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7:最も神聖なゾンビと言われたこの俺に虫けらの攻撃など効くものか!

 やっちまった。


 俺の真の実力がバレてしまった。


 本気出せばこんな森一つすぐに浄化できると蛮族共に知られてしまった。


 だがそれでは困る。


 森の浄化との交換条件だった食料確保のためのノウハウ。それがまだ十分に蓄積されていない。


 すまないお前ら。俺が有能なばっかりに!俺が神に愛されているばっかりに……。


 才能……。俺は俺の才能が憎い!


 そんな風に思っていた時期が俺にもありました。




 翌日森の浄化のために歪の森に入ると、昨日掃討したはずの蠢く木々が戦場跡地にまた蔓延っていた。


 蠢く木々は昔の童話からトゥレントと命名。


 周囲には俺が砕いた木片が残っているから周囲からまた集まってきたのだろう。こいつら動くから。


「しょうがねえ。やるぞ。」


 そして今度は手斧を構えた少女剣士や部下共そして蛮族の戦士共にも破魔の属性を付与しトゥレントを粉砕し浄化した。さすがに人手が増えると効率が違う。


 トゥレントは数が減ってくると逃げる習性があるようだったが、それを追い討ちする余裕さえあった。かなり広範囲を浄化出来たと思ったのだが、次の日も次の日もそのまた次の日さえも、翌日になるとトゥレント共は浄化したはずの場所を覆っているのだ。


 そしてそんな繰り返しが2週間ほど経過したときのことだ。


「お頭、あの木いつもとなんか違いませんか。」


 部下の言葉に視線を送れば、何やらいつもより、ふわふわしているような。


「うわっ毛虫だ!でっかい毛虫がトゥレントを覆ってる!」


「こっちは蜂の巣がくっついてる!うわっ投げつけてきやがった!」


「クソっ!だが最も神聖なゾンビと言われたこの俺に虫けらの攻撃など効くものか!」


「お頭、それ多分悪口ですよ。」


 圧倒的自己治癒能力があり、日々物理的に痛い目にあっている俺には蜂も毛虫も大した脅威にならない。しかし、他の軟弱者共にとっては無視できない脅威のようだった。


 ほとんどが戦闘要員ではない部下共は言うまでもなく、少女剣士や蛮族の戦士共ですら怯んでいる。


 だが考えてみれば蜂も毛虫も毒をもっていることが多く、その毒が既知のものとは限らない。俺たちの神聖術で治癒できるとは限らないのだ。


 毒耐性強化の神聖術もあるが、それでも防げない毒はある。


 ところで俺はというと、自身を治癒することにかけては並ぶ者ない極地にいる。本来なら治癒に複雑な工程が必要な毒や病、呪いでさえ、こと自身のことならその工程をすっ飛ばして癒すことができる。何事にも絶対などないが未知の毒とてそう怖くはない。


 そして困ったことに俺の治癒能力は俺に対してのみ強力に作用するもので他者に使うとその効力を大きく落とす。


 ゆえに俺と他の奴らでは毒や病に対するリスクが違う。


 とはいえ、この森の浄化作業はここでの生活、そして布教活動にとってとても重要だ。


 メリット、デメリットを比較衡量した結果、こいつらにはハードラックとダンスってもらわないといけない。


 しかしどいつもこいつも蜂と毛虫とトゥレントに腰が引けてやがる。


 仕方ない。まずはチョロそうな少女剣士から唆そう。一人動けば大体それにつられて動くだろう。それが愚かな大衆心理ってもんだ。


「おい。何突っ立ってる。働け。」


「いかに我といえど、虫はちょっと……。刺されたら痛そうだし、なんかキモイし……。」


 いっちょまえに女の子みたいなこと言いやがって。


「それでも剣士か。」


「むぅ。」


 むくれる少女剣士。


「しょうがねえ、コツを教えてやる。いいか大切なのは痛みを飼いならすことだ。」


 それっぽいことを言ってみる。お前こういうの好きだろう。


「い、痛みを、飼い慣らす……。ゴクリっ。」


 すると案の定、少女剣士は興味を示した。


「そうだ。わかるな。」


「我やってみる!」


 どうやらうまく誘導できたようで、少女剣士は蜂の群がるトゥレントに目を輝かせて特攻した。


 勇ましい戦闘要員の鑑のような行動だ。それに俺の言葉に触発されてというのが実に愉快。俺の中で少女剣士の株が急上昇だ。念のため『毒耐性強化』の神聖術をかけてやる。これで多少リスクは下がるだろう。


