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54:ユー、結婚しちゃいなよ

「フランシスコ。君、身を固める気はないかい?」


 身を固める。つまり結婚しろということだ。


「丁度年頃の娘の相手を探している貴族が何人かいてね。」


 太古の昔より、成果を上げた青年には権威ある家の娘があてがわれた。婿に入れ、跡を継がせた。


 魔王を倒した勇者は姫と結婚して幸せに暮らしましたとさ。というのは誰もが知っているおとぎ話だ。


 だが、あえて言おう。罰ゲームであると。


 さすがマカロフ。邪悪の化身だ。


 報酬に見せかけて、こんな仕打ちをしてくるとは。


 結婚が褒美になるのは以前から慕っていた美しい娘だからだ。その娘を迎えることでその実家の富と権力を手に入れることが出来るからだ。


 俺の知り合いにマカロフと仲の良い貴族の娘などいない。


 特に慕っているわけでもないし、美しいかどうかも不明。


 大体温室育ちの貴族の娘とスラム出身の聖務執行官である俺の価値観が合うはずもない。


 貴族の娘と言ったらアレだろ?花を愛でて争いを嫌うものだろ。


「ワタクシ、暴力では何も解決しないと思いますの。話し合いで解決するべきですわ。」


 そんなこと言われた日には、グーで殴って話し合いで解決してみろと迫ってしまうかもしれない。


 完全な偏見だが、相手の娘さんもこんな偏見を持ってる奴と結婚したくはないだろう。


 結婚するということは家族になるということだ。身内になるということだ。


 見知らぬ他人と家族になるのは大きなリスクだ。価値観も性格も合うかどうかわからない。


 合う合わないじゃない。合わせるんだ。


 そう言う者もいるだろうが、なんでそんな努力しなくちゃいけないの?リスクを背負い込まないといけないの?


 仕事で苦労しているのだ。プライベートぐらいゆっくりさせてほしい。


 運が良ければ価値観も全て合い、今までの生活よりも幸福になれるかもしれないが、運が悪ければよりストレスフルな生活が待っている。


 俺は自分の残りの人生を運に任せるつもりはない。


 富と権力は正直欲しいが、見知らぬ女と家族になるリスクを負うほどの物なのだろうか。


 親族づきあいとかクソほどしたくない。


 とはいえ上司からの縁談だ。対応が難しい。


 そもそも拒否権はあるのか…。


 大丈夫だよな?断れるよな?


 悩んでるうちにマカロフとユヴァルが聞いてきた。


「あまり喜んでいる顔ではないね。」


「候補はいくらでもいる。君には女性の好みや結婚相手に求めるものはあるかな。」


「正直に言ってくれて構わない。君の人生を左右することだ。」


 いいんだな?正直に言っていいんだな?言質取ったからな。


 俺は恐る恐る希望を口にする。


「一族郎党死に絶えている娘ですかね。親族づきあいとかしたくないですし。あとは地位が高くて金持ちだとなおいいです。」


 親族の地位が高い娘だと親族づきあいはほとんど義務だ。さらに仲の良い貴族との社交も追加される。


 しかし、親族がおらず、自身の地位の高い娘ならば話が違う。


 親族づきあいは当然存在しないし、社交も限られてくる。


 嫁の地位が高いということは当然部下が存在する。上司の家族に対して無碍な対応が出来るか?


