元婚VS悪役令嬢
連続投稿最後です!
お話はまだちょっと続きますが、明日以降の更新になります!
「セシリー・マードック!貴様という悪女は、どこまで腐り果てているのか!マリーをどこにやったのだ!!」
けたたましく乱入してきた5人組に、令嬢たちは一瞬ポカーンとしたが、見慣れた顔触れが並んでいるのを見て、はんっと鼻で笑った。
「あら王太子殿下にその取り巻きの皆様、ご機嫌うるわしゅう。お久しぶりですね、ノルディク卿。その後、準男爵家の婿入りの話は進みまして?」
シャーリー嬢が氷の微笑を浮かべて話しかけると、王太子カディスの後ろで、パトリス・ノルディクが狼狽えた。
「やあ、リュカ・キルネン。ペサリウス試験は受けられたのかな?あれは我がハヴィス家の推薦がないと、申請書すら貰えないのだけど」
メリッサ嬢の呼び掛けに、リュカ・キルネンがびくりとした。ペサリウス試験とは、平神官から係長・主任クラスへの昇格試験で、特定の貴族からの推薦状がないと受けられない。もちろんリュカは受けられなかった。
「ようこそヒョロ茄子野郎。半年ぶりね」
「……」
エリシア嬢はロイク・ドットに不穏な笑顔を向ける。その額にはビシビシと青筋が立っていた。
「なっ、貴様ら!王太子の前で礼もしないとは、不敬極まりないぞ!反省もしていないのか、この悪女どもめ!」
椅子から立ち上がりもせず、それぞれの元婚約者たちとやり取りを始めた令嬢たちに、カディスは苛立って吼えた。
「アダン様あああ!」
そんな王太子の横を走り抜けて、コルレット嬢はアダン・セファードに抱きついた。
「アダン様、信じておりましたわ!わたくしを迎えにきてくださったのね、嬉しい!」
涙をこぼして擦り寄るコルレット嬢を無下にもできず、アダンは困惑している。
「……っ、この悪女めが!よくも王太子である俺を無視してくれたな!そこに直れ、たたっ切ってやる!!」
激昂したカディスが、コルレット嬢に向かって腰の剣に手を伸ばしかけた時、声が走った。
「控えなさい、王太子カディス・エデン・サザーランド!ヘンドリック・グラウン・サザーランド国王陛下の御前である!!」
凛としたよく通る声だった。
セシリー・マードック公爵令嬢。
彼女は古の上王ブレンダンの血を継ぐ公爵家の長女であり、光魔法という、誇り高い血統の証である才を持っている。
立場こそ公爵令嬢であるが、本来ならば王太子と同等の権威を有する「聖女」に選ばれても、おかしくない存在であった。
そんな彼女が姿勢を正して直立し発声すると、まるで天にも届きそうなほどよく通った。
「……なっ、なっ、何を偉そうに、この、悪女、悪女の権化がっ……!!」
語彙の少なそうなセリフを吐くカディスは、セシリーの毅然とした態度にすっかり勢いを飲まれ、へどもどしていた。
「うわ、ダッサい……王太子なのに女のコの一喝で黙っちゃうとか、限りなくショボいんですけどーww」
プークスクスと笑っているのは、セシリーの隣に立った国王陛下だ。
「っ、父上……」
「久しいな愚息よ。相変わらずワシに似てアホ面しとるのう。まだ200日経っておらぬぞ?お前は日数を数えることもできないのか?アホなの?」
「国王陛下に敬礼!」
セシリーが宣言して跪くと、一斉に他の令嬢たちもそれに倣った。
下っぱ感が強い元婚約者たちも慌てて跪く。
アダンは纏わりつくコルレット嬢を突き飛ばして跪いた。コルレット嬢はポカンとした顔で彼を見た。
「ぐっ……!」
悔しげに呻きながらカディスも頭を下げた。
その頭に王冠が乗らなければ、彼はこの国の1番ではない。
「そんでカディス、何用でここに参ったのじゃ?先ほどワケわからんことを叫んでおったな。マリー嬢がどうしたと?」
国王がアゴヒゲを捻りながら言うと、カディスは頭を上げて憤怒の表情で喚き立てた。
