90:剣王編⑤
「勝ったよお頭!」
「よくやった!」
「嬢ちゃん!血!血!」
足からダラダラ血を流しながら走り寄ってきた少女剣士を手放しで褒める。
剣王に挑む権利を手に入れたことに比べれば少女剣士の流血など些細なこと。
部下が治癒しようとしたが、モネが治癒すると名乗り出た。モネが少女剣士に治癒の神聖術を使用した。
「お見事でした。ヴィクトリアさん」
「うん!お嬢様ありがとう!」
少女剣士、にっこにこである。
「嬢ちゃん嬉しそうですね」
「ああ。夢半ばが一番楽しい時期だからな。これが叶っちまうとあとは現実が待ってるだけだ。束の間の幸福だ。喜ばせとけ。」
「ひどい言いようだ」
などと騒いでいると少女剣士の対戦相手だったブルーノが歩み寄り話しかけてきた。
「おめでとうございますヴィクトリア。あなたは強かった。」
「ブルーノ。おまえもな!」
勝った途端上から目線の少女剣士だ。それに苦笑してブルーノがこちらに声をかけてきた。
「それはそうと治癒の神聖術をお願いしてもいいでしょうか。このままでは死んでしまいますので。」
「むしろお前、よく生きてるな…」
ブルーノは左肩から手首まで切り裂かれ、右肩から腹部まで最後の一撃によって深い切り傷を受けている。少女剣士に輪をかけてボロボロの血まみれだった。
「間一髪でしたが、生き残ることだけなら残った剣気を使ってなんとか」
口調と表情には余裕があるように見えるが、顔から血の気が引いている。本当に限界なのだろう。そんなブルーノが神聖術による助けを求めている。となれば神官が言うべきことは決まっている。
「そうか…。それで治癒したら見返りに何をしてくれる」
「この男!?」
「正気!?」
俺の当然の要求に対して何故かアイギスとレミスが非難の声を上げる。
しかしコイツラは少数派だ。
「へへへ。天下のアスワン教会神官様に治癒を依頼するんだ。タダでとは言わねえよなあ?」
「まさかそんな罰当たりなことするやつはいねえよ。なあ?」
「神様に祈りを捧げるのも結構大変なんだよなぁ…」
部下共は俺と同意見のようで各々ブルーノに凄んでいる。
そもそも信者でもないのに神の奇跡にすがろうというのが虫のいい話なのだ。
「見返りですか…、金銭でいいですかね。」
ブルーノはそう言うと近寄って来ていたブルーノの付き人みたいなやつから財布を受け取った。
「神官相手に金銭とは舐められたもんだ。俺たちは金銭で動くような浅ましい人間じゃあ…、え!?そんなにくれるの?」
ブルーノが財布から取り出した金銭を見て部下が手のひらを返した。
「嘘だろ。師範代ってそんなに金があんのか。」
「ブルーノ様!今すぐ治療いたしますぅう!」
金に目が眩んだ浅ましい部下共を無視して俺は言った。
「金はいらん」
「そんなお頭!こんな金額なかなかお目にかかれませんよ!」
「もらっておきましょうよ!」
金の亡者共がうるさい。
「金はいらんがその代わり、無償で俺のために働け。期限はヴァジュラマ教徒を滅ぼすまでだ。」
「わかりました。命あっての物種です。そろそろ治癒をお願いしてもいいですか?さすがに限界なのですが」
「いや、まだだ。契約書をだな…」
「悪魔かあんたは」
「無償で働くって、ほとんど奴隷契約だろ…」
「ハクモちゃんも見てるんですよ!」
「何が悪いの?」
「ハクモちゃん!?」
「あ!?ブルーノが倒れたあ!」
その後すぐに神聖術を行使し治癒した。もちろん無償労働を約束する契約書も治療後手に入れた。
気づけば夕暮れ。空は赤く染まっている。
もう日もくれようとしている。
剣王との戦いが行われるのは明日だ。明日が本番である。
万全を期すならそろそろ少女剣士には宿に戻って休息を取ってもらう必要がある。
「おい、そろそろ」
「あ、ヴォークト師範!」
俺が少女剣士に声を掛ける前に部下がヴォークトに声をかけた。
ヴォークトの登場にブルーノが気まずそうに肩を震わせた。
「ヴォークト師範お疲れさまです。負けてしまいました。」
「ブルーノ。戦いは見ていた。精進しろ。」
「はい。」
「モネ殿、アイギス殿、フランシスコ殿。おめでとう。目的に一歩近づいたようだ。ヴィクトリア、明日の戦い、期待している。」
「うえっ、兄上キモい」
激励の言葉をかけられた事がないのだろう。少女剣士はヴォークトの言葉に舌を出して嫌そうにしている。
ヴォークトも俺たちがいたから社交辞令で口にしたにすぎないだろう。
「では、すまないが俺はこの後用事がある。失礼させてもらう。」
