86:剣王編①
少女剣士が剣王に挑むこと告げてから一月が経過した。
人々はまさか今代剣王存命のうちに剣王に挑む者が現れるとは思っておらず、驚きを持って情報がまたたく間に広がった。
剣王の座を争う戦いはある種の神事であり、祭典である。
大陸全土から人がおしよせてくる。
すでに目的としていた剣王との会談を済ませた俺はロマリアへともどり、枢機卿の位を拝命したかった。
しかし、その前にユヴァル枢機卿の野郎に剣王の戦いが終わるまで任務の続行を言い渡されてしまった。枢機卿拝命もお預けだ。
アスワン教全体にとって誰が剣王になるかは重要なこと。
もし新たな剣王が誕生するならば、それを確認し、友誼を改めて結びたい。
ヴァジュラマ教徒が力をつけている今、なおのことだ。
少女剣士から事前に剣王に挑むことは聞いていた。
だから俺は当然止めた。
「今の剣王が死んでからでよくないか。」
常識的な感想と理由を述べたつもりだっが少女剣士は口をへの字に曲げて、
「我は今の剣王を倒して剣王になりたいの!おこぼれなんていらないの!」
と言ってきた。
今までの経験上、少女剣士は言い出したら止まらないし、結果的に最善と思われる結果を残してきた。
ヴォークトから指導が受けられることが決まっているし、超神体も会得している。俺も少女剣士の言葉をもはや夢物語と笑えなくなっている。
どこかで剣王になってくれるのではないかと期待している。
「わかった。頑張れよ。」
「うん!」
少女剣士は笑ってそう返事をした。
こいつが剣王になってくれれば、強いコネのある俺の地位もアスワン教内で盤石だ。
俺は爽やかな微笑みを少女剣士に返した。
「フランシスコ、下心が顔に出ていますよ。」
近くで話を聞いていたモネが余計なことを言ってきた。
だが、少女剣士に気分を害した様子はない。
「まっ、期待しててよ!」
剣王への挑戦者の一覧が剣士の里各地にある掲示板に張り出された。
少女剣士の挑戦に便乗し、剣王の座を争う戦いに参加する者が多く現れるかと思われたが、予想に反し、その数は少なかった。
剣王候補と言われる剣士達もそのほとんどが参加しないようだ。
だが、それでも必ずあるだろうと思っていた名がなく俺は少なからず動揺した。
「挑戦者にマルコの名前がないだと…?」
マルコがヴァジュラマ教徒に組みし、アスワン教に刃を向けたのは剣王になるため、より多くの修羅場を経験するためだったはずだ。この戦いに名乗りを挙げないことには違和感がある。
あいつはアスワン大聖堂襲撃の大罪による指名手配者だ。
行方のつかめない奴を捕縛するチャンスだと思っていたのに肩透かしを食らった。
「お頭、流石に指名手配されてる身で公の催しには参加しにくいんじゃないですか。」
「あいつはなんのためにヴァジュラマに組みしたんだ…。」
本末転倒だろ。
「情報が届かなかったとか?」
情報が届かず、参加できない剣士も存在するだろう。
剣王に対する挑戦権は要件を備えた者ならいつでも誰にでもある。その時の挑戦に間に合わなければ再度挑戦すればいい。
よって情報を広めたときから戦いの日まで期間はあまり長くない。
そうしたこともないとは言えないが、どうにも違和感がある。嫌な予感がする。だが、考えたところで納得のいう答えは出ないだろうと考えるのをやめた。
「出場してたら我が手足をもいで捕らえてあげたのにね。」
少女剣士が猟奇的なことを言う。だが、こいつのこういうところは正直嫌いじゃない。
「ヴァジュラマ教徒に組みするやつがいたら頼む。」
「我に任せろ!」
現在剣士の里は、平時の10倍ほどにまでその人口を増やしていた。
剣王の戦いを一目見ようと人口の流入が止まらない。その人達目当ての商売人も多い。
人が増えれば建物が必要。
建築物が増設され里も広がっていた。
剣王の座をかけた戦いは古くは神聖なものとされ、ひと目のつかぬ山奥や、屋敷の中でひっそりと行われていた。しかし、時代とともに人目に触れるようになり、今では見世物の側面も大きくなっている。
広い平地に一段高い石造の舞台が設けられ、無数の剣が舞台に突き刺さっている。実に雰囲気のある舞台装置だ。そこでこれから武の頂点を決める戦いが行われる。
周囲には物見櫓が乱立し、至尊の戦いをその目にしようと躍起になっている。
「ついにここまで来たか。」
俺は万感の思いで舞台に立つ少女剣士を見た。
少女剣士が剣王に挑戦状を叩きつけてから今日までのことが思い出される。
ヴォークトの屋敷の補修を手伝い、復元させた。自身の身分を顧みずあちこち遊び回る聖女の護衛をし、部下共からデートとからかわれ、アイギスにらまれた。休みも取らず、迷宮をハシゴして攻略するハクモを無理やり休ませた。そしたらなぜかレミスに泣いて感謝された。
そして、本部から押し付けられる任務を未来の剣王に唾つけるので忙しいと言い張って断り続けた。
枢機卿になる前に現場仕事、押し付けられるだけ押し付けておこうという魂胆がすけて見える。
俺は未来の枢機卿様だぞ。もう現場仕事なんてしなくていいだろ。
とはいえ正直、聖務執行官になってから一番ゆとりのある日々だった。
もう終わってしまうのか。名残惜しくて仕方ない。
空を見上げると雲ひとつない快晴だった。きらめく太陽に目がくらむ。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは剣王に挑む者!今ここで力を示し武の頂きに手をかけよう!」
少女剣士の名乗りが上がった。
「我こそは剣王。ウォーガン・ビスマルク!腕に覚えのあるものよ。手合わせ願う!」
これは儀礼だ。
実際に剣王と戦うには、名乗りを上げた少女剣士を含む4人で戦い、勝ち残った一人が、翌日剣王に挑む事となる。
今日、新たな剣王が生まれるわけではない。
だが、今、この時から戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
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