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53:褒賞


 比較的損傷の少なかった新アスワン大聖堂の会議室に俺と少女剣士とハクモは来ていた。


 眼前にはマカロフ・ベルナルディとユヴァル・ノアの二人の枢機卿と聖女モネがいる。


 例のごとく教皇は欠席だ。


「教皇様はやはり君の褒賞の場には出たくないようだ。」


 マカロフが苦笑しながら豚教皇の欠席とその理由を口にする。


 顔を見たいわけではないし、感謝されたいわけでもないが、どうにもむかつくものがある。


 今日はヴァジュラマ教徒襲撃事件の褒賞のために呼び出された。


 正式には後日祭典を催し、大々的に功労が褒賞されるが、当事者には事前に話がある。


 与えられる報酬の内容について協議することもあるだろう。





「白騎士の振るっていた白亜の剣。これをヴィクトリアさん、あなたに預けましょう。形式上はフランシスコに預ける形になります。さすがに教会保有の業物を教徒以外に渡すわけにはいきませんので。」


 聖務執行官を統括するマカロフ・ベルナルディ枢機卿が少女剣士に報酬を伝える。


「はい!ありがとうございます!」


 少女剣士は喜びをあらわに感謝の言葉を口にする。


 白亜の剣は殉教した白騎士が使用していた剣だ。黒剣のような特異な能力はないが、硬くて軽い名剣だ。見た目も美しく、戦場では実に映える。


 実際の祭典では俺がこの白亜の剣を受け取ることになるのだろう。


続いてハクモにマカロフは視線を向けた。


「ハクモ・ピサロ。あなたの恩寵により闇の眷属による被害を大きく防ぐことが出来ました。あなたを聖務執行官見習いから正式に聖務執行官に任命します。」


「はい。ありがとうございます。」


「いや、それは」


 ハクモは素直に頷いた。しかし、俺はマカロフの言葉に思わず、不満の意を漏らす。


「ハクモ・ピサロの身を案じているのかい?しかし、それも報酬を増やすため。大丈夫ですよ。ハクモ・ピサロに単独任務は任せません。当分はフランシスコと同じ任務を担当してもらうよ。


「いや、戦力を聖務執行官二人分に換算されて援軍が送られにくくなると困…。」


「では次ですが、」


「おい」


 実態としてハクモには確かに聖務執行官一人分の力はある。なんなら一般的な聖務執行官より強いまである。しかし、ハクモの良い所はその過少評価された戦力にもあった。援軍が呼びやすかったのだ。


 そんな利点を利用するまえに潰された。活躍したばっかりに。なんだか損した気分になる。


「では、失礼します。」


 ハクモがそう言い、少女剣士と共に退室する。黙って会議の成り行きを見ていたモネが場違いにも笑顔で二人に手を振っている。


 事前に、ハクモの褒賞の話が終わったら少女剣士と共に退室するよう枢機卿の指示があった。聞かれたくない話でもあるのだろう。


 マカロフは二人の退室を確認してから口を開いた。


「さてフランシスコ。最後に君だ。君が最大の功労者だよ。教皇様を救出し、首謀者を撃退した。さらに君に課したヴァジュラマ教徒の活発化及び迷宮増加の原因究明の任務も果してくれた。」


「はい。」


 俺は神妙に頷く。欲しいのは地位と金だ。奴らも俺の求めているものは理解しているはずだ。


「君には金銭による報酬が一番だろう。」


 マカロフはそう言うと報酬額の記載された契約書を俺に手渡してきた。金額を見て驚く。想像以上に金額がデカい。


「こんなに…。」


 確かに任務の報酬ははずむと言っていたし、今回はそれに加えて教皇救出とヴァジュラマ教徒撃退の手柄もある。しかし、それを考慮してなお大きな金額だ。


「ああ。今回の件で寄付金が募りやすくなったし、税金も徴収しやすくなった。」


「やはり多少の脅威は存在していた方がいい。」


 俺の驚愕に気を良くしたのか、枢機卿二人が悪い笑みを浮かべてなんか言い始めた。


 教会は国とは別に税金を信徒に課している。用途は炊き出しや孤児院、救貧院の設立・維持や異教徒の殲滅等多岐にわたる。お布施や寄付は信徒が自ら納める物で払うも払わないもその金額も信徒の自由だが、税は義務として決まった金額が徴収される。


「安定し、平穏な時勢が長すぎた。アスワン教が幅を利かしていることに不満を持つ国は多いし、信徒にも徴税に不満を抱くものが増えてきている。」


 教会に税金を払う意義を問われているのだ。


 最近ただでさえ教会の腐敗がささやかれている。教会に対して不信を抱かれている。信徒としては無理もない考えだろう。


 国は以前より、その権益を犯す教会の税金を快く思っていなかった。


 しかし、民衆の圧倒的支持を受けた教会に文句を言うことが出来なかった。


 そこにきて教会の腐敗だ。民衆の支持が離れつつある今ならば、民衆の味方のふりをして税の徴収をやめるよう主張できるようになった。


「だが、今回のヴァジュラマ教徒襲撃の一件で国も信徒も異教徒の脅威を知っただろう。アスワン教が邪悪な異教徒と戦い、信徒から守る防波堤になると語れば信徒からの支持は容易に得られる。教会の信徒からの求心力が高まれば国も黙るしかなくなるだろう。」


「それどころか国から支援金を受け取ることも出来る。今まで以上に財政に余裕が出来る。フランシスコ、君への報酬は確かに高額だが、アスワン教会の財政に何ら影響はない。だから気にせず受け取りなさい。」


 やたら上機嫌な二人の枢機卿。その二人に疑問をぶつける。


「大聖堂の警備が、襲撃を予想していたにしては手薄だと思っていました。あえて被害を受けるためにそうしたのですか。」


「そうだ。適度な被害が欲しかった。敵の戦力が思いのほか強大で白騎士が殉教してしまったのは予想外だったが、大方うまくいった。」


 違和感は感じていた。


 襲撃を予想して、枢機卿や聖女は影武者すら置いていた。


 にもかかわらず、名うての聖務執行官や聖騎士の数は普段の豊穣祭の時と変わらなかった。


「君のおかげだ。」


 礼を口にするマカロフの微笑みには後ろめたさは微塵もない。好々爺然としたものだ。しかし、それがかえって不気味だ。


 聖務執行官として様々な邪悪と対峙してきたが、眼前の枢機卿二人を超えるほどの邪悪は未だ対峙したことがない。


「実は君への報酬はまだある。」


 喜ばしいことのはずなのに、何故か嫌な予感がする。冷や汗が流れる。


 かくしてマカロフは言った。


「フランシスコ。君、身を固める気はないかい?」


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