93:剣王編⑧
「一体何が起きているんだ!」
ミカルゲは襲い来る傭兵や黒装束の男を切り捨てながら叫んだ。
襲ってくる男たちは一様に黒い剣を握り、異様に力が強い。
剣王の戦いの前夜祭。剣士仲間たちと親交を深めている最中にことは起きた。
襲い来る男たちの顔を見ると見知った者もいる。先程まで酒を酌み交わした者達だ。それが急に牙を剥いてきた。
混乱もあってか、百戦錬磨の剣士仲間たちが揃っていてなお苦戦している。すでに重傷を負っている者もいる。
仲間内で一番強いのは師範代であるミカルゲだ。それ故かわずかに余裕がある。戦いながら、状況を把握しようと周囲に気を配る。
するとこちらに向かって集団が向かってくるのを視界に捕らえた。
新たな集団も黒装束に黒剣を装備している。おそらくは敵だ。
状況の悪化にミカルゲの背を冷や汗が流れる。
ブイガノンの登場とともに、争っていた黒剣の者たちは戦いを止め、ミカルゲ達から距離を取った。
集団の戦闘に立つ男が大声で呼びかけてきた。
「我が名は堕落のブイガノン!根源神ヴァジュラマに魂を奉ずる者!争いと混沌をもたらす者!安寧に堕したこの世を我々は変える!勇ましき剣士たちよ!我々に組みする気はないか。社会を淀ませ腐らせるアスワンを排し、お前たちがより輝く世界を我々が用意しよう」
「争いと混沌か。確かに剣士にとっては理想的な社会だろう。」
ミカルゲは言う。
「そうか。ならば…」
「だが断る!」
柔和な対応をしようとしたブイガノンの言葉を遮り、ミカルゲはその誘いを拒否した。
争いと混沌。それはつまり無秩序な世界。
それを望むのは真の戦闘狂と自身が不当な評価を受けていると勘違いした無能だけ。
現行制度内で生活できる者にしてみれば、先行きの見えない新しい社会等受け入れがたい。それは剣士でも同じだ。そしてミカルゲを信望するものの多くは安定を望む凡人達だし、ミカルゲ自身もそうだ。
「うおおおお!ミカルゲ師範代!よく言った!」
「さすが師範代だ!よくわかってる!」
「俺たちはぬるま湯に浸かっていたいんだよ!」
「余計なことすんな!」
ミカルゲを慕う剣士たちが声を上げる。
「明日、堕落した安寧を得るために僕たちは今日剣を取る!」
ミカルゲの言葉に周囲の剣士も同調し、うおおおと野太い気炎を吐いた。
「はあ。唾棄すべき怠惰。実に嘆かわしい!お前たちのような凡俗が世界を後退させるのだ!」
「怠惰ではない!安寧を継続させるために勤勉なのだ!」
「ふんっ、詭弁を!まあいい。交渉決裂だ。その甘えた思想とともに死ね!」
そして数を増やしたヴァジュラマ教徒と傭兵達が襲いかかってきた。
その勢いと迫力に、ミカルゲと安寧を求める剣士たちはブイガノンの提案を拒否したことを少しだけ後悔した。
だが、戦うことを決めたからには気圧されていてはいけない。ミカルゲは自身のため、そして仲間のため、勇気を振り絞って奮起の言葉を絞り出そうとした。しかし…。
「僕は死にましぇーん!」
所詮は凡人。土壇場で気の利いた激励がとっさに出てくることはない。
尻すぼみに震えるミカルゲの情けない声が戦場に響き渡った。
剣士の里と隠れ里。その境目に最も大きな屋敷がある。
剣王の居住する屋敷だ。
屋敷、敷地の大きさにふさわしい数の警備や屋敷を維持する人員が存在する。
普段は静まり返っている深夜だが、今夜ばかりは騒がしい。
剣王、ウォーガン・ビスマルクは翌日の戦いに備えて早くに床についていた。外の騒がしさを意に介さず、眠りについていた。
しかし、唐突に使用人に叩き起こされた。
使用人は非常に慌てていて、ただ事ではないことがわかる。
「ウォーガン様!襲撃です!」
どうやら外の騒がしさは宴会の騒がしさではなかったようだ。
ウォーガンは痛む身体に鞭打ち、枕元の魔剣に手を伸ばす。
魔剣を握ることで、身体に力がみなぎる。病による倦怠感と苦痛から開放される。
身支度を整え、部屋を出た。
「ウォーガン様どちらに!?」
使用人の問いを無視してウォーガンは歩みを進める。
剣王の勘というべきか、ウォーガンは察するところがあり、屋敷内にある剣王専用の道場へと足を運んだ。
道場で目をつぶる。足を組んで背筋を伸ばす。
外の騒がしさは増している。騒音はどんどん近づいてきているようにも感じられる。
しかし、その騒がしさを意識の外において自身に意識を集中し瞑想する。
そしてどれくらいの時が経っただろうか。
ガラリと道場の戸が開け放たれた。
ウォーガンが目を開け扉に視線を送ると、そこには見知った人物がいた。
「くくくっ。お前だろうと思ったよマルコ。」
剣王の屋敷が襲撃され、道場にまで襲撃者が侵入してきてしまう深刻な事態だ。そんな状況にも関わらずウォーガンは心底おかしそうに笑った。
師範代、マルコ・ヘイゲンがそこにいた。
返り血を浴びて明らかに襲撃犯の一人だ。
マルコは黒剣の剣先をウォーガンに向けて言った。
「俺は師範代、マルコ・ヘイゲン!剣王の座をかけてウォーガン・ビスマルクに決闘を申し込む!」
「ははは!いいだろう!特別だ!ここまで到達した褒美だ!相手してやる。」
ウォーガンは魔剣を手に取った。立ち上がり、構えた。
「後悔するなよ」
「望むところ」
そして戦いが始まった。
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