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43:お財布事情


「はあ。」


 俺は感情のまま盛大なため息をついた。モネの護衛を無事に終え、今日は豊穣祭三日目の朝だ。


「どうしたんすか。鬱陶しいですよ。」


「聖女様の護衛から帰ってきてからため息ばかりっすね。何なんすか。恋煩いですか。」


「うわっ似合わねえ。」


「じょ冗談ですって!真顔で近づいてこないでくださ……、ぐわああ!痛ぇええ!


 生意気な部下共には鉄拳制裁をしつつ、俺の憂いの原因を口にした。


「金がほしい。」


「十分儲けたじゃないっすか。」


 確かに左遷先での任務成功の報酬と豊穣祭での金稼ぎによって多額の金銭が俺の手元に入ってきている。


 しかし、金はどれだけあっても足りることはない。


 俺は聖女の護衛をしながらも隙あらばヴァジュラマ教徒に関する情報収集に勤しんでいた。


 有益な情報には金がかかる。


 情報の貴重性を理解していない者からはただで情報を引き出せることもあるが、たいていの場合、情報の保有者はその大切さを理解しているものだ。


 それなりの収穫はあったが、報酬をもらったばかりの俺にとっても手痛い出費となってしまった。


 これからも情報収集やらなんやら、仕事のための出費が予想される。いざというときの予算は多めに確保しておきたい。


「なあ。お前らの給料減らしていいか。」


「嫌っすよ。勘弁してくださいよ。」


 思わずこぼした俺の本音に部下共がすかさず噛みついてくる。


 そりゃそうだ。収入のために俺に従っているのに、その収入を減らされては何のために働いているのかわからない。


 俺は財政問題に頭をかかえ、再度ため息をついた。






「そういや嬢ちゃんの様子が昨日祭りから帰ってきてからおかしいっすよ。元気がないというか…。お頭なんかしたんじゃないっすか。」


「ん?」


 部下の言葉を受けて、少女剣士の様子を思い返してみる。


 少女剣士の要望で毎日早朝に稽古をつけてやっているが、その時の動きのキレは確かに悪かった気がする。今思うと口数も少なかった。わずかにだが、確かに様子が違う。元気がないと言えるかもしれない。


 そういえば昨日、マルコとかいう師範代と話をし、戻ってきた時少女剣士はふてくされていたように思う。稽古をつけてもらえなかったという話だった。それが今も尾を引いているのだろうか。


 あるいは剣王が衰え死にそうという話を聞いてきたということだったから、それを気に病んでいるのかもしれない。少女剣士がそんなタマとも思えないが…。


「確認してみてあげたほうがいいんじゃないですか。」


「とはいえあいつだぞ。すぐにころっと復活するんじゃないか?」


「そうはいっても嬢ちゃんはまだ子供ですし。」


「あ!」


 閃いた。


「なんすか。思い当たる節でもありましたか。」


「生理じゃね?」


「……。」


 俺の意見に黙り込む部下。気まずい沈黙が場を満たす。


「……。まあ、わかんないすけど。とりあえず聞いてきたほうがいいんじゃないすか。」


「そうだな。」


 調子が悪いのであれば、仕事に影響が出る。場合によっては休養を取らせる必要もある。直接少女剣士に聞いてみることにした。


 少女剣士を呼出す。


「なに?お頭どうしたの。」


「ん。ああ、まあ、なんだ。」


 俺は慎重に言葉を選ぶ。他人の悩みを聞き出すなんて言うのはとても繊細な作業だ。しかも相手が年頃の娘となればなおさらだ。そして俺はこういうことが苦手な自覚がある。俺は言葉を選んで少女剣士の不調について尋ねた。


「元気か?」


「なに?どうしたの?久しぶりに会う親戚のおじさんみたいだよ。」


「うるさい。それで調子はどうだ。」


「別に普通…。」


 話してみても煮え切らない。だが、やはりいつもに比べて少女剣士の対応には覇気がないように感じられる。もう少し探ろう。


「剣王が死にそうで落ち込んでいるのか。」


「なんで?人はいずれ死ぬものだよ。」


「じゃあ、マルコとかいう師範代に稽古をつけてもらえなくて拗ねてんのか。」


「ち、違うよ。」


 少女剣士は足先で地面に文字を書きながら返答した。


 違うらしい。


 もうなんだよ。わからねえよ。やっぱり生理じゃないの。いい加減そういう年頃だろうし、それが原因だとしても教えてはくれまい。俺も聞きたくないし。


 それとも俺達の杞憂なのか?そうであればなんの問題もないんだが。


 俺が黙り込んで物思いにふけっていると、ぽつりと少女剣士が口を開いた。


「女は剣王になれないって」


 かろうじて聞き取れる程度の声だったが何とか聞き取れた。


「マルコに言われたのか?」


 少女剣士は無言で首を縦に振り、俺の言葉を肯定した。


「そういう規則があるのか。」


「わかんない。昔父様に聞いたことがあるけど、知る必要はないって教えてくれなかっただ。」


 どうやら教えを受けていたこともある師範代マルコに、自身の目標を否定され落ち込んでいるようだ。


 他人に何か言われた程度で揺らぐ目標なんて諦めちまえと思わなくもない。


 しかし、こいつは俺の大事な戦闘員。目標を失って呆けられても困る。


 労働力の士気の管理も上司の仕事だ。


 鼓舞する言葉の一つや二つ、ひねり出してみせよう。


「俺が契約したのは未来の剣王のはずだが?」


 少女剣士との雇用契約のことだ。奴は契約の前に言ったはずだ。将来の剣王との契約だと。


 こいつには下手な慰めよりも煽った方が効果があるだろう。


 少女剣士は俺の言葉に肩を震わせ、徐々に頬を紅潮させていった。


「うん!そうだったよ!我はやがて女の身にて剣王となる者!我との契約を後悔はさせない!」


 顔面を赤く染め、何やら興奮しているようだが、いつもの調子に戻ったようだ。これなら一先ず安心だろう。調子が出ず仕事に支障をきたすということはないはずだ。


 安心し話を切り上げようとしたその時、ふと天啓がひらめいた。少女剣士に言いづらかったあのことを今なら自然に言えるんじゃないか?善は急げだ。俺は行動に移す。


 少女剣士の目をまっすぐに見据える。


「ヴィクトリア。」


 俺は誠意を込めて少女剣士の名を呼ぶ。


「うん。」


 少女剣士にも俺の誠意が伝わっているのか、奴も俺の目をまっすぐに見つめてくる。


「剣王になれなかったら報酬減額な」


「うっ…、はい。」


 少女剣士はしぶしぶ頷いた。


 小さいことからコツコツと。


 俺はこうして自身の財布事情改善の第一歩を踏み出した。


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