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74:少女剣士の事情2

 少女剣士の父親が目を覚ました。


 俺と少女剣士は恋仲ではなく、ましてや婚約者などではないこと。ハクモが少女剣士の子ではないこと等を懇切丁寧に説明してやった。


 少女剣士の父親はアーカードと名乗った。


「司教位にある私への狼藉、これは教会への翻意とも取れる。どう落とし前つけてくれるんだオラあ!」


「落とし前って…」


「ちょっ!お頭!神官の使っていい言葉じゃないっすよ!」


 俺という一神官に対する行動を教会への行動として主語を大きくする。すると問題も大きくなり、俺が優位に立てるという寸法だ。そして実際、俺の司教という地位への敵対は教会組織そのものへの敵対とみなされても不思議ではない。司教はそれほど高位の地位だ。


 単純に腹が立ったのでアーカードに少しでも嫌な気持ちになってもらおうという意味もある。


「あくまで娘に寄り付く馬の骨に対する言動だった。教会に対する翻意はない。」


 むっすりとした無愛想な表情と声音でアーカードは言った。教会に対する翻意は否定しつつ、俺に対する態度は変わらない。手足を縛られ床に転がされている状態でこの言い草である。馬鹿なのか肝が座っているのか判断しかねるところだ。


「これは家族の問題。教会の神官といえども口出しは無用。ヴィクトリアに婚約者がいないのであれば、儂が決めた者のもとに嫁いでもらう。」


「今こいつとは雇用契約を結んでいる。契約期限まで当分先だ。仕事ができないようでは困る。」


「お頭!」


 俺が少女剣士をかばったと思ったのか少女剣士が表情を輝かせる。


「ならばヴィクトリアの兄、ヴォークトを代わりに派遣しよう。」


「所詮は師範代じゃん。」


 少女剣士が不満げに唇を尖らせる。


「師範代ではない。ヴォークトは先日最年少で師範になった。最も剣王に近いと言われている剣王候補だ。ヴィクトリア以上に貢献することだろう。」


「そんなこと言ってもお頭と我との信頼関係は揺らがな…。」


「なるほど。よし、今までありがとう。お前のことは忘れない。幸せになれよ。」


「お頭!?」


「いや、すまん。冗談だ。」


 裏切られたかのように悲痛の声を上げる少女剣士をなだめる。


 思わぬ交換条件に反射的に少女剣士を売ろうとしてしまった。しかし、流石に師範とはいえ少女剣士と交換するのはリスクが大きい。


 具体性のない抽象的な精神論は好きじゃないが、仕事には強さだけじゃなく、信頼関係も大事だ。そしてそれを築くには時間がかかる。


 少女剣士の兄がいくら強かろうとその人柄によってはまるで使えない可能性もある。


 少女剣士は力量もあり、人柄も信頼がおけると俺は判断している。見知らぬ他人にのりかえるリスクを負う必要は現状ない。


 だから助け舟を出してやる。


「父親が死んだ場合、父親の持っていた子に対する権利は誰が引き継ぐんだ?」


「それは兄上が引き継ぐよ。」


「お前の兄はお前の父親のように無理やりお前を嫁がせようとするのか。」


「ううん。兄上はあまり家のことや我のことに興味がないから…。はっ!」


 少女剣士は俺の言わんとすることに気づいたようだ。


 縛られ、身動きが取れないアーカードを少女剣士が光宿らぬ瞳で射抜く。


「おい!何だその目は!殺気を飛ばすな!」


「父上今までありがとう。」


 そう言いながら少女剣士は剣に手をかける。


 こんな嬉しくない感謝もないだろう。アーカードからすれば恐怖しかない。


「待て!やめろ!ここまで育てた恩を忘れたかあ!」


「父上が悪いんだよ。我の意思を無視して嫁になんて出そうとするから。あと、父上にはあんまり恩とか感じてない。」


「この恩知らずがああ!」


「まあ、待て。殺すのは最終手段だ。剣士には契約書や誓約書を交わす文化はあるか?」


 ここまで脅せばアーカードも「少女剣士の意思に反して嫁に出すことはしない」と誓約もしくは契約をしてくれるかもしれない。さらには俺にとって都合のいいことを誓わせることも可能かもしれない。


 果たして少女剣士は言った。


「誓約書や契約書を交わす文化はあるけど、それを力ずくでなかったことにする文化もあるよ。」


「ロクでもねえな。」


 力こそパワーな剣士らしい野蛮な文化だ。よくこんなんで社会が成立しているな。


「契約や誓約を反故にするのは流石に身内でしかやらないけど。」


「ち、父親の威厳にかけて、貴様らの脅しに屈しはせんぞ!」


 少女剣士の様子を見るに最初から父の威厳などないだろう。


 顔色を悪くしていて明らかにビビっているのに言うことだけは雄々しい。


 実に哀れだ。ははっ、ウケる。


 脅迫して誓約書なり契約書なり書かせて少女剣士を婚約の魔の手から救う案は、アーカードのくだらないプライドで頓挫してしまった。


 砂上の楼閣のような父親のプライドだが、本人がそれでいいならそのプライドに殉じてもらうのも一興だろうか。めんどくさくなってきたし、こいつが死んでも家庭内の問題だろ。