 少女剣士は群がる蜂を脅威の技能ですべて切り伏せ、トゥレントを切り倒した。全員の武器には破魔の属性が付与されているからトゥレントは浄化され動かなくなる。


「お頭やったよ!これが痛みを飼い殺すということなんだね。」


「色々違うが、もうそれでいい。結果が全てだ。よくやった。」


 俺は数発刺されてもいいから敵を殺せという意味で「痛みを飼い慣らせ」といったんだが、一度も攻撃を受けずに敵を倒せたのならそれでいい。俺の言葉が物騒に改竄されていることなど些細なことだ。


「おいっ蜂の方はこいつがやってくれる。お前らは毛虫の方をやれ!俺の経験上、蜂より毛虫の方が毒性が弱い。」


「えー。お頭はどうすんですか。」


「近い奴をかたっぱしからぶっ潰すに決まってんだろ。ほらやるぞ。」


「うーす」


「おら戦士共。あんな子供が勇敢に戦ってんだ。やるぞ。」


『わかっている。別に怯んでなどいない。』


『ああ。少し面食らっていただけだ。』


 蛮族の戦士共がなんか言い訳しているが、戦って役目を果たしてくれるならそれでいい。


 全員に毒耐性の神聖術をかけて、トゥレントと虫共を殲滅にかかった。



「ふー。まあ今日はもういいだろ。」


 俺は本日の浄化作業の終了を告げた。


 先日と比べてかなり効率が落ちてしまったが仕方ない。


 蜂と毛虫の毒がちゃんと解毒可能だったことがわかっただけ良しとしよう。しかも部下共の神聖術でも解毒できる程度の毒性だ。明日以降はより効率的に浄化できるだろう。


「ん?お頭何してんすか?」


 部下の一人が俺の行動を見咎めて声をかけてきた。


「見ての通り蜂の巣をいじってんだ。蜂蜜とか蜂の子が採れるかもしれんだろ。」


「お頭!蜂蜜?蜂蜜っ!我も!我も欲しいっ!」


「あっすまん。蜂の子しかない。蜂蜜をとれる種類じゃないな。」


 ハチの巣には蜂の子がぎっしり詰まっていたが、蜂蜜のようなものは見当たらない。


「そんなあ。甘味が。我の甘味が。」


「いや蜂の子だって食える。栄養価が高いらしい。持ち帰ってメルギド達に分けて食料の足しにするぞ。」


「うえっ。」


 少女剣士が蜂の子を見て嫌そうな声を出した。


 甘ったれんな。あの極彩色の巨大芋虫に比べたら食える見た目だ。


 今のところ歪の森の浄化作業は難航している。トゥレントの浄化が森の浄化の成果を示せる一つの基準だが、浄化しても周辺から集まってきてしまうため成果が見えにくい。


 本筋とは違うがこうしたお土産で今は成果を主張していくしかない。無能と思われるわけにはいかんのだ。


「呪詛で食べれなかったりしませんか。毒があったり。」


「当然神聖術で浄化する。毒は俺が毒味すればいいだろう。」


「一時はどうなることかと思いましたが、終わってみればどうってことないっすね。」


 虫共にビビってたくせに、粋がる部下。だが確かに今日と同じように蜂と毛虫だけが出てくるなら大した脅威にはならないだろう。


 しかし、トゥレント共が他の妨害方法まで取ってくるようだといよいよ、浄化に時間がかかる。


 そんな俺の心配は現実となった。


「ギャーお頭!ムカデ!ムカデの大群が!」


「うわ!ナメクジだらけ!これ木々も食われてますよ!奴らも捨て身っすよ!」


「また蜂だー!」







「お頭。最初ゆっくりやれとか言ってましたけど、これそもそも本気出したところでいつ終わるかわからなくないですか。」


「うわっ。お頭これ恥ずかしい奴ですよ!」


「いいかお前らゆっくりやれよ。キリッ。」


「うははっ!似てる!」


 クソっ。腹立たしいが何も言い返せない。当時の俺の指示が間違っていたとはまったく思わないが、結果として無用な心配となってしまったのは事実だ。


 まあ、結果が出てから批判することなんてどんな馬鹿でもできる。


 大切なことは先を見据えてリスクヘッジすることだ。


 だから馬鹿にされても、気にすることはない。部下共が愚かなことは俺が誰よりも知っている。


 そして部下共は新しい指針を欲している。指針を示すのは上司の務めだ。上司としてその義務を果たそうじゃないか。


「悪かったよ。以前の指示を撤回する。全力かつ最速でこの森を浄化する。ついては明日から一人ひとりに浄化するトゥレントの数にノルマを課す。」


