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82:ヴォークト師範2

「我を師範代にして」


「いいだろう。」


 ヴォークトは少女剣士の要請に即答した。


「帰り際に師範代に任じる書状をだそう。」


「すごい、あっさりだね。」


 少女剣士が怪訝な表情を浮かべている。


「お前がメヒコのゾンビを討伐したことも、ミカルゲを倒したことも耳にしている。すでに裏も取ってある。他に何を確認する必要がある。」


 ヴォークトはそのまま使用人に書状を用意するよう指示を出した。


「さて、他に用はあるか。」


「ないよ。だからもう帰るよ。」


 ヴォークトもヴォークトで無感情な話し方をするが、少女剣士も随分とあっさりとしている。親族の情というものをまるで感じない。とてもビジネスライクだ。


 コイツらの父、アーカードとは似ても似つかない。


 帰ろうと腰を上げた少女剣士をヴォークトが呼び止めた。


「待て。俺にはまだお前に用がある。」


「…、何?」


 少女剣士はヴォークトの言葉に明らかに嫌そうな顔をした。


「俺と立ち合え。指導してやる。」


 少女剣士には想定外だったようで一瞬の間が空いた。


「なんで?兄上になんの得があるの?」


「そちらの聖女様とフランシスコ殿から依頼を受けている。」


 少女剣士の成長は目覚ましい。


 俺たちは少女剣士が剣王になるかもしれないと思い始めている。もはやガキの盲言ではなくなっている。


 剣王になることができれば少女剣士と親しい俺たちにもメリットが有る。


 教会内の立ち回りにも影響があるだろうし、剣士の里にも譲歩を迫れる可能性がある。


 ヴァジュラマ教徒という驚異がある今、剣士・傭兵を擁する剣王と懇意になるというだけでも大いに意義がある。そのことにはモネも同意している


 少女剣士はチラリとこちらに視線をよこしたあと、ヴォークトに向き直った。


「いいの?我のほうが強くなってるかもしれないけど。面子をつぶしちゃうよ。」


 少女剣士は気遣いのフリしてヴォークトを煽る。しかしヴォークトに気にした様子はない。


「俺の強さは手段であり目的ではない。俺の強さは女を得るための強さだ。性欲を満たすための手段だ。他の男に劣ると女を取られる可能性があるが、女に負ける分には構わない。それが親族ならなおさらだ。」


「動物なの?」


「俺たちは少し理性が強いだけの動物だよ。そして理性は欲望の奴隷だ。理性は欲望を実現させるための道具であり道標に過ぎない。」


 少女剣士はムッスリした顔で黙って話を聞いている。


「ヴィクトリア、お前がすでに俺より強いならそれほど喜ばしいことはない。我が一族の血筋が剣王になることは歓迎すべきことだ。俺はすでに師範の座でほしいものは手に入る。剣王など面倒ごとが増えるだけだ。お前を手伝う理由はあっても、お前の望みを妨げる理由は俺にはない。」


 ヴォークトに剣王になる意思がないことは確度の高い情報として耳にしていた。だからこそ、少女剣士への指導を依頼した。


「我に負けたときの言い訳をしているようにしか聞こえないんだけど。」


「そうか。それはすまなかった。だが心配には及ばない。俺はまだお前より遥かに強い。」


「御托はいいよ、兄上。いつも話が長いし、何言ってるかわからないんだよ!」


「そうか。謝罪しよう。お前が馬鹿だということを忘れていた。」


「いちいち一言多いんだよ!」


 子供じみた言い争いからそのまま戦いは始まった。互いに真剣を用いての立合いだ。訓練とはいえ、ともすれば命のやりとりになりうる。場に緊張が走る。


 攻め手は少女剣士だ。果敢にヴォークトの間合いに踏み入り剣を振るう。ヴォークトは洗練された技術を用いて危なげなくそれを捌いていく。師範というだけあり、防御のみを見ても蓄えた技能の豊富さがわかる。


