国王(オッサン)、ようやく動く
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「どういうことですか陛下!なぜ馬車に乗られなかったのですか?!」
国王は焦るセシリーの手から、するりとシャーリーのゴム紐を抜き取る。
「馬車には乗った。その後、降りただけじゃ。代わりに、そこに立っとった焦げ焦げ坊主を乗せといたから、事情くらいは説明できるじゃろ」
気が付けばリュカの姿がなかった。
アダンは植物を取り外さないと移動させられない状態だったので、そのまま放置されている。まだ気絶してるし。
「のう、セシリー嬢。ワシは今、猛烈に感動しておるのじゃ。美しいだけでなく、凛々しく、理知的で能力に長けたすっぴん美少女たちが、ワシを守って闘う。……尊い!尊みが深い!ワシ、国王に生まれて本当に良かった!!」
キラキラと瞳を耀かせながら国王は叫んだ。他にも、祝福せよ~ハレルヤ!とか言ってたが、セシリーには何のことかわからない。
「……国王陛下、誠に恐れ入りますが、今はそんなことを言っている場合ではないのです!早くご避難と、救援を!!」
セシリーが泣きそうになりながらそう言うと、国王がまあまあ、と明るく言った。
「すまんのう、そなたたちが非常事態にどのように動くか、観察したかったんじゃ。無理をさせて悪かったのう。王太子のことは、ワシに任せんしゃい」
「えっ」
目を見開くセシリーの肩を、国王はポンポンと叩いた。オッサンは優しい笑みを浮かべていた。
「そなたらは、十分な働きを見せてくれた。我が国の誇りじゃ。こんな優秀な令嬢方がおるなら、ワシが退位したあとも、我が国は安泰じゃの。旧き善き血筋の姫君たちよ、後のことは頼んだぞよ」
「こ、国王陛下?」
「あ、すまんがエリシア嬢だけちょっと付き合ってもらえるかの?あとふたり塔から連れ出さにゃ、落ち着いて親子喧嘩もできんからのう」
セシリーの肩越しに国王がエリシア嬢に声をかけると、「御意。エリシア・エルモア、お供いたす」と騎士言葉で返事があった。
それから国王は、セシリーとメリッサ嬢に視線を移し、言い含めるように語った。
「聖ペサリウスを生みしハヴィス家の侯爵令嬢メリッサ、ならびに光魔法を備えし古上王家の公爵令嬢セシリーよ。そなたらはここで待機じゃ。……これから多少厄介なことが起こるが、そう長くは続かぬ。心を強くもって当たるように。そなたらは聖なる力に守られておる、それを忘れてはならぬ、よいな?」
「……っ、こ、国王陛下の仰せのままに……」
王命とあらば、ふたりは従わざるを得なかった。
国王とエリシア嬢が連れ立って塔に入って行くのを見送り、セシリーは力が抜けたようにへたり込んだ。
「国王陛下……」
セシリーは自分の力不足に歯噛みした。セシリーが『聖女』の称号を得られなかった原因は、魔力の低さだ。歴代の聖女ほどの魔力があれば、この場をうまく収められたはず。
「……そう落ち込まないで、セシリー嬢」
メリッサ嬢がそっと寄り添い、セシリーの肩に触れた。
「あなたは見かけよりもずっと、国王陛下に対して忠誠心が高いし、勇敢で誇り高いんだね。風が吹けば倒れてしまうような令嬢だと思ってたよ。こうしてあなたを深く理解できたことを、幸運に思う」
「メリッサ嬢……」
それは私だって、とセシリーは思った。
メリッサ嬢のリュカに対する怒号や、アダンとコルレット嬢救出の際の行動力。制御が難しいとされる火の魔法を刃の形に整え、端を残して焼き切ったのは、塔の生活でじゃがいも剥きに勤しんだ成果かもしれない。
シャーリー嬢にも驚いた。オシャレな令嬢、という印象しかなかった彼女が、あんなに強力な氷魔法を使えるとは知らなかった。無詠唱な上、発動時間も早い。残った力を振り絞って、かつて自分を裏切った元婚約者のパトリスに魔力を託したのも、潔いと思う。
