73:少女剣士の事情
「え!?嘘!?ヴィクトリア!?」
市場散策中、大男に絡まれてからそう時間も経たないうちに、10代半ばの少女の集団に声をかけられた。
彼女たちは一様に長髪を後ろに束ね、赤茶色の作務衣と呼ばれる服装をしているが、袖の丈の長さや、襟元の色彩などで微妙に差別化が図られている。
少女剣士も同じものを着用しているが、こいつの装いには洒落っ気というものが見当たらない。原型のまま使用している様子だ。
剣士の血筋の者の伝統衣装で動きやすく、実用性が高い。
昔馴染みと思われる者達との遭遇に少女剣士は少し怪訝な顔をした。そしてほとんど俺にしか聞こえない声で呟いた。
「皆、幼女じゃなくなってる。」
少女剣士が里を離れた年齢は13歳くらいと聞いている。最後に会ったときも大して幼女じゃなかっただろ。昔の思い出は美化されるというやつだろうか。
「久しぶり!」
「どうしてたの!?帰ってきてたなら教えてよ!」
「すこし背伸びた?」
少女剣士が反応を示さぬうちに、少女達は少女剣士に群がり、囲み、キャイキャイ少女特有の騒がしさで話し始めた。
「私、デイビスとの婚約が決まったんだあ。ほら同年で一番強かったあいつ。」
年頃の娘の関心事といえば色恋ごとだ。しかも剣士の血筋の者たちの結婚年齢はかなり若い。婚約者は更に早く決まる。
「あんたうまくやったわよね〜。ヴィクトリアも早く相手見つけなきゃ行き遅れちゃうよ。」
「ヴィクトリアは相手できたの?」
「修行に出てたんでしょ?難しいんじゃないの?」
あいさつもほどほどに、少女同士のマウント合戦が始まってしまった。
少女剣士の表情がどんどん抜け落ちていくのがわかる。
とはいえ、少女達に特別悪意があるわけでもない。日常的に存在しうるコミュニケーションの一つだ。
少女剣士は別にコミュニケーションが苦手ではない。むしろ得意だ。きっと今回も曖昧に笑ってやり過ごすだろう。そう思っていたのだが…。
「わっ、我にもフィアンセくらいいるよ!」
少女剣士は言った。えっ嘘マジで!?衝撃の事実である。
驚いていると急に少女剣士が腕にしがみつき、引っ張られた。
「こっ、この人が我のフィアンセ!」
俺の許可もとらずに何言ってんだこのアマ。
俺が呆然としている間に年頃の少女共の話は進行していく。
「え?神官?」
「目つき悪っ!」
「でも強そう…かな?」
「社会的ステータスもあるし、盲点だった!」
「やるじゃんヴィクトリア!」
「見直した!」
やっべえ。コイツラの間ではすっかり俺と少女剣士は婚約者と言うことになっている。
結婚なんて嫌だ。あれは人生の墓場である。そして部下共の視線も痛い。
「お頭…。」
「嬢ちゃんの年齢だとギリロリコンでは?」
「あーあ。聖女様に言いつけてやろ。」
部下共が好き勝手言ってやがる。
婚約の話を嘘だと言ってしまおうか。
しかし俺が否定してしまえばこいつに恥をかかせてしまう。
少女剣士は有能な部下ゆえ、邪険にしづらい。
「おい。どういうつもりだ。」
少女剣士に小声で尋ねる。
「我は剣王になる女。こんなところでマウント取られているわけにはいかない…痛い痛い!蹴らないでっ!ごめんなさい。」
こそこそ少女剣士とやりとりをしていると、何が琴線にふれたのか、少女共は「きゃー」とか「ラブラブ」だの黄色い歓声を上げた。少女特有の思い込みの強さで話が盛り上がっていく。
この状態に陥った集団は何を言っても聞く耳を持たない。俺の豊富な人生経験がそう告げている。
もう放っておくか。
話題が話題ゆえに抵抗感があるが、所詮は道端の噂話だ。
俺が少女剣士の婚約者と誤解されたからと言ってどんな不都合があろうか。
別に日和ったわけじゃない。
この件は眼前の少女たちを亡き者にすれば解決する。
神聖美幼女すら初対面で首を刈りに行ったこの俺だ。そのことになんの良心の呵責もない。
だが、俺は平和を愛する神官だ。そして合理的に思考できる人間だ。こんなくだらないことで不和の種を蒔くほど愚かではない。
俺は少女剣士が見栄を張り続けるのを何も言わず、やり過ごした。
翌朝、宿で目を冷ますとハクもが布団に潜り込んできていた。そしてハクモを追って少女剣士が布団をわざわざ持ち込み隣で眠っている。
