57:ハクモの新たな僕
出発してから数週間が経った。
今は任務地へ向け、馬車に揺られている。
車内には少女剣士とハクモが同乗している。
少女剣士は白亜の剣を握りしめたまま寝こけてアホ面を晒し、その膝の上にはハクモが座っており、体を少女剣士に預けて眠っている。
そのせいか少女剣士の寝顔はどこか幸せそうだ。
馬車の振動に合わせて二人一緒に頭を揺らしている。
俺はそんな二人を無視して書類仕事に明け暮れている。
まあまあ偉い司教の座にいるこの俺の仕事が現場仕事だけなはずがない。
馬車内ではやることがないし、逆に任務地に到着すれば書類仕事をやってる時間はない。
ならいつやるの。
今でしょ。
人によっては揺れる馬車内での書類仕事など拷問という者もいるだろう。ひどく酔うとのことだが、俺をそんな軟弱者と一緒にされては困る。
生まれてこの方、乗り物に酔ったことがない。
これも神の思し召し。
極まった治癒の神聖術はすべてを解決するのだ。
そうして馬車に揺られて進んでいると。
「おーい!止まってくれ!」
「おーい!頼む助けてくれ!」
外からひっ迫した声がした。窓から顔を出し確認する。
するとボロボロに負傷した剣士と思われる男2名が前方より大きく手を振り駆け寄ってきていた。
表情やその他外見からも二人が窮迫した状況にあることを伝えてくる。
「どうしますかお頭。」
御者を務めていた部下が、突如現れた不審者二人をどうするか振り返って問うてきた。
「決まっている!俺達は神に使える神官だぞ!」
そんなのは聞かれるまでもないことだ。
神の僕である俺達に出来ることは決まっている。
「無視しろ。」
「うっす。」
「えー。いいの?」
目を覚ましたらしき少女剣士が口をはさんできた。ハクモも少女剣士の膝の上で目を開けている。
「俺達は神の僕だ。神ではない人の言うことを聞く筋合いはない。」
「教義には隣人を助けろとかあったよね。」
少女剣士が呆れた表情で言う。
ハクモがアスワン教に帰依してから少女剣士はアスワン教の教義に興味を示し、ハクモと共に祈りを捧げている姿も散見される。ゆえにこいつは知識だけなら一般的な信徒よりも豊富だ。準信徒と言ってもいい。
「俺達は神の意思を代理する教会から任務を受けている。その任務はすべてに優先する。あの薄汚い二人の救援要請が任務に優先するように見えるか?」
「助けを求める人に対する言いざまよ。」
部下が苦笑する。
「大体あいつら見たところ剣士だろ?アスワン教徒じゃないじゃん。助ける必要ないだろ。図々しい。」
剣士は神を信じない。つまり異端者だ。異教徒との戦いに役に立つから容認されているだけだ。
アスワン教徒にあらずんば人にあらずというのが教会の考え。
だから剣士は人じゃない。だから助ける必要もない。
いや、アスワン教徒だったとしても助けないんだけども。
「まあ、確かに剣士なら他者に縋るなと我も思うよ。頼るのは自分の腕だけだからね。」
腕汲んでドヤ顔で少女剣士がなんか言ってるがこいつも割と頻繁に助けを求めてくる。
しかし、こいつは剣士とはいえ雇用契約を結んでいるし、実際役に立つ。多少の助力は構わない。
今俺達に助けを求めてきているボロボロの野良の剣士とは違う。
「俺も助けてやりたいが任務優先だ。本当は助けてやりたいんだが。ああ、本当に残念だ。」
「棒読みだよお頭。」
俺も任務がなかったら助けていたんだけどね。俺に仕事を振った枢機卿が悪いよね。
と、思いつきで善人アピールをしてみたものの、普段の行いのせいか、すぐに看破されてしまった。
「そんなわけで、速度を上げて突っ切れ!轢いてしまってもかまわん!」
そんなわけで無視して馬車を走らせた。
剣士二人に向けて速度を上げた馬車が迫る。さすがに二人は危険を感じ、激突寸前で飛びのき道を開けた。しかし、よほどの事情が二人にはあるのか、そのまま追いかけてきた。
