71:迷宮内戦闘終わり 神聖美幼女
放った拳はリッチーの顔面をとらえた。そしてその衝撃に耐えられず俺の腕はバキバキに折れ、骨が鮮血と共に皮膚から飛び出した。
「クソがああああ!いでええええ!」
だが、それでも折れたのとは逆の腕で再度拳を振るう。
「開放骨折パァアアアンチ!」
またしても拳はリッチーの顔面を捉え、同時に拳はぐちゃぐちゃになり腕からは折れた骨が突き出し、血が飛び散る。
さて、今までの俺なら自己治癒により回復した腕で連続で殴るのだが、何故か一向に回復しない。
そういえばアバロン、カイバス戦で神聖術の使用上限にほとんど達していた。
純神体の燃費も悪く、力が明らかに弱まってきている。
そんな俺の隙を見抜いてか、リッチーがその黒杖を俺に向け照準を合わせてきた。
激痛でもはや感覚のない腕を無理やり振るい、リッチーの黒杖を払いのける。あらぬ方向を向いた黒杖から黒き力が溢れ広範な地面と壁を一瞬で破壊した。
間一髪だったと肝を冷やす。
「隙あり!我の勝ちだ!」
人は攻撃を仕掛けるときに最も大きな隙を生じる。それは闇の眷属たるリッチーもまた同様だった。
『白夜光』
少女剣士のすべての力をまとった白亜の剣が振るわれる。
リッチーは防御術と黒杖で防いだがそれも一瞬のこと。防御術を突破し、黒杖を貫き、力衰えぬ白亜の剣がそのままリッチーを襲った。
白と黒のつんざく光が周囲を満たし明滅した。
リッチーの声ともつかぬ叫び声が迷宮内をこだまする。
やがて光が戻り、リッチーの叫びも途絶えた。
リッチーの姿はもはやなく、地表には死者の王リッチーの残骸たる白骨が転がっていた。
「うきゃー!死者の王リッチー、討ち取ったり!」
俺たちはリッチーの討滅に成功した。
「うおおおお!やったぞ!すげええ!」
「ヴィクトリアすげえな!」
クイとポーロが騒いでいる。
「フランシスコさんもやばかったな。あれ、普通の剣士より全然強ぇよ。」
「ああ、それに自分の力で腕が壊れる人なんて初めて見たぞ。」
「やっぱ狂人だわ。」
「ああ。逆らわないようにしよう。」
自らを顧みずに戦った俺に対してあまりにも失礼な感想が聞こえてくるが、今はそれどころじゃない。
腕が痛い。ほんと痛い。
とはいえ、俺はこの場のトップだ。功労者には一声かけねばなるまい。俺は少女剣士にねぎらいの言葉をかけた。
「よくやった。今回はお前の大手柄だ。」
「ふふん!ありがとう!でもお頭は早くそれどうにかしたほうが良いと思うよ。」
少女剣士は俺の戦いの勲章、血が滴り、骨が露出した腕に視線をやりながら言った。
「なんで治らないの?」
「ああ、俺の自己治癒にも限界があるからな。」
「そっかぁ。ギリギリだったんだね。あっやばっ…」
少女剣士は話している途中で倒れ込んだ。
「お前も限界じゃねえか。奥義は消耗がとんでもないって話だったからな。」
「なんでお頭は立ってられるの?お頭も我と同じことしてたじゃん。」
「お前とは経験が違う。こういうときは壁を背にしていれば、どうにか立っていられる。」
「お頭!なに妙な見栄はってるんすか!応急処置しますよ!」
「ハクモちゃんもあっちでぶっ倒れてるんで、まとめて神聖術かけます。ちょっと運びますよ。」
「ハクモちゃん大活躍だったんで褒めてやってくださいよ。」
部下共は俺を運びながらハクモがいかにうまく指揮したかを語ってくれた。ハクモの有能さを再認識できたのは収穫だが、重傷を追った俺に対する気遣いが感じられないのが難点だ。
その後俺は部下共から治療を受けたが、コイツら程度の神聖術では俺の開放骨折は完全には癒せない。応急処置のみ行い、俺の力が戻るのを待つ。
青炎に焼かれるのとはまた違う痛みがある。苦しみがある。
休んでいたいが、ここはまだ危険な迷宮内。そして俺たちにはまだ仕事が残っている。
周囲を見回しても何もない。壁面が抉られ、岩石がそこらに転がるのみだ。
ヴァジュラマに連なる者たちは教徒含め、皆リッチーに吸収されている。
妨げるもののなくなった迷宮を進むとやがて迷宮核の間にたどり着いた。
核は宙に浮き、怪しい光を発している。
そしてその下にはヴァジュラマ像が砕かれ転がっていた。
ヴァジュラマの力はやはり開放されてしまっていたようだ。もはやその力の封印は叶わない。
しかし、迷宮を聖域化する実験はまだ可能だ。
建築した教会を聖域化する際と同様、面倒な儀式を行い、そして聖遺物たる女神像の力を開放した。
迷宮の聖域化はなんの問題もなく成功した。それはもう拍子抜けするくらいあっさりと。
すると、視界が暗転した。覚えのある感覚だった。
視界を取り戻すと、白い空間に神聖美幼女が浮いている。神の使徒を自称する、妙に偉そうで神々しい美幼女だ。
「よくやった。褒めてつかわす。」
神聖美幼女は皮肉げな微笑みを浮かべ言った。
「高位の眷属リッチーの討滅。初の迷宮聖域化の成功。そして何より異教徒の殲滅。実に大義であった。」
上から目線の物言いにもはや腹も立たない。慣れてしまった。
この場では腕の痛みも感じなくなっている。そのことも俺の心の平穏に寄与しているだろう。
「報酬として新たな恩寵を授ける。わが権能は人と人とをつなぐこと。貴様の力を他者に譲り渡す力を授ける。」
翻訳の恩寵に比べればマシだが、それでもしょぼい。使用するほどに俺が弱体化する力とは。
本来恩寵などこうもポンポン与えられるものではない。数が多ければ個々の質が悪くのは恩寵も同じなのかもしれない。
「罰当たりが!かつて伝説の礎となった力だぞ!これは!」
神聖美幼女は俺の内心を読み取り憤ってみせた。
「ヴァジュラマのさらなる力の開放により、ヴァジュラマ教徒の力は更に強まる。対抗するための力が必要だ。」
大仰に胸を張り両手を広げて神聖美幼女は語った。
「その昔、邪教の跋扈により世界は闇に包まれていた。暗黒期だ。憂いた大神官は未来のため、その命を代償に勇者に救世の力を与えた。」
神聖美幼女は作り物めいた天使の微笑みを浮かべた。
「喜べ!同じ力が貴様にも備わる!新時代の救世主を選ぶ力が!」
慈愛すら感じさせるその完璧な微笑みはしかし、俺には悪魔の嘲笑に写った。
「邪教の力が強まり、世に影を落とそうとしている今。貴様はどうする?」
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