 気づけば、少しづつ、少女剣士が遅れを取り始め、やがて攻め手と受け手が入れ替わった。


 少女剣士はヴォークトの剣撃をなんとか凌ぐものの、ヴォークトほど完全に捌くことが出来ずにいる。傷が加速度的に増えていく。


 ヴォークトの剣撃は通常の斬撃に比べ妙な剣閃を描いていることがわかる。それが少女剣士のタイミングを崩しているようだった。


 ヴォークトの斬撃は傍目にも腕が伸びているように見える。


 鞭のように腕がしなり加速しながら少女剣士を襲う。


 少女剣士はやむにやまれず鞘を用いて防ぐ。


「ふむ。器用な真似をする。」


「なんでこの程度で上から目線!?今まで本気じゃなかっただけだから!今から本気だすから!」


 少女剣士が負け惜しみを言う。


「ホントに本気なんてものがあるなら歓迎だ。」


「ぐぬぬぬ」


 ヴォークトに煽られ、無理やり攻勢に出る。鞘を用いた二刀流で手数は増えたが尽く躱され、反撃を受け負傷し、更に血が流れる。


「すでにボロボロの血まみれだ。見栄なら早めに降参してくれ。屋敷が汚れる。」


「血が抜けると体が軽くなって速く動けるんだよ!痛みと流した血の量だけ人は強くなる!ってお頭が言ってた。」


「さすが、生ける屍とうたわれたフランシスコ殿だ。しっかりと狂っている!」


「お頭…。」


「俺は言ってないし、言ってたとしても参考にするやつが悪い。」


 少女剣士の奴、狂気の助言を人のせいにしてきた。記憶にないが、俺なら言いそうなのがたちが悪い。文句が言いづらい。


 しかし少女剣士がその言葉と共に振るった一撃がヴォークトの頬をかすり血が頬を伝う。本日初めての被弾だ。


「血が抜けると速く動けるか…、なるほど。だがその分、力は弱まる。」


「剣で人を斬るのにたいして力なんていらないんだよ!」


「そうだな。ちゃんと当たればの話だが」


「ぐぬぬぬぬ。」


 かするだけでは敵は倒せない。


「そんなのは兄上だってそうじゃん!」


「そうだな。」


 言葉とともにヴォークトの攻勢は激しさを増した。ギアが一段階上がり、すべての動きが向上した。ヴォークト特有の鞭のようにしなり、かつ加速する剣撃に少女剣士は対応しきれない。


 負う傷が深くなっていく。


「ほら。どうした。同じ遺伝子を継いでいるんだ。お前にも同じことができるかもしれないぞ。関節を外し、しならせることで速度と威力を増す斬撃だ。俺の生み出したオリジナルだ。地味だが便利でな。」


 ヴォークトは師範になるだけの技を修めながら、独自の技能をも生み出していた。

少女剣士を巧みに翻弄し、追い詰めながら言葉を続ける。


「だが当然欠点もある。しなるということはタメが必要ということでもある。隙が生じるということだ。その欠点を最小にするため、筋肉で無理やり収縮することでタメを減らし、さらなる加速を生み出す。」


「技の解説なんて余裕だね。」


「俺は師範だからな。技の伝授こそ本懐だ。そこらの老害と違い、役目は全うするとも。」


そして少女剣士が膝をつくのにそう時間はかからなかった。


「まあ、こんなものか。」


ヴォークトはわずかに汗をかいているものの、余裕を持って少女剣士を睥睨する。対する少女剣士は血と汗を流し、肩で息をしている。明らかに体力の限界が近い。


「何勝った気になってるの?戦いはこれからだよ。」


 ぜえぜえと呼吸に擦過音が混じる。それでも少女剣士は剣を構えて気炎を吐く。


 劣勢は明らかだが、勝敗は先に相手を疲弊させたほうが勝つわけではない。少女剣士にも逆転の目はある。


 訓練とはいえ、少女剣士はヴォークトに勝つつもりでいる。


「なら奥義を使え。それから超神体だったか?使ってみろ。」


「むう。後悔しないでよ!お頭お願い!」


 少女剣士の言葉に従い加護を与える。


 加護を用いた超神体を使うことは少女剣士自身のみの力とは言いづらい。本来は剣気のみで勝ちたいと思っていたようだ。


 だが、超神体以外に突破口がないのも事実で、少女剣士もそれは自覚しているようだった。


「超神体!」


 そうと決まれば少女剣士に迷いはない。加護と剣気が膨れ上がり、限界以上の力が立ち上る。


 いきなりフルスロットルだ。瞬体、剛体、超越体と順を踏むことなく急激な強化をすることで、ヴォークトの不意をつくつもりだ。


「なるほど!強大な力だ!加護と剣気による奥義とは、かくも理不尽な様相を呈するのか!」


 目を見開き、ヴォークトはどこか興奮した様子で言った。


「フランシスコ殿、悪いが俺にも加護をもらえるだろうか。柔よく剛を制するにも限度がある。条件だけは揃えてもらわなければな。」


 俺はヴォークトにも少女剣士と同様の加護を与えた。


「ふむ。俺には加護を操ることはできそうにないな。」


 ヴォークトがぼやく。超神体を行おうとしたができなかったようだ。


 そしてそれとほとんど同時に少女剣士はヴォークトに斬りかかる。


「食らえ!白夜光!」


 迸る白き光の剣閃をヴォークトは負傷を置いながらも直撃を避ける。そして攻撃直後、隙だらけの少女剣士の首元に剣先を突きつけた。


 驚いた。少女剣士の超神体は少女剣士の未熟を補って余りある力だ。なんせ神話の怪物リッチーをも討滅した。超神体を使用すれば少女剣士に勝てる者はいないとどこかで思っていた。


 ヴォークト師範の力量は俺の想像を超えていた。


「俺の勝ちだ。ふははははは!」


「ぐぬぬぬぬ。」


 冷静で理知的だったヴォークトはどこへやら。訓練であることを忘れて、ヴォークトは実に得意げに勝ち誇っていた。


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