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59:クイとポーロの経緯

 剣士の里と呼ばれる里が山奥に森の木々に隠れるようにして存在している。


 そこは基本的に普通の農村と変わりない。しかし、多くの道場があること。そして農夫よりも剣を振るう剣士が多い事が一番大きな違いだ。


 ここには世界中から腕に自信のある者が集う。


 剣士の里では強者こそが正義。


 純粋に武を極めんとして剣士の里に来る者もいる。


 しかしよそでは煙たがられだがゆえに剣士の里に流れ着くものもいる。力さえあれば剣士の里でよい待遇が望める。立身出世が可能だ。


 当然そう簡単なものではない。


 そして剣士の里の一番の産業は傭兵業。


 里に集まる腕利きを力づくで統制し、派遣する。


 行商の護衛からアスワン教徒の異教徒殲滅の兵士まで様々な仕事が舞い込む。


 今回の一件もそのひとつに過ぎなかった。


 息を切らした農夫が剣士の里の入り口で息も絶え絶えで頼み込んできた。


 村がヴァジュラマ教徒の襲撃を受けた。助力が欲しいということだった。当然報酬が必要だが、その報酬は少ないものだった。


 しかし、話を聞いた剣王は依頼を受けることにした。それどころか腕利きの師範代を派遣することを決めた。


 基本的に剣士の里は歴代剣王の意向でアスワン教徒に味方し、ヴァジュラマ教徒には敵対している。


 豊穣祭の襲撃事件で師範代であるマルコがヴァジュラマ教徒に加勢したことは耳に入ってきている。


 アスワン教は巨大勢力だ。敵対すれば滅ぼされるのは剣士の里だ。今代剣王は剣士としての力量だけでなく統治者としても優秀だった。政治にも意識を向ける剣王だった。


 アスワン教のマルコの暴挙は剣士の里の意向ではないことを行動で示すいい機会だった。


 剣王候補と目される師範代の一人、メヒコ・ケイガン他剣士数十名にヴァジュラマ教徒をその村から奪還することを命じた。その中にクイとポーロがいた。


 村の農夫は足手まといになるため剣士の里で休養させている。村の場所は偶然剣士にわかる者がいた。




 急行し、村に着いたが誰も村内にはいなかった。


 家の中など人のいそうな場所は調べたが、やはり誰もいない。


 手遅れだったことを確信する。


 念のため村の付近を散策した。


 村の住人を助けることが叶わぬならばヴァジュラマ教徒と交戦したい。今回の一番の目的はヴァジュラマ教徒に敵対していることをアスワン教に示すことだ。


 周囲を散策したところ村からそう遠くない場所に丘があり、そこに洞穴が出来ていた。


「迷宮か。」


 師範代メヒコは確信をもって口にした。


 迷宮化した洞穴には特に見張りのような者はおらず、ただ昏い洞穴が口を開けているだけだ。


 村には死体すらなかった。村の状況から、村人は迷宮の贄として連行された可能性が高い。さらにはヴァジュラマ教徒と交戦出来る可能性もまた高い。


「迷宮に入る。10人を残して突入する。」


 万が一があった時のために、必ず人は残さなければならない。


 剣士の里に救援要請やらなにやら情報を伝達してもらう必要があるからだ。


 さらにヴァジュラマ教徒が迷宮の外でうろついている可能性がある。そうなれば交戦は必至だ。


 本当ならもっと残したいが人数が少ないから難しい。


 ポーロとクイは迷宮に突入する組に振り分けられた。


 剣気を纏ってメヒコ達は迷宮の散策を始めた。


 メヒコ他ほとんどの剣士にとって迷宮攻略は初めての経験ではない。アスワン教からの依頼を受けたことが何度かあった。


 初めての経験となったのはクイとポーロくらいのものだ。


 しかし、以前経験した迷宮よりも明らかに闇の眷属の出現頻度が高かった。


 迷宮内は想像以上に入り組み、かつ広かった。


 かなりの生贄を得て成長している。


「クソ。どんだけ湧いてくるんだ。」


 また、湧きだした闇の眷属を数人がかりでやっと仕留める。


 神聖術を使用できない剣士には本来闇の眷属を打ち倒す力はないが、それを可能とする聖遺物がある。破魔の属性を剣に付与するもので、今回の任務のために特別に貸し与えられている。


「まあ、これも修行だと思え。」


 疲れた様子もないメヒコは、数人がかりで倒した闇の眷属を一人で二体倒していた。それでもなお余裕がある。


 剣王候補も伊達ではない。


 メヒコは剣王を除くあらゆる剣士の中で最も持久力があり、また剣気の扱いに長けていた。


 迷宮を進むごとに道は広く開けてきた。しかし、同時に闇の眷属の出現も増え、強さも増している。


 そしてやがて闇の眷属の出現が止まる。


 大広間に出た。


 黒いマントに身を包んだ集団が待ち受けていた。余裕があり、明らかにこの迷宮に迷い込んだ者ではない。黒はあらゆる色を混ぜ込んだ混沌の証。ヴァジュラマ教徒のシンボルカラーであり、アスワン教の白と対を成している。


