南東の塔の闘い
バトル回になります。
「コルレット嬢が暴走しました!」
エリシアが悲鳴に近い声で叫ぶと同時に、グシャアっと塔の2階部分の壁が、内側から弾けた。
王太子の仕業かと思われたが……中から突き出ているのは、緑色の植物だった。恐らく、玉ねぎから生えた芽の部分。しかも、やけに巨大。
「ああっ、セファード侯爵令息が……!」
エリシアの腕から降ろされたシャーリー嬢が叫んだ。
植物の先端にぐるぐる巻きにされているのは、アダンだった。完全に気を失っている。
塔に空いた穴から、突き出た植物の上を伝って出てきたのは、コルレット嬢。
彼女はアダンににじり寄って、ボソボソと呟いた。
「どうしてすぐに迎えに来て下さらなかったんですのわたくしお待ちしてましたのにずっとずっとお待ちしてましたのにどうしてわたくしを突き飛ばしたのですかわたくしこんなにあなた様に会えて嬉しかったのにどうしてあんな令嬢をお選びになったのわたくしこんなにあなた様をお慕いしておりますのにどうして」
アダンに意識があったなら震え上がっていただろうが、幸い?なことに、彼は白目を剥いて気絶していた。
「こりゃいかんのう」
国王が焦ったように言った。ギシギシと音を立てながら、植物がアダンを締め付けているのだ。
「おまかせください陛下!エリシア嬢、援護して!」
メリッサ嬢が叫んで走り出すと、「応!」と答えてエリシアが付き従った。メリッサ嬢は自らの火の魔力を右手に滾らせる。
「"ファイヤーブレイド!"」
発声と共に、令嬢の手から炎が発せられた。
炎は剣のような形にぎゅんと伸びて、植物の端を少し残した状態で焼き切った。
バランスを失って植物から落ちたコルレット嬢を、肉体強化したエリシア嬢が受け止める。
アダンは巻き付かれた植物ごと地面に落ちたが、落下速度がゆっくりだったのと、植物がクッション材になったことで、大事には至らなかったようだ。
「見事じゃ!」
国王は楽しそうに拍手して称えた。
「精神的に弱っていたところに、カディス様の暴走した魔力に当てられて、こんなことになってしまったのね」
気を失っているコルレット嬢を横たえ、セシリーがその額に手を当てた。光魔法を流し込み、乱れたコルレット嬢の魔力を中和する。
「国王陛下、恐れ入りますがコルレット嬢を一緒にお連れください。付き添いはシャーリー嬢に……」
セシリーがそう言った時、また塔から衝撃があった。
「今度は何?!」
シャーリー嬢がうんざりした声で叫ぶ。
コルレット嬢が開けた穴から、稲妻が迸った。
「魔封じの組紐が破られたのじゃ。こりゃ塔は崩れるのう」
「あのヒョロ茄子野郎、なにしてんのよ!」
エリシア嬢が舌打ちしたが、彼女自身、あんなもので王太子の暴走が止められるとは思っていなかったろう。
「陛下!王太子の魔力が漏れでて……!」
セシリーは声を上げた。
禍々しい王太子のオーラは雷を走らせながら、もくもくと穴から立ち上っていく。
「うむ、この塔は遮蔽魔法がかかっておるからのう、ある程度魔力を封じ込める力があるのじゃ。とりあえずあの穴をふさげば」
「穴をふさげばいいんですね?!」
国王が言い終わる前に、シャーリー嬢が半ばキレ気味に塔に近付いた。
「舐めんじゃないわよ!!」
シャーリー嬢が壁にパンチするように拳を突くと、バシバシと音を立てて、壁が凍りついていく。
数秒後には、穴から飛び出た植物ごと、分厚い氷が塔の半分を覆った。
「素敵!カッコいい!」
さっきからやたら楽しそうな国王が称賛する。
「……長くは持たないでしょう。王太子はもちろん、壁自体に発熱魔石が入ってますからね。夏もそれで苦労したんです……」
魔力を使いきったのか、ゼェゼェと息を荒げながらシャーリー嬢は言った。彼女が塔に入れられたのは、エリシア嬢の半月ほど後、9月の残暑厳しき折だった。冷房担当としての苦労が偲ばれる。
