81:ヴォークト師範
「負けたよ、ヴィクトリア。完敗だ。」
敗北したミカルゲが爽やかに敗北を告げる。
「ミカルゲ師範代!なんでだよ!」
野次馬の一人がミカルゲの敗北を認められずに叫ぶ。
「インチキだ!女が奥義なんて使えるはずがない!」
「神官の加護を受けてたんだ!」
野次が飛ぶ。
「あれれ〜女には奥義がなんだって〜?」「君たちは奥義と加護の見分けもつかないの?そっか、君たちは奥義使えないんだったね」「君たちが推す、君たちより強いミカルゲが負けたけど、今どんな気持ち?ねえどんな気持ち?」などと煽りたいのをぐっと堪える。俺の目つきがどーのコーの言ってた奴らと負け惜しみ言う奴らに嫌な思いをさせたいが、収集つかなくなりそうだ。
「やめろ!僕の負けだ!」
ミカルゲが一喝すると野次馬共が黙り込んだ。そしてミカルゲは虚空を見上げ、悟ったような声音で続けた。
「ふっ、負けたことがあるということがいずれ大きな財産となるのさ。」
「いや、それ負けた本人が言うセリフじゃないだろ。」
「百歩譲って本人が言うにしても、今まで負けたことがないやつが言うからかっこいいのでは?」
ミカルゲの言葉に俺と部下が思わず突っ込む。
「ぐはぁっ…!」
「「「ミカルゲぇええー!!!」」」
「「「ミカルゲ師範代ぃぃ!!!!」」」
図星をつかれ、精神的ダメージにより倒れ込むミカルゲに野次馬が群がり、抱き起こす。
「おい!誰だミカルゲ師範代に正論吐いた奴!」
「今ミカルゲ師範代は必死に現実から目をそむけてカッコつけてんだぞ!気を使え!」
「やめろ!かえって師範代のメンタルをえぐってる!」
「ただでさえ師範代は小娘なんかに負けて惨めな思いをしてるんだぞ!」
「それヴィクトリアを貶めてるようで、ミカルゲ師範代をけなしているよね?」
野次馬共が倒れたミカルゲを囲んで盛り上がっている。戦闘中や敗北直後よりなお盛り上がっている。お祭り騒ぎだ。
傷心するミカルゲそっちのけ。野次馬自身が楽しむために騒いでいる。
だが、ミカルゲは人望があるだけあり、善意で精神を殴られてなお、微笑みを浮かべ、野次馬共に礼を言う器の広さを見せつけていた。
やがて野次馬どもの騒ぎが収まると、ミカルゲは特に聞いてもいないのに少女剣士に喧嘩を売ってきた理由を教えてくれた。
ミカルゲはどうやらガンピードとかいう師範に唆されて戦いを挑んできたとのことだった。
少女剣士とミカルゲは特別濃密な付き合いがあったわけではないが、交流自体はあった。
さらに、ミカルゲは少女剣士との婚約話が出ていたために、その生真面目さを発揮して、他の女との縁談を断っていた。少女剣士への想いというよりもアーカードへの義理立てだ。
少女剣士にはまるで関係ないし、悪いとしたらアーカードのように思う。
しかし、ミカルゲからしたら文句の一つも言いたくなるのはわからないでもない。
ミカルゲは感情のままに決闘を挑んたことを謝罪し、もしものときには師範代に勝利したことを証明してくれるという。
自ら謝罪できるとは。
剣士にしてはまだ、理性がある。動物より人間に近いと認めてもいい。
そして俺たちは帰路についた。
「さて、兄上のところにいこうか。」
ミカルゲに勝利した翌日、少女剣士は元気よく言った。
「なんで?」
「師範代にしてもらうんだ。兄上は師範になってるらしいからね。」
かくして、少女剣士を師範代にし、剣王への挑戦権を得るために、少女剣士の兄ヴォークトの元を訪れることとなった。
剣士の里と隠れ里の境目にあるひときわ大きな屋敷。道場と併設されたその屋敷にヴォークトはいるそうだ。道場には剣士も傭兵も多く通っている。
