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51:尋問開始


「私は神聖術なしで人を癒すすべを研究しています。」


 初めてそれを聞いた時、俺は立派なもんだと思った。聖女の肩書を持つだけのことはあるな、と。しかし、立派なのは目的だけだとすぐに知った。動機と手段が問題だった。


「神聖術を使わずに人を癒す術が広がれば教会の権威が衰え、自由を得られるかもしれません。そうすれば自由に…。」


 聖女はアスワン教の象徴だ。神の強力な恩寵を受けた聖女に万が一があってはいけないと、行動を強く制限されている。籠の中の鳥だ。モネはそのことに不満があるのだ。


「まったく私を一体いつまで閉じ込めておくつもりですか!?こちとらヤリたい盛りの女の子なんですよ。」


「ヤリたい盛りとか言うな。」


 神は処女厨であらせられる。


 よって女神官には貞淑さが求められる。今では18歳を超えれば女神官も結婚を許されているが、聖女はその限りではない。


 教会の象徴である。代替わりするまで聖女の処女性は守られる。


 とはいえ聖女も人間である。間違いが起こらないとも限らない。身の安全を図ることも考慮した結果、聖女は生活空間が限られ、基本的に護衛という名の見張りがついている。


 息が詰まるのも理解できる。


「じゃあ、ほっぽり出して逃げれば?」


「ダメです!私はちやほやされながら豪華な暮らしができる現状のまま、自由を得たいのです!」


 ひどい動機だ。


 だが手段はもっとひどかった。


「はい。お腹くぱあ。脳みそパカァ。ちゃんと模写していますか!」


 場所は地獄の門と呼称される地下牢。死刑囚の死体を使用して聖女モネ自ら腑分けをしていた。


 腑分けとは生物の身体を切開し、臓器や組織の形態、構造、相互の位置関係を調べたりすることだ。解体、解剖も同じような意味合いの言葉だが、聖女モネの今の行いには腑分けという言葉がしっくりくる。


「こんなこと神がお許しになるはずが…。」


 聖女に言われるがまま人体の模写をしているアイギスが顔を青ざめさせ呟いた。


 それを耳ざとく聞きつけたモネが反論する。


「神は全知全能なのですよ。やってはいけないことなら、やろうとしても出来ないはずです。実行できてる時点で神はお許しになったということです。だいたいこれは人の治療法を確立するために必要なことです。人体の仕組みを知らずに人の病巣を取り除いたり、負傷を癒すことはできません。神聖術なしでこれらが可能になれば救われる人は増えるはずです!どこに問題がありますか!?」


「他の神官に見つかったらコトでは。」


「バレなければよいのですよ。バレなければ!よしんばバレたとしても結果さえ出せば文句は言われませんし、言わせません。問題ありません。もういいですか?いいですよね?死刑囚のおかわりください。」


 モネは死刑囚の死体のみならず、生理作用を調べるため生きたまま解剖することもある。


 俺は暴れる死刑囚を昏倒させ拘束し、モネの下まで運ぶ役を担っていた。


「フランシスコ!フランシスコ!見てください!見てください!脳のここを弄るとホラ!アヘ顔ダブルピースする!」


 返り血を浴びながら聖女モネは無邪気にはしゃいでいた。






「ってことが昔あってな…。」


 俺達はヴァジュラマ教徒が拘束されている地下牢に入り、その独房に向かって進んでいる。


 その途中で少女剣士がなぜ聖女が人体の仕組みに精通しているのか聞いてきた。だから理由を答えてやった。ちなみに尋問に精通している理由は自白剤の製造者が聖女だからだ。


 神に愛されているからか、モネには多種多様な才能がある。あるいは多才な人間を神は愛するのかもしれない。


「フランシスコだって口先では文句を言いながら、あの時ゲラゲラ笑ってたじゃないですか。一緒にアヘ顔ダブルピースのおじさんを量産して、並べて門番の方々を驚かせたじゃないですか。」


 モネが唇をとんがらせ、拗ねたように言った。


 当時の俺はまだ若かった。若いということは過ちを犯すということだ。


 脳を弄られながらアヘ顔ダブルピースを晒すおっさん死刑囚を見て、何故か無性に笑えてしまったのだ。今思うと狂気の沙汰である。


「アスワン教の闇じゃん。」


 呆れた様子の少女剣士。珍しく少し引いている。


「教会内で職位が上がると徐々に人々にもてはやされ敬われ崇められ、やがて崇拝される。ある意味で神と同一視されていく。それもガキの頃からだ。一般的な人の価値観から乖離していくのは必然だろ。」