 ヴァジュラマ教徒だろうと剣士たちは皆確信した。そして事実彼らはヴァジュラマ教徒だった。


 黒マントに身を包んだヴァジュラマ教徒の集団だが、その中に二人、明らかに他と違う銀糸の刺繍の入った布に身を包んだ者がいた。


 剣士たちには知る由もないが、その二人こそヴァジュラマ教徒の幹部、四大魔の嘲笑のアバロンそして憤怒のカイバスだった。


「騒がしいと思ったらやっぱ侵入者か。」


 アバロンがフードをとり、笑みを浮かべる。嘲笑の字の通り、人を小ばかにした笑みだ。


「村民はどこだ。」


 メヒコは臨戦態勢をとりつつ、誰何する。


「さあ?迷宮内で解放したから今も迷宮内にいると思うぜ。我らが神の眷属から逃げおおせていればだが。」


「そうか。」


 特に怒ることではない。村民を救助する任務は果たせなくなったが、それだけだ。仕事で人助けをしに来ただけでそこに情はない。


 村民救援の任務達成が困難になったことを確認した。ならばあとは眼前のヴァジュラマ教徒と交戦し、制圧し、剣士の里へ疑惑の目を向けているかもしれないアスワン教への手土産とする。


 そう判断するや否や、メヒコは嘲笑を浮かべるアバロンへと斬りかかった。なんの兆候もない。不可避の一撃。そのはずだった。


「おい。油断するな。」


 しかし、憤怒のカイバスが立ちはだかり、メヒコの剣を黒剣にて防いで見せた。


 驚くべきことに、メヒコはカイバスの動きを剣が防がれるまで気づくことが出来なかった。


 黒衣から覗く腕は異様に太く筋肉質で、その膂力のすさまじさを物語っている。


 危険を感じ、メヒコはすぐさま飛びのき後退した。


「ははは。油断も何も、警戒するのは俺の仕事じゃない。お前の役目だろカイバス。」


 斬りかかられたにも関わらず、何事もなかったかのように笑うアバロンはそのまま聖句一つで代償術を行使した。


『蘇れ』


 身構えた剣士たちだったが、何も起こらない。ハッタリかと考えたところで何かが迫りくる音が聞こえてきた。


 夥しい数の闇の眷属が殺到してきていた。


 よく見れば、その闇の眷属共はいたるところに切り傷が刻まれている。


 ここに至るまでに倒してきたはずだった眷属どもだ。


「蘇生させたのか!?」


 同行していたポーロが思わず叫んだ。


 今後も蘇生され続けるのであれば倒しても倒してもキリがない。


 蘇生の術者であるアバロンを倒さなければ、ジリ貧でいつかはこちらが負けてしまう。


 そう考えたのはメヒコだけではない。メヒコを含めた4人の剣士がアバロン目掛けて斬りかかった。


「させん。」


 カイバスが剣士たちの斬撃を一人で防ぎ、斬り返した。


 その様子を確認しアバロンは笑みを深めた。


「さあ、殺し合おうぜ。」



 何度か剣を合わせたのち、すぐにメヒコは判断を下した。


「無理だ!撤退する!」


「そんなまだ」


「無理だ。闇の眷属だけじゃない。ヴァジュラマ教徒共もいるんだ。加えてあの二人…。俺が時間を稼ぐ。行け!」


 多勢に無勢。そこらの雑魚であればそれでも戦いようがあるが、敵は強大だった。


「奥義・剛体」


 言葉と共にメヒコの剣気が急激に高まった。


 一時的に剣気が過剰に高まり身体能力を爆発的に向上させる。


 一時的にではあるが、加護を受けた剣士の身体能力を超える。


 奥義にはパワーを向上させる剛体、速度を上昇させる瞬体とがある。


 奥義を修めた剣士は一握り。さらに剛体、瞬体ともに使用できる者はさらにわずかだ。


 だが、師範代であり剣王候補であるメヒコはどちらも修めている。


 消耗が激しいため長期戦には向かない。ゆえにマルコは豊穣祭の襲撃で使用しなかった。


 しかし、今はそんな状況ではないし、メヒコはマルコよりも持久力に優れる。長くはもたないが短くもない。


「撤退だ!行け!俺も後を追う。」





「そこからは必死だったからはっきりとは覚えていない。行きと違って師範代が不在だったから闇の眷属を相手にするのも苦戦した。そのうえ黒剣で膂力を高めたヴァジュラマ教徒も襲ってくる。気づけば俺達二人しか生き残っていなかった。迷宮からでたら、なぜか残していた仲間がいなくなっていた。その場には血痕が残っていたけど、人の姿はどこにもなかった。」


 クイは今までの経緯を語り終えた。話ているうちに調子を取り戻したのか、口調が変わっている。ポーロは未だに気を失っている。


 クイの話は俺達の任務にかかわる重要な情報をもたらした。


 それ自体は喜ばしいことだが…。


 クソっ。枢機卿の野郎。迷宮やヴァジュラマ教徒の件は確度の低い情報つってたじゃねーか。こんな重要な任務請け負いたくねーよ。今回は剣士の里への訪問だけで終わると思ったのに…。


 はあ。嘆いていても仕方がない。話を進めよう。クイの話に対する疑問を口にする。


「どうしてこちら側に来た。剣士の里と逆方向だろ。」


 俺達が遭遇した道は剣士の里とは逆方向だ。話が本当ならば剣士の里へ向かうはずだ。こちら側には他にめぼしい村もなかったはずだ。俺が疑惑の目をクイに向けるとクイはばつの悪い表情で呟いた。


「…。間違えた。」


「……。」


 考えてみればこいつらは少女剣士と同じ年頃。まだ若い。


 混乱していれば方向感覚がわからなくなることもあるかもしれないし、一か八かで行動開始することもあるかもしれない。


 俺たちの視線に耐えかねて、クイは慌てて言い訳を口にした。


「里から出るの初めてだし…。」


 しかし、こいつら大丈夫か?


 せめて迷宮までの道案内くらいはしてくれよ。


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