道場からは稽古の音が響いてきている。
屋敷には門番がいたが少女剣士の顔を覚えていたし、話も通っているようですんなり屋敷に入れてもらうことが出来た。
ヴォークトのいる部屋まで案内されるが、屋敷が大きすぎて道が長い。俺たちは雑談を始めた。
「お前の兄はどんなやつなんだ?」
「うーん。本能に忠実な女好き。我がまだ里にいたときは常に女の人何人も侍らせて、人目も憚らず体を触ってた。」
「ほう。」
「うん。自分以外の男と年増はみんな死ねが口癖だった。
「やべえ奴じゃん。」
「いや、正直気持ちはわかるっす。」
俺がヴォークトの口癖に驚くも、モテない部下数名がヴォークトに共感している。
「フランシスコも本当は気持ちわかるんじゃないですか?」
モネが揶揄する笑みを浮かべて言ってきた。
「自分以外みんな死ねとは常々思ってる。」
「やべえ奴じゃん。」
部下が俺の言葉を引用して呆れている。
「いや、思うだろ。」
絶対皆思ってるだろ。俺だけじゃないだろ。
その証拠にハクモが小さな声で「わかる」とつぶやき頷いている。
他にも同意を得られそうなモネに「お前もそう思うだろ」と視線を向ける。
「フランシスコ。それはあまり一般的な思想ではないのですよ。民の脳内はもっとお花畑なのです。」
「なるほど。俺が悪かった。」
「お嬢様、たしなめているように見えて、お頭を肯定してるよね?」
「今、聖女様、民の脳内お花畑って言った?」
「レミス。モネ様はそんなことはおっしゃらない。幻聴だ。」
そんな会話をしているとヴォークト師範のいる部屋にたどりつき、案内役の手により戸が開けられた。
部屋には女に囲まれたスケベな男はいなかった。
畳の上で姿勢を正して正座している。縦長の紙を広げ、静寂の中で筆を構えている。ピンと張り詰めた空気が伝わってくる。
とても女を侍らせる色情魔には見えない。
「来たか。」
男は視線をこちらにやると筆を置き、こちらに体を向けた。
長い金髪を後ろで縛っている。鋭い目つき。細い肉体。長い手足。
少女剣士の兄なだけある。まさに少女剣士の男バージョンといった風貌だ。しかし、まとう雰囲気は真逆で感情豊かな少女剣士と違い、実に理知的で落ち着いた雰囲気がある。
とても欲求のままに女を人前で侍らせるようには見えない。
「好きに腰をかけてくれ。茶を用意する。」
俺たちはヴォークトの言葉に従う。
少女剣士は怪訝な表情でヴォークトに声をかけた。
「あんなに女の人を侍らせてたのにどうしたの?」
ヴォークトは表情を変えずに答える。
「ああ。そんな事もあったな。俺は大事なことに気づいたんだ。」
「大事なこと?」
眉間にシワ寄せて少女剣士が聞き返す。
「ああ。俺は女に対して人間関係を求めていないことに気づいた。夜だけ寝室にいればいい。」
「うわぁ。」
レミスが引いている。
「そんなことだろうと思ったよ。やっぱり兄上だ。」
呆れる少女剣士を無視してヴォークトは呟いた。
「昔は獣だったが、今は…、強いて言えば賢者だな」
「今、くだらない下ネタを言った気がするが気のせいか?」
思わず小声で部下に漏らす。
「知らないっすよ。お頭、師範相手にあんま失礼なこと言わないようにしてくださいよ!」
話をしているうちに使用人が茶を持ってきて全員の前に配られた。
「さて、挨拶が遅れて申し訳ない。妹が世話になっている。そして父が迷惑をかけた。師範のヴォークトだ。以後お見知りおきを。」
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