 言い訳にもならない言い訳を口にするも、胡乱な目を向けられるだけだった。





 そうこう話をしているうちにヴァジュラマ教徒の一人が捕らえられた独房に着いた。口裏を合わせることが出来ないように一人一人隔離して管理している。


 二重施錠された鉄の扉を開け、中に入ると、椅子につながれた男が力なく天井を見上げていた。


 自白剤を服用した人間によくみられる症状だ。


「うわっ、どうしたのこの人。とても正常な様子に見えないよ。休ませてたんじゃないの?」


 少女剣士が自白剤の効能でトリップしているヴァジュラマ教徒を見ていぶかしむ。当然だ。見るからに怪しい。


「これは教会の機密なんだが、異教徒がこの地下牢に入り、俺達がとある儀式を行うと、対象の異教徒は嘘をつけなくなるんだ。この脱力した様子は儀式がきいているということだ。」


 自白剤のことは少女剣士には言えない。ゆえに適当な嘘をでっちあげる。


「アスワン教怖いよ。」


「他言無用だぞ。」


 アスワン教の暗部はこんなもんじゃないが、少女剣士は素直に信じてくれたようだ。話を進めよう。


 俺は拘束されたヴァジュラマ教徒の正面に立ち、尋問を始めた。


「俺はフランシスコ・ピサロ。聖務執行官だ。これからお前にいくつか質問をする。正直に答えろ。虚偽は許さん。後でお前のお仲間の供述と照らし合わせる。いいな。」


 俺の言葉にヴァジュラマ教徒は「ああ」とも「うん」ともつかぬ声を発した。俺はそれを了承と解釈し、言葉を続けた。


「まず、お前の名前は?」


 すると急に天井に向けていた顔をぐりんと回し、目をカッと開いて俺に向け大きな声で宣った。


「俺の名はベンジャミン・ガーク!しかし、それは世を忍ぶ仮初の名!我が真名はダレンシャン!闇夜の支配者、ヴァンパイアであるぞっ!はっはっはっはっ!」


「うわっ!」


 ヴァジュラマ教徒の急な大声と態度の変化に少女剣士が驚きの声を上げる。


「なんだこいつ。」


 初手からこれかよ。先が思いやられる。


 俺も尋問は初めてじゃない。自己紹介程度なら、ぼそぼそと力の抜けたような端的な返答があるのが普通だ。こんな自己陶酔全開のエキセントリック自己紹介は初めてだ。


 だいたいヴァンパイアってなんだよ。神話上の怪物の名だぞ。


 あまりにもあんまりな様子に思わずモネに視線を向ける。こういうわけのわからん事態になった時のために尋問経験豊富なモネを呼んでいる。


「強い反応を示すときは、それだけ強い思いや執着がその事柄にあるときです。」


「じゃあ、こいつ自分がヴァンパイアだと思ってんの?」


「うーん。さすがに何とも言えないですね。」


「そうか。」


 俺の言葉にモネは苦笑した。経験豊富だからと言ってなんでもわかるわけではない。共通することは多かれど、唯一無二の特徴を有している者も少なくないだろう。このベンジャミン・ガークもその一人というだけだ。


 人間なんて皆違って皆ヤバイ。わかりきったことだった。


 俺は気を取り直して質問を再開した。


「お前達の目的はなんだ。」


「アスワン教の名声の低下、混乱の創出。やがて混乱は広がり世界を飲み込む。戦争だ。」


「指導者と主要人物を言え。」


「指導者は預言者ヨハネ。神の御言葉を授かりし救世主。そして救世主を支える恩寵あらたかな四大魔。」


「四大魔?」


「嘲笑のアバロン、憤怒のカイバス、堕落のブイガノン、嫉妬のファーラそして苦痛のヘイムだ。」


「5人いるんだが?」


「いるはずのない、5人目の四大魔!謎のベールを破り、今姿を現す!その時が貴様の最後だ!ひゃーっはっはっは!」


「……。」


 どこまで本当なんだ。というかこれ本当に自白剤効いているのか。かえって謎が深まるばかりなんだが。他のヴァジュラマ教徒もこんなんなのか?


「むう。ちょっとかっこいい。」


 少女剣士がつぶやいた。


 ああ、なんか既視感あると思ったらこの言動、少女剣士のそれだ。


 こいつヴァジュラマ教徒だったりしないよな。


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