78:剣士の会合
剣士の里の一等地。大きな屋敷の一室で定例の会合が開催されていた。
その会合は剣王と師範にのみ発言を許された、剣士の里の最高意思決定機関だ。
「ヴォークトは今回も欠席か!!」
三人しかいない師範の一人、老齢のガンピードが怒声を上げた。短く整えられた白髪、深いシワに鋭い目つき、老齢でありながらその体を覆う筋肉に衰えは見えない。
そのガンピードは幾度目かわからぬ若き天才、ヴォークト師範の欠席に、憤慨していた。
「私がヴォークト師範の代理で参りました。言伝を預かっております。読み上げます。てめえらの会合には意味を感じない。情報共有がしたいなら書類にまとめるなり部下伝いに事前に共有するなり方法がある。わざわざ集まる必要がない。方針を決めるなら事前にどんな方針にしたいか通達しろ。事前に意見を確認し、意見が擦り合わないときのみ会合を催す意味がある。そうなれば俺も会合に出席してやる。俺の時間は貴重であると理解してほしい。お前らも老い先短いんだから時間は大切にしろ、とのことです。」
ヴォークトより更に若い師範代、ブルーノが言いよどむことなくヴォークトからの言伝を言い終える。
剣士の里はアスワン教会のように組織の情報共有が甘く、事務仕事に適正を持つ者も少ない。結果的に必要事項を書類等に残さず、口頭でのやり取りに終始することも多い。
よって情報共有を目的に会合が開かれることも多いが、事務能力を備えた人間からすると不効率に思えて仕方がない。
理路整然と説明できる者が少なく、せっかく会合に出ても話の要旨がつかみづらい。要約がうまく出来ず、結果話が長くなる。
ヴォークトからすればこの会合は無駄の塊なのだ。
「やつはこの会合をなんだと心得る!重要な議題があるから会合を行っているのだぞ!」
「そのことについてもヴォークト様から言伝があります。大事な議題なら余計に事前に情報共有しろ。下調べも必要だしその場ですぐ決められるものばかりじゃねえだろ。とのことです。」
「若造が調子にのりおって!」
「ヴォークト様からの言伝です。俺が若いんじゃなく、お前らが老い衰えているんだ。もうお前らがいなくとも技は受け継がれる。いい加減隠居するか死ね。とのことです。」
師範は剣士に受け継がれる剣技を一定以上修めた者に認められる位だ。そして師範に求められる役割は強さではなく、技の伝授にこそある。
ヴォークトは剣士に伝わる技のほとんどを習得すると、絵を用いて描きおこし、図解しそれを卓越した描写で指南書をしたため、剣士の里に広く広めた。
今まで口伝だった剣士の御業を書に残したことで、技の習得のハードルが下がった。もちろん直に技を見ることには及ばないが、それでも指南書があるのとないのとでは大きく変わる。
現に、ヴォークト以降の若い世代でそれが顕著だ。技習得の効率が著しく上昇している。統計を取らずとも、師範含め、他の剣士も実感としてそれを知っている。
だが、師範に取ってその状況は面白くない。指南書の流通は指南役の価値の低下を意味する。
ヴォークト以前の師範達にとっては実に面白くない展開だ。
「誰の許可を得て喋っている!この場で発言が許されるのは剣王と師範のみ。師範代といえどそれは変わらん。」
「誰の許可を得ているかと問われればヴォークト師範の許可を得ております。またヴォークト師範から言伝を預かっています。師範の代理を務めるから師範代なんだバーカ。そもそもその会合の規定は特に明文化されていない曖昧なもんだ。代理を拒否される根拠はないとのことです。」
「貴様!」
「そのへんにしておけ。」
くぐもった声が響いた。
最強の剣士、剣王ウォーガン・ビスマルクだ。
病に身を蝕まれてなお、最強の剣士の威容をその身に称える。男の夢の体現者だ。
床に伏すわけでもなく、他の師範同様、座して会議に参加している。
「前回も同じ話をした。師範の委託を受けたなら、師範代の発言を許可する。そう決まったはずだ。」
「ぐ…。」
「本題に入れ。」
話を振られたもうひとりの師範、ダビッドソン師範が会合の主題を口にする。
「クイ、ポーロそしてアーカードからの報告だ。生ける屍と聖女、光の盾アイギスがこの里に来ている。マルコがヴァジュラマ教徒に組みしていることについて剣王と話し合いの場を設けたいそうだ。どうせ戦力の貸出の要請だが、無下にはできん。」
聖女が直々に来ることは予想外だったが、教会からマルコがヴァジュラマ教に組した抗議の封書はすでに届いており、目新しいことではなかった。
「それとメヒコが死んだ。迷宮内でヴァジュラマ教徒に殺され、代償術でゾンビとして蘇生された。」
「なんだと!?あのメヒコがか!?」
「それを生ける屍とヴィクトリアが奥義を習得し、討滅した。」
ヴィクトリアは超神体習得後、コツを掴んだのか、奥義を発動することもできるようになっていた。
「馬鹿な!?」
会合の出席者達はダビッドソンの報告に驚愕する。
「とくにメヒコのゾンビをヴィクトリアが一人で討ち取ったそうだ。加護の力をも操り、その力は奥義をも超えるそうだ。神話上の化け物リッチーをも討ち取っている。」
「ありえん。真偽を確認するべきでは?」
「ヴォークトといい、またアーカードの子か!?」
奥義は今まで男性の専売特許だった。だからこそ、男のほうが女より強く、男性優位な社会が成立していた。女性が奥義を使用することに嫌悪感を感じる。立場を揺るがされるのではないかと焦りと不安が生まれる。
剣士を生業とする以上他者の強さに敏感になるのは当然の事でもある。
だが、剣王ウォーガンにとっては真偽の確認などどうでもいいようだった。
「さしたる問題じゃない。女にも奥義が使えた。剣王たりうるやつが増えただけだ。仮に嘘でも損があるわけでもない。それよりもアスワン教徒どもだ。奴らとの会合の場を急ぎ設けろ。」
剣王ウォーガンが言った。そして、フランシスコ、モネとの話し合いの場を設けるための具体的な話を始めた。
「俺の命もあと僅かだ。面白いものを見せてもらいたいもんだ。」
誰にも聞こえない声量でウォーガンは呟いた。ウォーガンの口角は上がり、顔の血色も良い。病魔に侵されているようにはとても見えなかった。
会合が終わり、夜の帳も落ちた。
ガンピードは呼び出された屋敷へと赴く。
中にはすでにダビッドソンが待っていた。
「遅かったな。」
「仕方ないだろう。ヴォークトの狗を蒔くのに手間取ったんだ。」
「そうか。」
ガンピードはダビッドソンと会話しながら、用意されていた席につく。机を挟んだ向こう側には黒き衣に身を包んだ二人がいた。
「待たせたな。それと久しぶりだなマルコ。」
「ああ。久しぶりだ師範。」
黒衣の一人は剣王候補、マルコ師範代。
「積もる話もあるとは思いますが、時間もありません。早速ですが本題に入りましょう。」
黒衣のもう一人はヴァジュラマ教四大魔が一人、痛みのヘイムだった。
「剣士とヴァジュラマ教徒の同盟について。」
二人の師範とヴァジュラマ教徒ヘイムと師範代のマルコ。四人の密談が始まった。
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