 本当は、1年間はこの森の浄化作業を継続したかった。だが、こうも成果が見えづらいと話は別だ。目に見える成果がとり急ぎ必要なんだ。


「げっ。」


「お頭の腹いせとかじゃないでしょうね。」


 俺が甘かった赦せ。そんな思いでの言葉だったんだが、部下共には不評だった。


 ざまあ。





 さらに1か月が経過したが状況は悪くなるばかりだ。


「うわっデカい蜂!これ犬くらいの大きさありますよ!」


「あれスカンクじゃないですよね?嫌な予感がするんですが!」


「カメムシもいるじゃん!」


「臭い!おいお前ら!なに寝てんだおい!目を覚ませ!死ぬぞ!」


 スカンクとカメムシの登場によりいよいよ俺の強靭な精神も限界だ。俺以外全員強烈な刺激臭により戦闘不能に陥り、悪臭漂う中、足手まといを守りながら戦闘をするのは肝が冷えたし、骨が折れた。二度とやるものか。


「森を焼く!」


 俺は言い放った。部下共や蛮族共は何やら引いている様子だが知ったことではない。


「さすがに極論すぎるのでは?」


「まだ数か月ですよ。もう少し粘ってみましょうよ。」


「うるせえ!こんなんやってられっか!毎回毎回ゲテモノばっか用意しやがって!クソトゥレント共は焼却だ!慈悲はない!」




 それから数日、俺たちは備え、機会を待った。そして今日、ついにこの時が来た。


「スカンクを確認した!繰り返す。スカンクを確認した!」


 部下の報告が辺りに響く。


 部下の報告のとおり、遠方にはトゥレントともに多くのスカンクがたむろしている。


「カメムシも確認!」


 さらに近づくとカメムシがトゥレントにびっしりと張り付いているのがうかがえる。


「作戦行動に移れ!健闘を祈る。」


 俺たちはこの時を待っていた。


 トゥレントは木だ。木は燃える印象があるが、実のところ多くの水分を含み、よほど乾燥していない限り燃えづらい。ただの篝火では森を焼くことなど不可能。


 火力…。火力が必要だ。


 名案は浮かばなかったが、腹いせに連日トゥレント相手に松明を振り回していたら、偶然、スカンクの屁に強力な可燃性があることが判明した。


 神の思し召しというほかない。


 それからより効率的にスカンクの屁を燃やす方法を考え準備し、今日にいたった。


 もはや炎上待ったなし。


「神よ。今この邪悪な森を灰燼に帰してやります。」




「ひゃっはー!汚物は消毒ぅ~!」


 俺は感情の赴くままに叫びながらスカンクの顔面を掴み、尻を逃げるトゥレントに向け追い回す。


 スカンクは身の危険を感じ屁をかますがそこに引火し、即席火炎放射器の完成だ。


 作戦はうまくいき、歪の森は大火災だ。


 火が付いたトゥレント共は逃げ散るのと襲い掛かってくるものに別れた。逃げ散ったトゥレント共が火を延焼させている。


 夥しい数のカメムシ共が火に驚いて悪臭をまき散らしながら飛び回っている。


 手元を見ればスカンクの尻から炎が出ていない。


「ちっガス欠か…。」


「お頭に狂気を感じる。」


「擁護できない。」


 スカンクの屁は燃えると臭いが薄まるようで俺以外の人間でも気絶せずにここで活動できている。


 だから無駄口たたいてないでスカンク(燃料)を集めてこい。


 屁が出なくなってもなお抵抗を続けるスカンクの息の根を止めて亡骸を部下に渡す。


「スカンクの死骸なんて集めてどうするんですか。」


「解剖して利用価値を探るんだ。貴重な資源になる可能性がある。」


「さすがっす。」


 称賛の言葉とは裏腹にあきれたような声音の部下を無視して周囲を見回す。


 すると少女剣士がスカンクを手に固まっていた。


「どうした。」


「無理だ。我には無理だ。」


「何がだ。」


「このスカンクを殺すのは無理!我この仔が可愛く見えてきたっ。殺せないっ!」


 この状況でなぁに甘っちょろいこと言ってくれてんだこのカマトト女。お前すでに何体も獣を狩ってるだろうが。


「殺せっ!そいつが何をしたのか忘れたのか!」


「何かされたか?」


「さあ。気絶してたからわかんね。」


 スカンクの悪臭のせいで、俺は気絶した足手まといを抱えて敗走したんだ。


 あんな面倒はこりごりだ!


