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66:迷宮内戦闘③

 ヴィクトリアはメヒコのゾンビを前に高揚していた。すでに何度も剣を打ち合わせているが、打ち合う度にメヒコの洗練された技術が死してなお衰えていないことが分かる。


 メヒコの死は悲しいことで、死体をもてあそばれていることは許されないこと。そうした倫理道徳は理解しているし、ヴィクトリア自身にもそうした気持ちは少なからずある。


 しかしメヒコの卓越した技能をこの身で体験出来る喜び。それはメヒコの現状に対する憤りを超越する。


 力の強さでは明確に劣るため、体捌きで可能な限り攻撃を避け、避けえない時のみ剣で受け止め往なす。聖女モネとの人体解剖の経験が実ったのか、動きの予測精度が上がった確かな実感がある。


 だが、初めの内は反撃する隙もあったが、今では防戦一方に陥っている。


 アバロンの蘇生術は蘇生したゾンビの学習能力すら復元しているようだった。


 フランシスコの部下共からの支援で何とか持ちこたえているが、高揚する気持ちとは裏腹に、実力差で窮地に追いやられ続けている。


 ヴィクトリアはマルコとの戦闘時に発揮したパフォーマンスをあれ以来一度も再現することが出来ずにいる。


 神懸かり的ともいえる境地だったが、当時のマルコを打倒するに至らなかったことを考えると、再現したとしても同格のメヒコゾンビに勝てるとは限らない。


 当時の境地に至り、そして越えなければならない。


「奥義瞬体」


 メヒコゾンビの嗄れ声と共に神速の斬撃が飛んでくる。高濃度の剣気がついには実体を伴い剣の間合いを超えて襲い来る。しかもそれは瞬体により加速している。


 もはや目で追うことはできない。技の起こりを筋肉の動きで予見し、あとは勘を頼りにしのぐのみ。最悪急所だけでも守り切れば、フランシスコの部下の治癒がある。継戦は可能だ。


 他者の力に甘え、依存してはならない。しかし、数の利は活かさなければならない。


 他者の力を道具として扱う術をヴィクトリアは既に獲得している。


 剣王候補による奥義を用いた不可視の波状攻撃。


 本来守りに集中すべき局面で、ヴィクトリアは最小限の防御で反撃に出た。


 図らずもそれはフランシスコの得意とする戦法だ。


「師範代メヒコ!あなたの首は将来の剣王!このヴィクトリアがもらい受ける!」


 自然と笑みがこぼれる。


 気のせいか、メヒコゾンビもヴィクトリアに応え、笑ったような気がした。






 ハクモは白い長髪を展開させ、感覚拡張の恩寵を用いて、全方位から迫りくる闇の眷属のゾンビの位置を把握。適宜優先順位を定め、フランシスコの部下、クイ、ポーロに指示を出し、自らも浄化の神聖術を使用していく。


 残っている白蛇が闇の眷属ゾンビがフランシスコや少女剣士の戦いを邪魔しないよう誘導し、ソードマンがハクモの護衛を行う。


 よほど強い力が込められているのか、メヒコと改造された剣士ゾンビには浄化が利かなかった。多少動きを鈍らせているようにも見えるが大きな変化は見受けられない。そのため、そちらはクイとポーロに任せ、ハクモは闇の眷属の浄化に注力した。


 ハクモがこの戦場で果たす役割は大きく、そしてそれだけ消耗が大きい。


 今まではフランシスコが自ら前線で戦いながら司令塔としての役割を担ってきた。それを今はハクモが担っている。そして恩寵の恩恵により、フランシスコ以上の適正を見せている。


 この戦場の命運はハクモの小さな双肩にかかっていると言っていいだろう。


 責任が重くのしかかる。


 脳が今までにないほどの情報量を高速で処理し、ショートしそうだ。遠のきそうになる意識を意思の力で押さえつける。


「ははははは!死ね死ね死ね死ね!ヴァジュラマに連なる者はすべて殲滅だ!死後の世界で母に傅き許しを請え!」


 ハクモは母を殺された恨みを燃料に、自身を叱咤する。


 アスワン教の教義は復讐に対して否定的だ。しかし、皮肉なことに恨みを深めるほどにハクモの行使する浄化の力は効力を増していく。


「やべえよあの幼女。フランシスコさんの養子なだけあるぜ。」


「あの子にも逆らわねえようにしよう。」


「ハクモちゃん…。お頭に似てきちまって…。」


 クイとポーロはハクモの様子にドン引きし、部下共はハクモがフランシスコに似てきたことを嘆いた。


 しかし、この場の全員がハクモの働きを認めていた。それゆえに遥か年下のハクモの指示に従っている。


 ハクモ号令の下、着実に闇の眷属ゾンビは数を減らしていった。





「クソがぁああ!」


 俺は痛みに呻いていた。


 アバロンの蘇生した死骸をメイス戒めで破壊しながら、カイバスの青い炎に捕まらぬよう立ち回っていた。カイバスの青炎は一目見ただけで、触れてはならないものだと本能が告げたからだ。しかし、限界が来た。


 アバロンの蘇生した小型のゾンビ共が俺の死角から現れ、俺の足を強靭な顎で引き裂いた。


「おらあ!やっと捕らえたぜ!デカい口叩いておいて、延々守り続けやがって!

だが、もう終わりだ!カイバス!やれ!」


「ああ。食らえ。」


 言葉と共に青炎を纏った黒剣が迫りくる。


 治癒されるとはいえ一時的に機動力を失った俺はカイバスの一撃を左肩に受けてしまう。


「ぐあああああ!」


 カイバスの纏う青炎が燃え移り、左肩を焼いた。


「ははは!ざまあねえな!」


 アバロンが苦悶の声を漏らす俺を嘲笑する。


 普通の炎ではないようで、消化を試みても消えない。


 俺の肉体は焼かれるたび、神聖術によって再生する。肉体の再生は新たな燃料の投下を意味し、炎は燃え続ける。結果、焼かれる痛みに苛まれ続ける。


「最近こんなんばっかじゃねえか!」


 痛みのヘイムを相手した時も体を痛みが蝕み続けていた。


 今は炎が身を焼き続けている。


 左肩に燃え移った青炎は燃え続け、しかしなぜかそのまま燃え広がることはない。


 故に苦痛が終わらない。


 この状況にあって、俺の役割は時間稼ぎだ。


 泣けてくる。


 異教の文献に灼熱地獄というものの記載があった。


 罪を犯したものは地獄の業火で焼かれ続ける拷問を死後永久に受け続けるというものらしい。


 やはり所詮は異教の文献、嘘ばかりだ。


 死後に地獄があるわけではなく、現世こそが地獄なのだ。


 なぜ神はかくも過酷な試練を俺に課すのか。


 やはり度を越した痛みは正常な思考力を奪う。だから妙なことを考えてしまう。


「畜生が!」


 俺は神を恨んだ。


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