さすがは剣士。明らかにボロボロだが、馬車に走って距離を詰めてきている。
これ以上近づかれると問題だ。
助けを求めるふりして盗賊行為を行う者も存在する。こいつらがそうではないと言い切れない。警戒が必要だ。
「そこで止まれ。さもなくば野盗とみなし、攻撃する。」
俺は御者台に出て、背後に顔を出し警告する。
「ぐっなんだこの目付きの悪い神官は。」
「怯むな!俺達には師範代や皆の命がかかっているんだ!頼む!話だけでも聞いてくれ!」
剣士二人は一瞬怯んだ様子を見せたものの、構わず追ってきている。
「とか言ってますけどどうします?」
「うわ、あの二人明らかにビビってるよ!剣士を目力だけで怯ませる神官なんて普通いないよ。」
少女剣士の感想は無視して部下の疑問に答える。
「同情をひいて油断させる。盗賊の常套手段だ。馬車を走らせ続けろ。だが、場合によっては戦闘する。その時は状況に応じて対応しろ。」
「疑り深いっすね。了解しました。」
部下が了承する。
「まるで止まる様子がないぞ!」
「仕方ない。こうなれば力づくだ。剣士に腕っぷしで敵う者などいるはずがない!」
剣の柄に手をかけた剣士二人を見て、戦闘は避けられないと判断した。俺は指示を出す。
「奴ら戦る気のようだ。襲ってくる!応戦するぞ!ハクモ!やれ!」
「わかった。」
「我も!」
「すこし待て。ハクモの戦闘能力の確認がしたい。」
俺は逸る少女剣士を制止する。
「えー。」
少女剣士が不満の声を上げる。
「少しだけだ。確認出来たらすぐに加勢してくれ。」
少女剣士をなだめる。すると不満げにしながらもうなづいた。
そうしている間にハクモが馬車より身を乗り出し、新たに調伏した僕に指示を出す。
戦闘能力を確認したいのはこの新たな僕だ。
豊穣祭の事件を経てハクモに新たな僕ができた。調伏したのだ。
「うわっ。なんだこいつ」
臨戦態勢となった剣士二人が眉をしかめた。
ハクモの指示を受け、飛び出した新たな僕。
それはキマイラでもガーゴイルでもマンティコアでもない。
ラリッたヴァジュラマ教徒だ。
自白剤を投与しラリったヴァジュラマ教徒に黒剣を装備させ、聖句を唱えさせ、調伏の恩寵を使用した。
すると、黒剣とヴァジュラマ教徒の髪、瞳孔が神聖の象徴たる純白に染まった。そして白剣となったそれはヴァジュラマ教徒の右腕に憑りつき混然一体となった。
俺達はこいつをソードマンと名付けた。
もはやこいつは生きているのか死んでいるのかもわからない。
意思があるようにはとても見えない。しかし、ハクモが一言命じれば、忠実に使命を実行する。
白目をむき、大きな白い剣を腕に宿した白髪の成人男性が構える様はまさに異様だ。
特にふらついているわけでもないのに、虚ろでラリった感じが伝わってくる。
剣士共が引くのもわかる。
気持ち悪いし、生理的嫌悪感を催す。
しかし、それなりに強いし使い捨てにしても惜しくない。
白蛇同様、縮小して持ち運ぶことも可能。
便利なので数をそろえたかったが、そううまくはいかなかった。
数多いたヴァジュラマ教徒のうち、成功したのはこいつただ一人。最初の被検体だけだった。他は漏れなく息絶えた。
ハクモの情操教育にこの上なく悪いが今更だ。それにこいつに必要なのは豊かな情緒ではなく確かな戦闘力と有用性だ。
故郷もなく、外見が明らかに他者と違うハクモが生きていくには他者を出し抜く力と精神が必要なのだ。
剣士共は驚き、引いてはいたものの、速度を緩めるどころかなお速度を上げている。
俺たちは全員馬車から飛び降り、戦闘態勢に入った。
そして俺たちの先頭に位置するソードマンと剣士が接敵し、戦闘が始まった。
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