エリシア嬢も凄かった。エルモア子爵家では、男女問わず騎士教育を施すと聞いていたが、素晴らしい働きぶりだった。小柄でちょっときつめの顔立ちの令嬢が、騎士候補としても侍女候補としても優秀な資質を兼ね備えているなんて、学園にいた頃は思いもしなかった。
コルレット嬢は……うん、食糧危機とか農産物の管理などをお任せすれば、非常に頼りになると思う。あと、メンタル管理次第。塔の中で、文句を言いながらも、手を休めず仕事をこなしていたのは好印象だった。あとはメンタル管理次第(2回目)。
「……ありがとうございます、メリッサ嬢。そうね、まだ全てが終わったわけではないのだから、気を抜いてはいけなかったわね。私、光魔法で少し怪我を癒せるの。エリシア嬢がドット卿とノルディク卿を救出したら、怪我の手当てをしなければ」
少し元気を出してセシリーが立ち上がると、メリッサ嬢もそれに倣った。ふたりで顔を見合せ、微笑みながら頷き合う。
ふたりが見上げる塔は、シャーリー嬢の氷が溶けて蒸発し、モワモワと煙を上げていた。
一瞬、バシッと音がして、溶け切りそうだった穴の氷が、内側から強化される。パトリスが、シャーリー嬢が託した魔力を使ったのだろう。
ほどなく、エリシア嬢がロイク・ドットとパトリス・ノルディクを抱えて、塔から飛び出してきた。
ロイクは頭から血を流して意識不明、パトリスは全身に火傷を負ってはいたが、かろうじて意識があった。
「ふたりをお願いします!」
そう言うや否や、ドサリと男ふたりを地面に転がして、エリシア嬢はまた塔に戻った。
「酷い出血だね」
メリッサ嬢は着ているワンピースの裾を破り、ロイクの傷に強く押しあてた。
セシリーは光魔法を発動し、パトリスの治療をする。
「国王陛下と王太子は?中はどうなっているのですか?!」
いくらか顔色の良くなったパトリスに、セシリーは強い口調で尋ねた。
「……カディス様は、もうダメだと思う……今は何とか、国王陛下が抑えておられるが……次に暴発したら、カディス様は……お体ごと木っ端微塵になってしまわれるかも……」
「ああ……」
パトリスの言葉は、セシリーが危惧した通りだった。
王太子カディスは元々気難しく、気ままで、人の話を聞かないポンコt……度し難い面があった。それでいて魔力量は高い。セシリーは彼が暴走しないよう、日々窘め、時には光魔法を使って諌めた。
……マリー・ゴールド準男爵令嬢が現れてから、カディスは増長した。
耳触りの良い甘い言葉に酔いしれ、幼く愛らしい容貌と行動に夢中になった。セシリーが注意をしても、頑なになるだけだった。
ーー私が至らなかったせいで……。
唇を噛み締めるセシリーの横で、パトリスは目線を辺りに巡らせた。
「シャーリーは……シャーリーは無事ですか……?」
パトリスの手の中には、ゴム紐があった。
「ええ、無事です。今は王宮に向かっています。間もなく、救援もやってくるはずです」
「そうか……良かった」
セシリーの答えに、パトリスの険しかった表情が少し和らいだ。
彼はよろよろと身を起こし、セシリーに向き合うと、そのまま頭を垂れた。
「申し訳ございませんでした、マードック公爵令嬢……我々は、自分たちの出世栄達のために、カディス様を利用しました……あの方は、何というか単純なので、もっと簡単に御せるものと考えてのことでした……」
パトリス達も、カディスの直情ぶりは想定外だったのだろう。マリー嬢に傾倒してセシリーを遠ざけるようになってから、カディスは良くない方向に凝り固まっていった。アダンの言うこと以外は一切聞かなくなり、それもより単純な答えを求めるようになった。
「マードック公爵令嬢、カディス様には、あなたという存在が、必要不可欠だったのです……我々はそれを見誤り、過ちを犯しました……どうぞ、ご存分にお裁きください……」
「ノルディク卿……」
平伏するパトリスを、セシリーは複雑な表情で見下ろしていた。
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もう少しお付き合いくださいませ…!