「兄上、ちょっと待ってよ来たからにはブルーノとの戦いの批評を…」
「邪魔するな。俺は今から俺の女たちと夜のパーティだ。」
少女剣士の引き止めの言葉にヴォークトが急に声を荒らげた。
「夜のパーティ?」
「性行為のことだ。」
「女達って…、複数ってこと?」
少女剣士が呆れる。
どういうことだとヴォークトをよく知るブルーノに視線を向ける。
「ヴォークト師範は性欲モンスターですから、毎晩複数人の女性と性的に乱れた宴を行われているのです。また日が暮れてくると理性が性欲に侵食されていきますので今のように情緒が不安定になります。」
「お、おう。そうか。」
「あ、もちろん相手女性達も合意のうえですよ。」
「いや、いい。聞いてない。」
ブルーノの説明に呆れるが、そう思わなかった者もいるようだった。
「うらやましいよぅ」
「ヴォークト師範、どうしたらそんな事ができるんですか。」
部下共のあまりにも憐憫を誘う様子にさすがのヴォークトも同情したのか、言葉を返す。
「顔と金と力と絶対に女とヤルという強い意思があれば可能だ。」
「絶対に女とヤルという強い意思…。ごくり」
「ごくりじゃねえ」
性犯罪でも起こしそうな部下の様子に思わず口を挟んだ。
「意思があっても顔と金と力が必要なんだよ。お前どれも持ってないだろ。」
「これから手に入れるんすよ!」
「お、おう。そうか」
部下の勢いに、俺としたことが思わず怯んでしまった。
たしかに金と力は今後どうなるかわからないし、顔も痛みを我慢すれば整形することができる。不可能ではない。
「俺はヤルぞ!やってやるぞ!」と気炎を吐くキモチワルい部下。
許せ。俺にはお前の目を覚ましてやることは出来ない。
「もういいだろうか?では悪いが今度こそ失礼させてもらう。今宵の虎徹は処女の血に餓えている」
そう言うとヴォークトは自らの屋敷へと帰っていった。
「あいつ今下ネタ言ったか?」
「ヴォークト師範は自らの股間を虎徹と呼称し…」
「やめろ。返答は求めていない」
ブルーノに質問しておきながら、その答えを遮ってしまった。
悪いと思うが、別に返答は求めていない。
なんだか疲れてしまった。
「帰るか。」
「うん。明日もあるしね。」
そして俺達も帰路についた。
夜の帳が落ち、皆寝静まった頃。俺は妙な胸騒ぎを感じ、目を覚ました。
妙に寝苦しいため、起き出し、外に出た。
すると偶然モネがそこにいた。
頭部まで隠す外套を羽織っている。
モネは夜の闇に空を見上げていた。月光に照らされて思わず見入ってしまう。
「フランシスコ?」
モネも俺に気づいたようで声をかけてきた。
「こんな時間にこんなとこで何やってんだ。」
「あなたに会いに来ました。」
「予知夢の恩寵か?」
聖女モネには複数の恩寵があり、予知夢の恩寵はその一つだ。
「タダの勘です。」
「なんだそりゃ」
そんな不確かなものでこんな夜更けに外出したのか。
「ですが実際あなたに会えたじゃないですか。」
「ぐっ」
そう言われると返す言葉がない。
「私の勘は当たるんです。」
こいつの勘は経験上、確かによく当たる。
そして楽しげに話していたモネは一転、表情を曇らせた。
「嫌な予感がするのです。」
「嫌な予感?」
その予感とやらが俺に会いに来た理由なのだろうか。聞き返す俺にうなずきを返し、モネが続ける。
「フランシスコ覚えていますか。あの予言を」
「ヴァジュラマの復活についてのことか?」
俺がモネと出会って間もない頃の古い話だ。
「はい。これは予知夢の恩寵ではなく私の勘ですが、おそらくもうじきです。」
モネは月を見上げる。
「かの者は新たな器を依代に現世に顕現します。」
そして一拍の後モネは俺に視線を向ける。表情からその真意を伺う事はできない。
「それと勇者についてです。正確には神官の命を代償に誕生する超常の力をもった剣士ですが、それもヴァジュラマの復活とほぼ同時に現れることでしょう。だから、まあ。不安要素ばかりではありません。」
モネは薄く笑みを浮かべた。
「ですからフランシスコ。」
「なんだ?」
「死なないでくださいね。」
「……、不穏なんだよ。」
「ふふふ。そうですね。この言い方ではまるであなたが死んでしまうみたいですね」
楽しそうに笑うモネになにか言葉を返そうとしたまさにその時、
カンカンカン!
夜警の鐘が里中に鳴り響いた。
そして警邏の大声が耳に届く。
「襲撃だ!傭兵共が裏切りやがった!!!」
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