 俺は出来るが、無下にできない人間が多い。


 嫁の部下に対して心理的に上に立てるというおいしいポジションを得られる……かもしれない。


 地位が高いということは金銭も多いということ。嫁の金は夫の金というのがこの社会の習いだ。


 この条件ならば俺は大した犠牲を払わずに富と権力を得ることが出来る可能性がある。


「……。」


 本音を吐いたら静まり返ってしまった。


 やっちまったか?と、ひやひやしているとマカロフが口を開いた。


「それな。」


「君は若いのによく理解している。」


「義理の父親というだけでなぜか奴ら大きな顔をしてくるからな。」


「本当にな。私の方がお前ら低能貴族よりよっぽど有能なんだが!?と何度も思ったものだ。」


「社会的地位が義父を超えても、終ぞ私に敬語を使わなったな…。まあ、もう死んでるから別にいいが。」


「君のところもか。実にめでたい。訃報を聞いた時は神妙な顔をするのに苦労したな。」


 教会の中でも有力な枢機卿二人が亡き義父について愚痴を言い始めてしまった。


 こんなん聞いたら余計に結婚したくなくなるわ。


「妻もなぁ。昔は美人でおしとやかだったんだが、今はなぁ。肝が据わってしまった上に愚痴っぽくなった。」


「君のところの奥さんは日中何しているんだ?私は正直把握していないんだが。」


「私もだよ。家事は執事やメイドがしているし、子もすでに成人しているからな。なにしとるんだ?」


 枢機卿二人の夫婦関係は破綻しているご様子。


 仕事に関しては有能な二人だが、確かに、個人的に付き合いたいと思える人間性を有しているようには見えない。この二人の場合、正直奥方が不憫だ。


 しかし、俺も他人のことをとやかく言えるような人間性を有しているとは言えないだろう。その自覚はある。


 二人の枢機卿と同じ末路をたどる既婚の俺が目に浮かぶようだ。


 結婚ってのはもっとこう、幸福で救われてなきゃいけねえよ。


 やはり俺に結婚は無理だと認識を新たにしていると、


「だがな結婚にも利点はある。」


 キリっと表情を切り替えてマカロフが言う。


「まず社会に一人前と認められる。すると出世しやすくなる。」


「家族が出来て守るべきものが増えるとな、独身の頃より従順になって扱いやすくなるからな。こちらとしても安心して昇進させられる。」


 ユヴァルがうんうんと頷きながら解説する。


「次に子供が出来るということだな。まあ正直特に可愛くもないが、手駒が増える。自ら教育すれば自分にとって都合のいい価値観を植え付けることが出来るからな。政略結婚させて勢力を広げるもよし、商売をさせて販路を広げるもよしだ。」


 すごい。全部仕事上の利点で一つも個人の幸福につながることがない。全然惹かれない。


「最後に娘婿をいびれる。」


「あれ最高に楽しいよな。」


「私たちも散々いじめられたんだ。そのくらい許されるさ。」


「違いない。はっはっはっはっは。」


 最悪だ。個人の幸福の話になったと思ったらこれだ。


 最初からこの二人に常識的な回答など期待してはいなかったが。想定していたよりひどい。


「話が逸れてしまった。」


 マカロフとユヴァルはひとしきり笑った後、気を取り直し、表情を変えた。声音が真剣なものへと変わる。


「まあ、それでも一族郎党死滅していて、地位の高い女はやめておいた方がいい。」


「ああ。ハードルが高い。」


「さすがに我々も簡単に許可は出せんよ。」


「今回程度の成果ではねぇ。」


 ん?俺の脳内に疑問符が浮かぶ。予期せぬ方向へと話が進んでいるようだ。だが、それが何だかわからない。


「あれ?その顔はわかっていない顔だね。」


「わざと言っているのかと思ったが。」


「君が言ってる好みの女性というのは…」


「お二人とも。」


 ずっと黙っていた聖女モネの声が枢機卿二人の言葉を遮った。


「フランシスコは嫌がっているみたいですし、無理強いするのは良くありません。仮にも報酬なのですから。」


 ふと脳裏を過るものがあった。それは俺にとって大変都合の悪いものだ。


「それにフランシスコは天涯孤独な地位の高い女性がお好きなようですが、そんな女性は多くありません。」


 そういえばこの女も一族郎党死に絶えていて、かつ地位の高い女だった……。


 顔が熱を持つのを感じる。


「フランシスコ。」


 モネが視線を俺へと向ける。碧眼の瞳が俺を映す。


 名を呼ばれ、思わず身を固くする。


「残念でしたね。あなた好みの女性と結婚するにはまだ成果が足りないようです。」


 聖女モネは含みのある笑みを浮かべた。


「期待していますよ。」


 別にモネを想定して好みの女性を上げたわけではない。ただの偶然だ。


 ゆえに当然今回の報酬として聖女モネとの婚姻を要求をしていたわけでもない。


 しかし、そういう状況に意図せずになってしまった。


 モネも俺にその気がなく発言したことを理解している。理解したうえでからかっている。


 反論したいが、なぜかそれもはばかられる。


 俺は何も言うことが出来ず、ただ口を金魚のようにパクつかせていた。


 枢機卿二人はなにやら呆れたような視線を俺に向けているが、この状況はお前らのせいだろう。


「典型的な童貞の反応」とか小声で言ってるの、聞こえているからな!


 相手が上司でさえなければ…。せめてもの報復に強く睨めつけるも二人の枢機卿はどこ吹く風だ。


 モネは余裕の笑みで鎮座している。すこぶる機嫌がよさそうだ。俺をからかって楽しんでいる。


 何とも言えない敗北感が胸中に広がる。


 反撃の方法は思い浮かばないが、いつか報復するとここに誓おう。


 なにはともあれ、見知らぬ貴族女との結婚は免れることが出来たようだ。


 今はそれで良しとするしかない。


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