珍しい出来事ではなく、以前から何度もあった。
ハクモの野生の勘ゆえか、強者の近くにいると安心するのだろう。新大陸にいた頃から就寝時に俺の部屋に侵入してくることは何度もあった。
そして気づけばハクモを追って少女剣士も侵入するようになっていた。
敵意のあるやつ相手なら目を覚ますんだが、コイツらはそういうわけでもない。別に邪魔をするわけでなし、放っておいたらいつの間にか常習化していた。
起き上がり、二人を踏まないよう気をつけながら身支度を始めた。
その時、突然部屋の外が騒がしくなった。ドカドカと乱暴な足音が鳴り、近づいてくる。
「ちょちょちょ!何なんスカ!だめですって!」
「止まれ!」
部下共の焦った声が聞こえてくる。
少女剣士もハクモも即座に跳ね起き、何者かの乱入に備えた。
どがん。部屋の扉が蹴破られる。
侵入してきたのは体格の良い、強面の人相の壮年の男だった。剣士というより傭兵の首領といった見た目だ。
その男は大口を開け、のぶとい声が響き渡った。
「ヴィクトリア!!」
「父上!?」
少女剣士の父親らしい。
何やら血相を変えている。めっちゃキレてる。
人の宿に踏み入ってくるなど甚だ非常識だが、家出した娘がいるなら理解できる部分もなくはない。
まあ、俺はこういうやつ嫌いだけど。
宿とはいえ他人様の家に無断侵入したら、殺されても文句は言えないし、普通に犯罪だ。
ルールを感情任せに破るやつって何なの?それはもう人間ではなく動物だろ。感情に任せるとろくなことにならねーからルールがあるんだが?
俺の軽蔑の視線を意に介さず、少女剣士の父親は言った。
「お前が他所で婚約者を作ってきたというのは本当かぁ!?」
どこから聞きつけてきたのか、答えは一つだろう。あのメスガキ共め。全員亡き者にしておくのが正解だったか。
少女剣士は以前言っていた。実家で危うく結婚させられるところだったと。ゆえに実家に顔を出したくないと言って、里帰りしたにも関わらず、実家に連絡の一つもしていない。
子の婚約者を決める権利は父親にあるのがこの社会の常識だ。その権利を侵されたと少女剣士の父親は憤慨しているのだろう。
宿に不法侵入する理由にはならないが。
「それにだ!嫁入り前の娘が同衾とはなにごとかあ!」
少女剣士の父親が俺に向けて殺気と唾を飛ばしながら怒鳴る。
布団が複数並ぶ室内を見ればそう誤解するのも無理はない。
「あんたの娘さんが勝手に侵入してきたんだが…。」
「問答無用!貴様神官ともあろう者が!娘の純血を奪いよって!」
「いや、違うんだが…。」
「そうだよ!もう子供だっているんだ。」
少女剣士は世迷言を吐くとハクモを引き寄せ、抱きしめた。ハクモの眉間にしわが寄る。嫌そうだ。
「儂に孫だと…。」
目を見開きふらつく少女剣士の父親。
ハクモの年齢はどう幼く想定しても5歳以上だ。
5年前の出産なら親元にいただろう。ハクモが少女剣士の子ではないことなど明白だ。
少し冷静になれば気づくだろうことにも気づかない。よほど興奮しているのか。ただのアホなのか。
「だから我は父上の決めた相手とは結婚しないから!」
少女剣士の父親はギリっと歯を噛み鳴らすと、視線を少女剣士から俺へと移した。
「貴様あ!」
そして俺に殴りかかってきた。
八つ当たりもいいところ。実に迷惑だ。
少女剣士の父親の拳を避け、その勢いを利用して俺は相手の顔面に拳を入れる。剣士は信徒じゃないから暴力を振るっても問題ない。
そして少女剣士も背後から少女剣士の父親の頭部を剣の鞘で容赦なくぶん殴る。
「うっ、ごがっ…。」
少女剣士の父親は汚いうめき声をあげ、意識を失い倒れた。
白目をむき、涎を垂らし横たわる醜い父親を見下して少女剣士は呟いた。
「ふう。父上の死は無駄にしないよ。」
「いや、死んでねえから。」
遠巻きに見ていた部下共がよってきた。
「大変でしたね。」
「いやあ。嬢ちゃんの父親強烈だね。」
「この人どうします?」
倒れ込む少女剣士の父親の取り扱いを聞いてくる。
俺は少し考えて指示を出した。
「とりあえず目を覚ます前に縛り上げろ。」
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