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47:豊穣祭3日目④

 剣気を身に纏ったヴィクトリアは白騎士の支援を受けてマルコを追い込んでいた。


 手足は軽く自在に動き、剣の先まで神経が通っているかのように錯覚する。


 目はマルコの筋肉の動きを敏感に察知し、行動を予測する。


 今までの経験が身を結び、技術へと昇華されていた。覚醒ともいえる動きをヴィクトリアは見せていた。


 マルコの黒剣を紙一重で躱し、返す刀で胴体目掛けて薙ぎ払う。マルコもまたそれを躱すが、躱した先には白騎士が待ち構えている。


 白騎士の決死の一撃をマルコは間一髪で防ぐ。そうした攻防が何度も繰り返されている。


「ふははは!いいぞ!死が現実味を帯びて迫ってくる!これだ!このために俺はヴァジュラマ教徒についたのだ!」


「わきゃー!無駄口叩いていると我に足元掬われるよ!油断して負けたとか、負けた時言わないでよね!?楽しいのは認めるけど!」


 熾烈な戦いは奇跡的な均衡を保っているが、いつどちらに転んでもおかしくない。


 そんな極限の緊張状態の中、マルコとヴィクトリアは笑みさえ浮かべて言い争いをしている。


 白騎士は思わず吐き捨てた。


「狂人共め……。」




 白騎士はすぐに均衡は崩れると考えていた。しかし、一向に瓦解の気配がない。


 白騎士は危機感をもってヴィクトリアに呼びかけた。


「このままじゃだめだ。一向に打開策が見えない!私たちの動きが奴の予想の域を出ていないからだ。時間がかかればかかるほど、地力のあるマルコ・ヘイゲンに有利だ。」


 実のところ、必ずしも長期戦はマルコにとって有利というわけではない。戦場は多くのアスワン教徒のいる大聖堂中庭。アスワン教徒の助勢はほとんど無限に湧いてくる。


 だが、時間の経過とともにアスワン教徒の威信は地に落ちていく。異教徒相手にここまでの醜態をさらしたのだ。一刻も早く制圧しなければならない。


 白騎士の言はアスワン教の今後を俯瞰した視点での話であって、局所的戦闘において必ずしも適用される話ではない。


 それでも白騎士は決着を焦っていた。


「なにか均衡を崩す手はないか!?」


 だがヴィクトリアはマルコと切り結びながら白騎士の言葉に耳を傾け、そして応えた。


 ヴィクトリアはマルコの懐に飛び込んだ。ここまでは今までも何度かあった。しかし、今回はほとんど密着するほどに近づいている。これほどの距離になると剣を振るえない。体をぶつけて相手の態勢を崩すしかない。


