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亜重力 nextenergy  作者: 古宮半月
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亜重力者

ここは篠乃芽(しののめ)病院の内科診察室。

部屋は真ん中の薄白いカーテンのしきりで隔てられていて、左側の席に促された。

清潔な真っ白さの部屋にある、冷たいパイプ椅子に座った。

カーテンを隔てた隣のパイプ椅子には誰も座っていないようだった。


カーテンの左側には白衣を着た女性が居た。

腰まで伸ばされた黒髪を回転椅子の背もたれに垂らしている。

衛生面的には大丈夫なのだろうか。

真正面に座る彼女はデスクにおいてあるパソコンに何か文章を打ち終えてからから90度左回転して、こちらに向きなおった。

「いらっしゃい、あなたが千貫(ちぬき)さんね?今日担当する夜谷(よるたに)よ」

意図的なのか自然になのか妙に色っぽい声色だった。

本当に声に色があるとしたら魅惑の紫色になるだろう。

「はい。本日はよろしくお願いします」

私は軽く頭を下げた。

「あら、そんなにかしこまらなくてもイイのよ。お友達の紹介で来たんでしょう?贔屓(ひいき)してあげるわよ。診察費を少しくらい安くできたらいいのだけど、そこまではできないわね」

どちらにせよ患者さんには優しくしないといけないわね、と追加し何故かウィンクをしてきた。

「では、単刀直入に」

「もうちょっと待ってくれるかしら?ふぅん。本当に薄紫(うすむらさき)なのね」

夜谷先生は私の質問を遮るように、思ったことをそのまま言葉にした。


彼女の漆のような黒い瞳が私の顔をじっと見つめる。

視線の先は、私の目だろうか、睫毛(まつげ)だろうか、前髪だろうか。

「地毛ですよ」

私は訊かれるであろう質問の解答を先に提示した。

「生まれつきということかしら?」

「いいえ、2,3ヶ月程前から」

「染めたのかしら?」

「いいえ、染めていません」

「……地毛かしら?」

「地毛です。元は黒でした」

「では、ある日突然その髪色になったのね?」

「はい」

もし学校の先生にこんな理由を述べようものならバリカンを懐から取り出して躊躇(ためらい)なく頭皮に当てられるかもしれない。


「嘘はついてなさそうね。でも千貫さん、あなたはこの年頃の他の子に比べて落ち着きはらっているから嘘をついていてもきっと(わか)らないわね」

「はあ、そうですか。それで、私はやっぱり亜重力者(あじゅうりょくしゃ)なんですか?」

「ええ、体毛と瞳の虹彩の変色は亜重力者に発現する特徴に一致するわ。亜重力者。正式には、亜重力知覚干渉者(あじゅうりょくちかくかんしょうしゃ)と呼ばれる、およそ5年前にアメリカで最初の一人が発見されて以降、毎年3,4人程度のペースで世界各地で発見されだした“波”を操る人々」

「学校でもおおまかな経緯は教えられました。けれど、亜重力というのがいまいち理解しきれていません」

「そうね。専門的な用語は抜きに簡単なことは話しておきましょうか」

夜谷先生は黒いタイツに包まれた長い足を組み直して、その膝を肘おきにして、上半身をこちらにぐいと寄せてきた。


「まず亜重力というものの本質は振動、つまり波にあるわ。海面が風で揺れるようなあの波よ。音が空気の振動で伝わるものだというのは知ってるわね?」

「はい。その程度は」

「実は光も波の性質を持っていたり、分子の振動だったり、超弦理論(ちょうげんりろん)では弦の振動が唱えられたり、とまぁ波や振動というのは意外とこの世界にとって重要な要素なのね」

「亜重力というので初め重力の新種類の名前かと思っていましたが振動のエネルギーなんですね」

「そういうこと。名前に関しては初めて観測したときに反重力の正体に近づけると考えていた名残ね」

「そうだったんですか」

「そして亜重力者はその波を普通の人より敏感に感じとり、また、波を操作できる。その仕組みについてはまだ分からないことが多いのよね。海外の研究では本人たちいわく、振動を音や匂いのように知覚し、筋肉のように自然に使用することができるらしいわ。そうなの?」

「確かに。ある日突然、感覚の一部に組み込まれていたのに、振動を操作するという行為はごく自然に身体に馴染んでいました」

「千貫さん、それを実際に見せてもらえるかしら?」

「それとは?」

「亜重力よ」

夜谷先生はデスクの上に置いてあったガラスの小瓶を銀色のトレーに移して、おもむろに椅子から立ち上がった。

私から遠ざかるように部屋の壁際へ移動すると、そこで小瓶を載せたトレーを空中に差し出した。


「この小瓶を破壊しなさい」

「破壊ですか?つまり、そのガラスでできた小瓶を割ればいいんですか?」

「そうよ。波を使って」

夜谷先生は自分が真正面から波を受けないようにだろうか、私から直線上の位置にトレーを伸ばし、自分は横に体を避けている。

怖がっている風ではなく、あくまで毅然として、優美な立ち姿で。


「分かりました」

私は椅子に座ったまま、右腕を小瓶に向けてまっすぐに伸ばした。

手は親指と中指をくっつけて輪をつくるデコピンの形。

親指で押さえつけていた中指を解放し、空中でピンっと軽く弾くと空気が押され、揺れて、振動が発生する。

振動は銃弾のように一直線に空気中を進み、コンマ0.5秒で3m先の小瓶に届いた。

そして、パリンと耳の奥が痛くなるような高い音でガラスは粉砕され、トレーの向こう側の床にもパラパラと破片が落ちた。

「これでいいんですか?」

「あぁ、証明が欲しかったんだよ。おめでとう、あなたは本当に亜重力者よ」

「嬉しくはありません」


診断結果は亜重力者だった。

嬉しいわけがない。

あの医者はきっと頭がおかしいんだ。

自分で脳ミソを一度調べた方がいいに違いない。

そんなことを考えながら病院の出口の自動ドアを通った。

僅かに音をたてて閉まる自動ドアを振り替えるとガラスに一人の女が映っていた。


藤色の髪を中途半端に首の辺りで切り揃えたショートボブ、一直線に切られた藤色の前髪のすぐ下に同色の虹彩を入れた両目が鋭く睨んでいる。

「私って本当に目付きが悪い。それにしてもこの服装は……」

学校の帰りに病院に来たので、学校指定の制服を中に着ている。

長袖の白いブラウスと抹茶色のスカート。

その上にもう一枚着たくて、紫のパーカーを羽織ってみた。のだが。

「……これじゃ、全身が逆さになった茄子だ」

しかし一点だけ茄子にない色があった。

袖を捲ると見える、最後に先生から渡された赤い腕輪を一瞥して病院をあとにした。


それをつけていれば私を守ってくれると、夜谷先生はそう言っていた。



空の境界に刺激をもらって思い付いたアイディアです。

流血などあるかもしれません。

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