「そこにおりますセシリー・マードックが、我が最愛のマリーをかどわかしたのです!マリーは昨日、フォーリー学園の3階から忽然と姿を消しました!直前まで一緒にいたアダンが証言者です!っこの悪女めぇえ、マリーを返せええ!!」
カディスは興奮し、また剣に手をかけてセシリーに飛び掛かろうとした。
しかし、その動きはピタリと制止した。
よく見れば、カディスの喉元に金属が押し当てられている。
ひゅ、と喉の奥から変な声を出してカディスは崩れ落ち、げほげほと咳き込んだ。
……目にも止まらぬ速さで王太子の喉を突いたのは、国王だった。手には銀色のお玉があった。
「いや、かどわかしたってさあ……フォーリー学園からこの南東の塔まで、どんだけあると思っとんじゃ?お前がセシリー嬢を追放したんじゃろうが。どうやったらできると?」
国王はお玉を布巾でふきふきしながら、呆れたように言った。
「……っ、しかし、確かにアダンが、セシリーがバルコニーにいたマリーを気絶させて、連れ去るのを見た、と……!俺の腹心が嘘をつく筈がない!!悪いのはその女だ!!」
咳き込んで涙目になった顔で、ビシッとセシリーを指差すカディス。……その場にいた彼以外の目線は、自然とアダンに向いた。
当のアダンは、冷や汗をだらだら流しながら、頭を下げたままだった。
「……だってさ、アダンくん。すごいね?セシリー嬢は18歳の公爵令嬢なのに、ここから学園まで1人で引き返して、3階まで誰にも気付かれず潜入して、人ひとりを気絶させて運んだんだそうじゃ。アダンくんの目の前でね。アダンくんはその時、何してたのかな?寝てたのかな?」
国王がガンガンに煽ってくる。
アダンの額の汗がどっと増えた。
ーーああ、僕はあの時、なんであんなことを言ってしまったんだ!
マリー嬢がバルコニーから飛び降りて、王太子達がやって来た時、アダンの頭に浮かんだのは『自分がマリーを害したと疑われてしまう』だった。
これは彼の私生活が原因であった。
アダンは自分の女癖の悪さのせいで、刃傷沙汰寸前まで行ったことがあった。なんとか揉み消したものの、やましい事がある彼は、『自分は一切悪くない』という言い訳のため、咄嗟にセシリー嬢の名前を使ってしまったのだ。
「……申し訳、ございませんでした……カディス様なら、セシリー嬢の名前を出せば、僕を疑わないと思い、つい……」
「アダン?!」
蹲るアダンを、王太子は信じられないものを見る目で見た。
その様子を、他の者たちは「いや、信じるなよ王太子……」という痛々しい目で眺めていた。
コルレット嬢だけは「アダン様……?」と呟きながら、ガラスのような瞳でアダンを見ていたが。
「ええー、切れ者だと評判だったアダンくんが、我が身かわいさにそんなアホなこと言ってしまうんじゃ……。で、そのアホを信じて、念願成就まであと一歩なのに、全部台無しにしてまで駆けつけてしまう、キング・オブ・アホがここにおるわけじゃ……さらには、それを諌めもできずに、アホヅラ晒して着いてきただけのアホが3匹、と。……ヤダもうアホとアホとアホしかいないじゃないの、我が王室」
アホがゲシュタルト崩壊しそうになり、国王はため息をつく。それからセシリーをチラッと見て、呟くように言った。
「のう、セシリー嬢。ワシはな、このクーデターの裏方は、宰相の奴だと思っておった。元平民の準男爵令嬢を養女にして差し出せば、未来の王妃の縁戚として、王宮を好きにできるのう。……しかしこうなると、なんか、実家関係なく、単にこやつらがアホだっただけなんじゃ?と思えてきたわ……」
国王のその言葉に、セシリーだけでなく他の令嬢も頷いている。シャーリー嬢からは冷気が、メリッサ嬢からは熱気が、エリシア嬢からは殺気が立ち上る。
その時、アダンが顔を上げて叫んだ。
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