 マルコはそう考え、衝撃に備えた。白騎士の位置を把握し、追撃されることも想定している。


「があっ、なにっ!?」


 しかし、想定と違う痛みがマルコの脇腹に走った。


「メルギド式貫手」


 ヴィクトリアは剣気を指先に集中させ、マルコの脇腹を素手で貫いたのだ。


 新大陸で何度もメルギドと手合わせをした。フランシスコがメルギドの手により切り裂かれるところを目撃もした。模倣することはそう難しくはなかった。


「本当は剣を手放した時の緊急避難技だけど、剣を持ってる時の方が不意を突けるね。」


 不意の一撃に態勢を崩したマルコに白騎士が襲い掛かるも、それはどうにかマルコは防いだ。そこに畳みかけるようにヴィクトリアは追撃する。


 一度剣を鞘に納め、抜刀する居合術だ。ただ剣を振るうより剣閃が速く鋭くなる。


「くっ、すでに剣気の収束をも身に着けたか!だが甘いっ!」


 それをマルコは白騎士の攻撃を防ぎながらも、黒剣とは違う剣で防いだ。


「これで終わりじゃないよ。」


 両手が塞がれたマルコに対し、ヴィクトリアは腰に佩いていた鞘を引き抜き、剣気を纏わせ殴りつけた。


「お頭流殴打!」


 ヴィクトリアはもはや思い出すまでもなく網膜に焼き付いたフランシスコの動きを模倣する。


 模倣せずとも実行可能な動きだが、フランシスコはヴィクトリアにとって強さの象徴だ。イメージするだけで力が沸く。


 ただひたすらに、がむしゃらに鈍器で殴り続ける。原始的で野蛮極まりない攻撃方法だが、効果はある。


 防ぐ手段のないマルコは鞘による殴打をどうにか体幹で衝撃を逃がすが限界がある。


「ぐぅっがああ!」


「これで止めだあ!」


 苦悶の声を漏らすマルコに勝利を確信するヴィクトリア。


 しかし、ヴィクトリアの振り下ろした鞘はマルコに届かなかった。


「ぐっ仕方ない。『偉大なるヴァジュラマよ!血を代価に!大いなる力を与えたまえ!』」


 ヴィクトリアの攻撃がマルコに到達する寸前にマルコは聖句を唱え、力を解放した黒剣が白騎士とヴィクトリアを弾き飛ばした。


「こいつ黒剣の能力を使用していなかったのか!」


 ヴァジュラマ教徒と違いマルコはただ黒剣を固くて鋭い剣としてしか使用していなかったのだ。


 白騎士は驚愕する。


 現在ですら、二人がかりでやっと追い詰めたところだった。それがさらに強くなるというのだ。


「ああ。使いたくはなかった。この剣は寿命を削るらしいからな。」


 マルコは赤紫色に脈動する黒い剣を振りかぶる。ヴィクトリアにえぐられた脇腹の出血は止まっていた。


「しかし、ここで死ぬよりもマシだ。この黒剣は寿命の代償に神の力を借りることが出来るそうだ。」


 黒剣から黒い瘴気が漏れ出し、マルコの腕に纏いつく。


「俺も初めて使う。」


『黒雨氾濫』


 白騎士にもヴィクトリアにもマルコの動きを目で追うことはできなかった。


 気づいた時には体の各所に穴が開いていた。


 ヴィクトリアは勘に任せて体をひねることで左肩と脇腹を貫かれたものの、急所を避けることに成功した。しかし、白騎士は避けること敵わず、鎧を貫通し、心臓を貫かれていた。



 ぐしゃりと白騎士の倒れ伏す音がヴィクトリアの耳に入るが、視線を白騎士に向けることはできない。マルコから視線を外せば、次はヴィクトリアが白騎士と同じ運命をたどることになる。


 血が止まらない。そう遠くないうちに失血で動けなくなるだろう。その前にマルコを討たなければならない。


 初めて感じる実感を伴った死の恐怖。冷や汗がヴィクトリアの背筋を流れる。


 しかし、その恐怖がヴィクトリアの足を止めることはなく、むしろ背中を押す起爆剤となった。


 穴をあけられ、左腕はだらりと垂れ下がってしまっている。しかし、利き腕はまだ動く。剣を振るうことが出来る。


 瞬時の思考で足を踏み出す。剣気を振り絞り、マルコに肉薄する。


「最後のあがきか。」


 マルコは気を抜くことなく対応する。


 剣と剣が交錯し、金属のぶつかる音が響く。


 少女剣士は剣が届かないとみるや、石畳の床を剣気纏った足で踏み砕き、マルコへと蹴り上げた。


「小細工をっ!」


 目を閉じることもなく、石礫をやり過ごしたマルコの目に向けて少女剣士は口から血を噴霧した。


 態勢を崩したと判断したヴィクトリアはそのまま、剣を振るうも、マルコに防がれてしまう。せめてものあがきでマルコの負傷した脇腹に蹴りを見舞う。


 ヴィクトリアは満身創痍であるにも関わらず、不思議と体は良く動いた。思考は明瞭で感情はフラット。マルコの動きもよく見える。


「くはははは!すごいな!ヴィクトリア!お前はすごい!黒剣の力を発動した俺と互角に渡り合えている!」


 しかし、ヴィクトリアには明確に流血によるタイムリミットがある。会話している時間などない。


 腕を伝う血の軌道すら予測して、体をゆすり、動かぬ腕を振るい血を飛ばす。マルコの視界を塞ぎ隙を作る。一息で踏み込み突きを放つ。マルコの剣閃をいなして反撃する。


 更なる追撃を駆けようとしたところで、カランと地面から硬質な落下音がした。


 ヴィクトリアの長剣が地面に落ちた音だった。


 自身の手に視線を移せば、手は震えており、明らかに力が入っていない。失血による体力の限界が来たのだ。


 そうと気づいた途端、急激に目も見えなくなってきた。


「限界だな。」


 かろうじて残る聴力がマルコの声を聞き取る。


 めまいと吐き気で今にも倒れそうだが、剣士の意地だけで今は立っている。


「ヴィクトリア!認めよう。女の身ではあるが、お前には剣王たる器がある!」


 剣気を身に纏うことに成功した。新大陸での経験が結実し、二人がかりとはいえマルコを追い込んでいた。最終的には一人で黒剣を発動したマルコに対抗しえていた。全てこれ以上なくうまくいっていた。


「しかし、決定的に運がない。俺と対峙するのがもう少し先だったならお前はここで死なずに済んだかもしれない。お前があと少しでも経験を積んでいれば結果はわからなかった。」


 だが、届かなかった。師範代、マルコ・ハーゲンには敵わなかった。


「猛者を手にかけるのは何とも言えぬな。達成感と喪失感。相反するものが同時に去来する。」


 声が近くから聞こえてくる。黒剣がふりかぶられたことが気配でわかった。


「お頭、我が死んだら怒るかなぁ。」


 いよいよかとヴィクトリアが自身の死を覚悟した時だった。


「神よ我に力を与えたまえ。」『運気上昇』


「死ぃいいいねぇえええええええ!」


そんな声と共に、一振りのメイスが高速回転しながら飛んできた。


今日確認したらブックマークが倍に増えていました。ありがとうございます。すごいモチベーションになります。


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