 頑なな老害は切り捨てて、若い天才師範を説得したほうが可能性がありそうだ。


 俺が考え込んでいる間にアーカードと少女剣士は親子喧嘩を始めていた。


「お前もいい年だろう。現実を見ろ!剣王になどなれるものか!」


「なるよ!父上なんかよりすでに我のほうが強いし!」


「自惚れるな!いくら老い衰えようと、女になど負けるものか!女は嫁いで子を設けよ。いずれお前もそれが正しいと気づく!」


「嫌だ!」


「わがまま言うな!結婚しろ。」


「嫌だ!どうしてもというならお頭と結婚する!」


 そう言い少女剣士は俺の腕にしがみついてくる。またこのパターンかとうんざりする。


「馬鹿か。さっきのお前の父親の様子を見たろ。許可が出るわけ…。」


「なるほど。ぎらついた目。ふてぶてしい態度。神官とは思えぬ猛々しい武威。そして何よりも金がある。悪くない。」


「は?さっきまでの態度は…」


 アーカードの予想外の態度に驚愕する。


「拳をかわさねばわからぬこともある。」


 妙に得意げな表情でアーカードは言う。


「それに貴様が義息子となれば、教会の権威とは関係なくかわいがってやれる。フハハハ。」


「お頭、気に入られたみたいだね?」


「いや、姑問題確実だろ。」


 少女たちの噂話の一件でこういう話を放置するのは良くないと知った。しかし、相手は有能な仕事仲間とその父親だ。さらにアーカードも一応剣士の里ではそれなりの地位にあるらしい。


 今までの親子の家庭問題ではなく、剣士と神官の婚約問題に話が移行してしまったのだ。


 よってある程度の配慮をしつつうまく断る流れに持っていく必要がある。


 俺は穏当にこの場を切り抜けるため、口を開いた。


「子だけ作って責任を取らなくてもいいなら考えてやる。」


「うぉお…。さすがお頭。俺たちが言いたくても言えないことを簡単に言ってのける。」


「そこにしびれる憧れるぅ!!」


 部下共が興奮して囃し立てる。特に既婚の部下共の声が大きい。


 どうだ。最低だろ。さあ断れ!


「お頭。責任は取らないと言っても養育費は払ってくれるんでしょ。」


 嫌悪感を示す様子もなく普通に質問してきた少女剣士。想像していたのとは違う反応に面食らって思わず普通に返答をしてしまった。


「ん?まあ、金額しだいだ。」


「ハクモくらい。」


「まあそのくらいなら…。」


 正直人一人養育する程度の金ならいくらでも工面できる。俺は偉い司教様だし、枢機卿の椅子も用意されている。収入はさらに増えることだろう。


「なら十分だよ。男の責任は金だよ。それ以外に父親の役目なんてないよ。」


「ヴィクトリア。お前にはわからんかもしれんが、父親には教育や生き様など様々な…。」


「ないよ。」


 少女剣士はアーカードの言葉を遮り真顔で断言した。


 やめてやれ。お前の父親涙目だぞ。


「お頭が結婚嫌なのって、他には親戚づきあいもでしょ。」


「そうだが」


「お頭がうちに顔出す必要はないよ。子育てもする必要ないよ。我ができるだけ面倒見るけど、子だけ里に置いておいても里の人が勝手に育ててくれる。そういう子は多いよ。親とか職業柄すぐ死ぬし」


 少女剣士は俺をして、倫理的葛藤を感じることを言っているが、倫理観など土地や文化によって違うものだし、突き詰めればただの好き嫌いだ。合理的理屈は存在しない。親が子育てしない社会があってもいいだろう。


「子を作れば結婚したことになるから書類に結婚歴が残ることもないよ。剣士は重婚可能だから、養育費さえ払ってくれれば他所で女作っても我は気にしないよ。」


「お、おう…。」


「プライベートは我も自由にさせてほしいし、お金も自分で稼げるから、お頭の負担にはならないよ。」


「そうか…。」


「他に結婚で嫌なことある?」


「いや、すぐには出てこないが…。」


「じゃあ。別に良くない?我と結婚しても。」


 確かに。少女剣士の提案は実に魅力的だ。


 性的快楽を享受する代わりに子種を提供すれば、後は僅かな金銭の提供のみで他の柵はないということだ。


「ごほん。娘の父としては言いたいこともある。しかし、娘もそれでいいと言っている。結婚してくれるな?」


 縛られ、床に転がされているとは思えない眼力でアーカードは圧力をかけてくる。


「決まりだね。」


「いや、待て、落ち着け待て」


 なんだかとても怖い。俺に都合がよすぎる。なにか裏があるんじゃないか。考えろ。なにか見落としがあるに違いない。妙に追い詰められた気分だ。


 滂沱の汗を流しながら、どうするべきか脳みそをフル回転させていると、再度宿が騒がしくなった。


 そして足音が近づき、俺たちの部屋に突入してきた。


「その結婚、待ったー!」


 透き通る美声が鼓膜を揺らす。きらめく金色の長髪が宙空をそよぐ。


 白き翼を持つ、アスワンの聖女モネ・ルノワールがそこにいた。


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