「わあああ!あちあちあち!」
悲鳴を上げながら、塔の中から1人飛び出してきた。
リュカ・キルネンだ。肩から上があちこち焦げている。
「ダメだ!下級神官の魔法じゃ、全く歯が立たない!ペサリウス試験を受けてれば、もう少し何とかなったのに!」
自慢の銀髪が台無し状態で、リュカは叫んだ。
目敏くメリッサ嬢を見つけると、涙目で駆け寄ってくる。
「酷いよメリー!君が試験の推薦状をくれなかったから、僕はこんな目に合ったんだ!見てよ、僕の美しい銀髪がぁ」
慣れ慣れしく愛称を呼んで近付く元婚約者に、メリッサ嬢が目を吊り上げた。
「何で1人で逃げてきたんだ!他のふたりはどうしたの?!」
リュカはびくりと身を震わせた。
「ろ、ロイクは組紐ごと吹き飛ばされて気絶した……パトリスは、氷魔法でまだ対抗してる……ぼ、僕だって頑張りたかったのに、君が推薦状を……」
上級生の令嬢から「守ってあげたい」と言わしめた、小柄な体躯と愛らしい少女のような顔立ちで、全力で庇護欲をそそろうと上目遣いをしているリュカに、メリッサは目もくれなかった。
「黙れ腰抜け!同じ主を頂いた者を見捨て、いち早く逃げ出すとは!貴様のような卑怯者に、栄えある我がハヴィスの聖者を掲げる推薦状を渡せるものか!!」
「ひっ!」
激しい恫喝に、リュカはすくみ上がった。
神官の魔法は階級制である。昇級しなければ、強い魔法は使えない。
試験は、聖者を出した家系の者からの推薦状が無ければ受けられず、飛び級不可なので、上級神官を目指す者は、必ずハヴィス家の聖ペサリウス試験を受けなければならなかった。神官長の息子と言えど、条件は一緒だ。
リュカはこの時、神官として出世の道が閉ざされたことを理解して、がくりと項垂れた。
「ふーん……学園長の息子ごときが、あんな魔力の中で、まだ踏ん張ってんのね……」
リュカの話を漏れ聞いていたシャーリーは、ふっと笑った。震える手で髪をまとめたゴム紐を外し、ぎゅっと握って額に押し付ける。
「国王陛下、コルレット嬢とシャーリー嬢を連れて、王宮にお急ぎください!塔が崩壊する前に、一刻も早く救援を!」
セシリーが鋭い声で叫んだ。
「それで、そなたらはどうするのじゃ?」
どこか呑気な様子の国王に、セシリーは内心で少しイラついた。
「ドット卿とノルディク卿を救い出したのち、塔の扉を閉じます!申し訳ないけど、メリッサ嬢とエリシア嬢、私に力を貸して!少しでも王太子の暴走の被害を防ぎましょう!」
「わかった!」「御意!」
同時に返事が返ってきた。
「待って、セシリー嬢。これをパトリスに渡して」
シャーリー嬢がゴム紐を手渡してきた。それはひんやりとしていて、彼女が魔力を込めたのがわかる。
「わかったわ、必ず渡すから」
セシリーがそう言うと、安心したのか、シャーリー嬢は意識を失った。コルレット嬢と並べて、馬車の後部座席に乗せる。
「さあ、お早く!国王陛下、ふたりをお願いします!」
国王が馬車の前部座席に乗ったのを確認して、セシリーは塔を振り返った。
シャーリー嬢の張った氷は、端から溶け始めていた。
ドン、ドンと塔の中から突き上げるような音がする。
馬車が動く音を背後から聞いてから、セシリーは左右に立つ令嬢に声をかけた。
「行きましょう」
セシリーが一歩を踏み出す。
……しかし、ふたりの令嬢は動かなかった。
「……お二方?」
疑問に思ってセシリーがメリッサ嬢の方を向くと、……そこには、去ったはずの人がいた。
「こ、国王陛下?!」
国王は胡散臭い笑顔を浮かべて、セシリーを見ていた。
「もういいんじゃ。よく頑張った、セシリー嬢」
そう告げて、国王は塔に向かって歩き出した。
本日の更新はここまでです。
明日中には完結させたいです!




