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95:剣王編⑩ミカルゲ ブイガノン


 堕落のブイガノンは黒剣を大槌に変えて、押しつぶしにかかってくる。防御すれば剣が折れる。防御不可の一撃だ。ミカルゲは躱す他ない。しかし。


『嵌まれ』


 ブイガノンの詠唱とともにミカルゲの足元がぬかるみ、体勢を崩される。


 目視した場所を沼のようなぬかるみに変える力。地味だがブイガノンの怪力と黒剣の破壊力を存分に活かす能力だ。応用も効き、非常に便利な能力だ。


 迫る大槌の一撃をミカルゲは紙一重でかわした。


 今度はミカルゲから攻勢に出ようと踏み込むも、またも足をぬかるみに取られてしまう。


「ぐっ」


 体勢を崩したところに再度大槌が襲う。今度は避けられず、なんとか身体をそらし直撃を免れる。


「があっ」


 うめき声を上げるミカルゲに大槌を振るいながらブイガノンが呼びかける。


「知っているぞ!師範代ミカルゲ!」


 迫る大槌をミカルゲが躱し、大槌が大きな風切り音とともに空を斬る。


「勤勉実直を絵に書いたような秀才だ!それでいて落ちこぼれをも見捨てない義の心をも持ち合わせている!」


 ブイガノンは大槌を驚異の怪力で切り返し、またもミカルゲに迫る。


「だが、何たる悲劇!弱者がお前の足を引っ張っている!」


 ミカルゲの足元がぬかるむ。


「望まぬ期待を背負わされてきただろう。いわれなき中傷もうけただろう。同調圧力に屈する日もあっただろう。それでもなお、我らに与しないというのか!秩序の破壊こそ貴様を救う唯一の道だ!」


 ブイガノンは息継ぎをし続ける。


「弱者を虐げ、強者を奸計にて殺せ!貴様にはその資格があるだろう!」


「悪いが僕には守るべき仲間がいる。君たちに組みすることは出来ない」


 ミカルゲは胸を張り、高々と言い放った。しかしミカルゲの言葉にブイガノンは笑みを浮かべた。


「そうか!お前は周囲に有象無象を集めて安心を得ていたのだな!自らよりも格下がいることに安らぎを得ていたのだ!」


「…ははは。まさかまさか。」


 やばい。図星だ。どうしよう。


 ブイガノンの言葉にミカルゲはそう思った。


「おい!ミカルゲ師範代が動揺しているぞ!」


 自らも戦っているはずのミカルゲの仲間たちが目ざとく、耳ざとくミカルゲの表情、言葉を確認していた。


「ちょっとミカルゲ師範代!?心揺れちゃってるぅ?」


「あの人、凡人だから常に堕落するリスク抱えてんだよ」


「まさか私達をおいて裏切りませんよね!?」


「「「裏切る時は一緒ですよ!」」」


 ミカルゲの仲間たちが口々に言った。


「ふははは!見よ!ひどく醜く愚かしい。まさに衆愚。これが愚かな凡人だ。自分では何もせず、他者に押し付ける恥知らずだ!」


 ちょっと返す言葉もないとミカルゲは言葉に窮する。


「培ってきた常識が道徳が認めるのを拒んでいるのか!?安心しろ!そんなものは幻想だ!常識や道徳など数だけ多い弱者を守るための詭弁だ。我々強者が従う必要はない。お前もわかっているはずだ!

貴様も疑問に感じていたはずだ。だが、惰性で流されてきただけ。借り物の道徳にいつまですがるつもりだ。」


「みんなとともに築き上げてきたものを捨てることなど僕には出来ない。」


 多数におもねり、築き上げてきたものをを捨てることなどミカルゲには出来なかった。


「コンコルド効果を知っているか?」


 ブイガノンは言った。


「……知らん。」


 コンコルド効果とは、行為の継続が損失の拡大につながると理解しながらも、それまでに費やした時間や労力を惜しんで行為がやめられない心理状況のことだ。


 ミカルゲはそのことを知っていたが、知らないことにした。


 都合の悪い事実は認めない。ミカルゲの処世術の一つだ。


 ブイガノンに言葉を重ねられる前にミカルゲは剣士の仲間達に呼びかける。


「いいかお前たち!この場では彼らヴァジュラマ教徒の数が多く優勢なように見える。しかし、全体で見ればまだまだアスワン教徒が圧倒的多数だ!僕達は凡人!数を頼みに長い物に巻かれることが僕達の生存戦略だ!その基本を間違えてはいけない。」


 剛体によりブイガノンの大槌を跳ね返しながら言う。


「ヴァジュラマ教徒の甘言に惑わされず、戦うぞ!」


 おーという仲間達の野太い歓声が響く。


「後悔するぞ」


「後悔することなどないさ」


 ブイガノンの言葉にミカルゲは言葉を返す。


「勝てば当然後悔しないし、負けても死ぬ。死者は後悔出来ないからね。よって後悔しない」


 ブイガノンは表情を歪め、ミカルゲは不適に笑った。


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