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56:出発

 豊穣祭でのヴァジュラマ教徒襲撃事件の式典を無事に終えた。


 式典は豊穣祭の準備や物資が残っていたから即席にしては立派で、最大宗教の体裁を保つことに成功していた。


 式典の一番の思い出は豚教皇だ。俺に褒美を渡すときの教皇の顔が実に見物だった。醜い顔をさらに歪めさせ、歯を食いしばり、何なら少し涙を目に浮かべていた。思い出すだけで笑いと不快感が同時に襲ってきて新感覚だ。


 今は準備が整い、次の任務地ヴァジュラマ教徒本拠地候補地へと出発するところだ。


「頼まれていた女神像の聖遺物です。結果は教えてくださいね。」


「ああ。」


 俺は依頼した聖遺物、掌サイズの女神像を聖女モネから受け取った。


 女神像の聖遺物は教会を聖域化する能力がある。そんな能力を秘めているだけあって、手に取るまでもなくその神聖な力を感じ取ることが出来る。


 モネは俺に聖遺物を渡すついでに俺達の見送りに来ていた。


 モネが俺に女神像を手渡した際に口にした結果というのは、以前神聖美幼女が口にしていた迷宮の聖域化についての真偽だ。


 迷宮の聖域化について、モネに問い合わせてみたのだが初耳だという。


 せっかく迷宮のありそうなところに行くので迷宮聖域化実験のため女神像を持っていくことにした。


 しかし、女神像は仮にも聖遺物。決して数が少ないわけではないが無尽蔵でもない。


 入手にはしかるべき手順が必要だ。


 今回そんな時間はないため聖女であるモネに入手を依頼した。司教である俺より聖女のモネの方が権限が多い。


 枢機卿の二人に依頼すればモネ以上に早く用意してくれただろうが、迷宮の聖域化の情報の出どころを疑われるだろう。


 情報源である神聖美幼女は自らを神の使徒と名乗っている。アスワン教の教えに使徒など存在しない。それどころか、むしろ信徒たる我々こそが神の使徒だと考えている節まである。


 思いあがってるんだよなぁ。


 そんなわけで情報源を枢機卿に言うのははばかられる。教義的異端者とみなされかねないからだ。


 異端を疑われるようなことを枢機卿共に言うのは俺にとって大きなリスクだ。


 教会にとって意義あることだから目こぼししてくれるだろうと思えるほど奴らを信用していない。


 それに引き換えモネなら多少のことは理由を聞かずに融通してくれる。


 長年の付き合いによって生まれた絆というやつだ。まったく、都合の良い女は最高だぜ。


「わかってると思いますがこれは貸しですよ。肝に銘じておいてください。」


「……ああ。」


 そう甘くはなかった。釘を刺されてしまった。


 さすが聖女様。アスワン教の象徴。闇照らす光。


 俺のやましい内心を看破している。


 聖女モネからの借りは大抵大きな利子をつけて返却することになる。経験則で知っているし、俺の勘もそう告げている。


 嫌な未来予想から逃避するため視線を聖女からその護衛のアイギスに向ける。


 聖騎士アイギスはハクモと少女剣士と一時の別れを惜しんでいた。


 俺も最近まで知らなかったが、二人とアイギスは豊穣祭以来個人的な親交を続けていたらしい。


 ハクモはアイギスと二人で食事をしたり買い物をしていた。少女剣士はアイギスと手合わせを重ねていたらしい。


「ハクモ。気を付けるのですよ。」


「うん。」


「あなたは優秀ですが、まだ子供。困ったときはすぐに周りの大人を頼るのですよ。」


「うん。」


 アイギスはしゃがみ込みハクモと視線を合わせ、さらにハクモの手を握って語りかけているが内容が母親じみている。それに対してハクモは相変わらずの無表情で頷きを返している。


「聖務執行官は過酷な任務。いざとなればフランシスコを肉の盾にして……。」


「おい。何不穏なこと言ってんだ。」


「フンっ。どうせ再生するのだ。ハクモのためなら腹に風穴があいてもおつりがくるだろう。」


 聖騎士アイギスは悪びれもせずに言った。クソ腹立たしい。


 それにしても随分とハクモにご執心なようだ。なにか意趣返しをしてやろうと口を開く。


「お前モネからハクモに乗り換えたのか?節操のない女だな。」


「いったい何を…」


 俺の言葉に眉根を寄せ、真意を探ろうとするアイギス。そのアイギスの言葉をモネが遮った。


「あら、そうなのですかアイギス?」


 モネの言葉に驚き、アイギスは血相を変えて抗弁した。


「モネ様!?違います!!ハクモは可愛いですが、決してモネ様をないがしろにするわけでは…。」


「おいハクモ。アイギスはお前よりモネの方が好きだってよ。」


「そうなの?」


 身長差で自然と上目遣いになるハクモ。首をかしげる様子は見る者の庇護欲をそそるだろう。


「え?いやその…、フランシスコ貴様!」


 わかりやすく狼狽するアイギスに俺の腹の虫もおさまる。


「むう。我、なんだか疎外感。」


 むくれる少女剣士にモネが微笑みかける。


「ヴィクトリアさん、体に気を付けてくださいね。」


「大丈夫。我、丈夫だから。」


「お嬢様は大丈夫なの?アスワン教の支配力が落ちてるんでしょ。」


 ヴァジュラマ教徒の襲撃以降、ロマリアの治安が悪化した。アスワン教に対する信頼が薄れたからだ。


 人心が荒めば犯罪を犯すものが増える。教会を非難する声も増えている。ヴァジュラマ教徒や犯罪者による生活不安の行き先が国ではなくアスワン教会にぶつけられているのだ。


 枢機卿の二人は求心力の低下は今だけで、結局アスワン教に縋るしかないと考えているようだし、俺もそう思う。


 しかし、求心力が戻るまで何もしないわけにもいかない。


 その間、信徒の心をつなぎとめる役目を担うのが聖女たるモネだ。


 いくら人気があろうと危険はつきものだ。ものの道理を解せず、感情的に八つ当たりする人間は掃いて捨てるほどいる。ほとんど知性のない獣だ。さすがの聖女様も獣を救済するのは難しいだろう。


 少女剣士はそれでモネを心配しているようだ。


 ホント感情的で無知な人間って嫌だよな。とはいえそうした獣人間を神の教えで教化し、調伏することもまた聖女の役目だったりする。


「アスワン教の求心力が低下しているのは私が癒しの聖水を流通させたり、神聖術によらない治療方法を市民に伝えてるせいもありますからね。でも、私個人の人気はその分高まっています。教会を悪し様に言う人がいても私に不満を言う人はかなり少ないはずですよ。」


 現状はモネ本人が自ら意図的に招いた部分もある。それになにより、これを乗り切ればモネの影響力はより強まる。


 モネの目的、敬われる立場のまま、束縛されない自由にまた一歩近づく。


 モネにとって今の状況はそう悪いものではない。


「あまり引き留めても悪いですね。ハクモを解放してあげなさいアイギス。」


「はい。ではなハクモ。気をつけて。ヴィクトリアも、お前の成長を楽しみにしている。」


「うん。アイギスも元気で。」


「うん!我もう負けないよ。」


 アイギスの言葉にハクモはいつもの無表情を緩め返答し、少女剣士は元気に答えた。


「お二人とも気を付けて。フランシスコも。」


「俺はついでか。」


「ふふ。次会うときは枢機卿になっているかもしれませんね。楽しみにしています。」


 俺達は馬車に乗り込み、聖女達に見送られ、任務地へと出発した。



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