック
王妃に跪拝していたエリシア嬢とメリッサ嬢は、その紙を見て唖然とした。うっすら把握していたセシリーは、苦笑いを浮かべる。つまり、国王は自らの意思で塔に入っていたわけだ。同じ被害者だと思っていたふたりの令嬢は、信じられないものを見るように国王を見上げる。
「あなたがちょくちょく政務を放棄して王宮を抜け出すのは、まあ慣れたものですから今さらとやかく言いません」
王妃は側に控えている従者に紙を渡し、ずいっと前に出る。
「でも、半年は長すぎます!!何ですか、ご令嬢方まで巻き込んで!!愚かな令息どもはいざ知らず、彼女たちはこの国の未来を担う大事な方々ですよ!何かあったらどうするのですか!」
王妃の説教は、その後しばらく続いた。
国王はしゅーんとして大人しく聞いていた。
まだ続きます!