 役に立つうちは生かしておいてやるが、そうじゃなくなったなら死あるのみだ。


 それが弱肉強食、自然界の掟だ。スカンクも覚悟は出来てるだろう。


 少女の手の中から逃れようと暴れもがくスカンク。なおその生物に哀れみの視線を向ける少女剣士に俺は言った。


「情を捨てろ。ただ殺戮するだけの兵器となれ。」


「年頃の娘に何言ってんすか。多感な時期なんでやめてくださいよ。」


「俺が今欲しいのは多感な少女じゃない。命令一つで敵を殺す兵器(キリングマシーン)だ。」


「お、お頭!」


「黙ってろ。なあ、血の味を知ってるか?」


 俺は身を寄せて少女剣士の目をのぞき込む。


「血の味?」


 少女剣士はきょとんとして復唱した。


「ああ。血の味だ。鉄の味がするだろう。」


「まさかっ。」


「情を捨てろ!お前は人間じゃない!鉄で出来た殺戮兵器だ。そうでなければ血から鉄の味がするはずがない。」


「私は兵器、兵器に情は不要。」


「そうだ。行け!そして目につくすべてを殺せ!」


「……、殺す。」


 そう呟くと手元のスカンクを躊躇なく切り裂き、新たな獲物を探して炎上した森に向かって走り出した少女剣士。


 周囲を囲む火に高揚していた俺はそんな彼女を高笑いして見送った。


「ふははははははははは!」




「お頭!もう十分火は回っています。もう作戦終了でいいのでは。」


 部下の言葉を受けて周囲を見まわす。確かに火は十分に回っている。


 ここまでくれば勝手に森全体に火がいきわたる。


 作物や獲物を獲る森とこの歪の森は渓谷により断絶されているため、森の恵を損なう恐れはない。


「そうだな。作戦終了だ。」


 部下に作戦の終了を伝えた。


「了解です。ところで、なんで嬢ちゃんそこに倒れているんですか。」


 部下は俺のそばで倒れている少女剣士に視線をやりながら、恐る恐るといった様子で俺に質問してきた。当然の疑問だ。


「大したことじゃない。殺す相手がいなくなったみたいでな。俺に襲い掛かってきたから眠らせた。目につくすべてを殺せと命じたのが悪かったようだ。」


「そっ、そうですか。」


 襲い掛かってきた少女剣士は想像以上に腕を上げ、手強かったがまだまだ俺の敵ではない。


 頬を引きつらせている部下に他の部下共に作戦終了を伝えるよう命じた。


 少女剣士は傍で倒れたままだ。下手に部下に任せて、目を覚ました時に襲い掛かられると困る。何があっても対処できる俺の傍に今は置いておくしかない。


 さて蛮族側にも作戦終了を伝えなければならない。様子を見に来ているメルギドに話しかける。


「火はこのくらいでいいだろう。あとはここに教会を建てれば土地は浄化され、トゥレントも寄ってこない。そのうち食物も獲れるようになるだろう。作戦は終了だ。」


 歪の森に火をかけるというのは蛮族共からしても大事だ。念のために大戦士とか呼ばれているメルギドが監視監督に来ている。


『わかった。しかしいい眺めだ。忌々しい歪の森が燃えている。我らが先祖も喜んでいることだろう。』


 元をたどればこいつら蛮族の先祖が原因だ。敵対部族を根絶やしにした際の敵の最後っ屁がこの森の現状だ。キマイラを呼出し、森は呪詛に汚染されトゥレントを生み出した。


 メルギドにしてみればやっと先祖の尻ぬぐいができたということだろう。


 俺たちも教会を建てる口実ができて喜ばしい。


 両者両得という奴だ。


 そしてそのまま集落に戻ったのだが、火は思いのほか長く燃え続けた。


 燃え続ける森にメルギドと長老もさすがに表情を引きつらせていた。


 煤と灰が集落に流れてきて蛮族の一部から不満が出てきたらしい。


 なんか不穏な空気だぞと不安に感じ始めたころに、どうにか鎮火してくれた。一安心だ。


 一部の蛮族の不満は力でねじ伏せよう。奴らは力が正義の蛮族だ。


 さて、いよいよ教会建設だ。この地での布教の橋頭保としなければならない。




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