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42:師範代

「うん。師範代。マルコ・ハーゲン。剣王候補って言われてる剣士の一人だよ。」


 剣士にも一応階級のようなものが存在する。剣王を頂点に師範、師範代、そして平の剣士という順で先の階級ほど高い階級となる。しかし、剣王を除き、階級が戦闘力を直接表すわけではない。


 師範は剣士に技術を教える者達だ。必然的に経験豊富なベテランが多くなる。例外は存在するものの、師範は老いにより衰えている。技術があり、人に伝える能力は高い。しかし戦闘においては若人に適わないということがままある。


 翻って師範代という立場は師範と同じく剣士に技術を伝える者ではあるのだが、師範ほど多様な技術を身に着けている必要はない。その代わり、高い戦闘力が必要になる。師範ほどの経験や技術もないのに剣士に剣を教えるのだから当然だ。そもそもそうでなくては剣士が言うことを聞いてくれない。剣士とて師事するならば経験豊富なベテランか、そうでなくても自身より強者を望むだろう。いずれにせよ、未熟であっても戦闘力が高ければ師範代にはなれる。比較的若い者でも師範代には強ければなることが出来るのだ。


 剣士の頂点剣王はその時代で最も戦闘能力の高い者の称号だ。次代の剣王候補に名の上がる者は比較的若い師範代に多くなる。


 少女剣士が指さす方向に視線を向けると、腕利き特有の雰囲気を持つ長身痩躯の男が壁際に寄りかかっていた。年齢は20代後半といったところだろうか。


「声かけたいならいいぞ。俺たちはしばらくここで休んでいる。」


「手合わせのお願いしてくる!我指導してもらったこともあるんだ。」


 少女剣士は意気揚々とその師範代に向かって駆けだした。






「師範代!」


 ヴィクトリアは師範代、マルコ・ハーゲンに声をかけた。


 声をかけられたマルコの表情はあまり動かなかったが、ヴィクトリアには彼が驚いていることが分かった。


「ヴィクトリアか。どこに行っていた。父君が探しておられたぞ。」


 ヴィクトリアは家出同然に家を飛び出し、そのままフランシスコの左遷に同行した。ヴィクトリアの両親含め、ヴィクトリアの知己で彼女の行方を知る者はいなかった。


「ちょっと修行にね!」


「そうか。その姿勢は立派だ。」


 悪びれる様子もない少女剣士に、窘めるでもなく寧ろ褒めるマルコ。


 剣士にとって最も尊ぶべきは自己の研鑽だ。剣の道を究めることこそが本懐だ。その価値観は腕の立つ者ほど顕著。


 十代前半の少女が親に無断で家を飛び出したことはほめられたことではないが、その理由が修行のためとなれば話は別で立派ですらある。剣士にとっては一般的な考えだった。


「師範代はどうしてここに?」


 マルコはしばし、間を置きゆっくりと答える。


「剣王殿が目に見えて衰えてきている。我々は今、こぞって剣の腕を磨いている。次代の剣王になるために。剣王殿に安心してもらうように。」


「師範代も?」


「そうだ。」


 回りくどくわかりにくい言葉だ。


 剣王が衰弱し、次代の剣王が選出されることとなったため、マルコも修行に励んでいるということだろう。ヴィクトリアの質問に対応する回答であることを考えると、マルコはこのアスワン教の総本山のあるロマリアを修行の地に選んだようだった。


「ふーん。まあいいや。手合わせしてよ!我強くなったんだ!」


「そうか。強くなったか。だが、悪いが無理だ。ここに手合わせに適した場所があれば良かったが、人だかりでとても手合わせなどできない。人の少ない場所に行くにも時間を要する。俺にも予定がある。諦めてくれ。」


「むう。わかったよ。じゃあ戻るよ!里の皆に会うことがあったらしばらく帰らないって言っておいて!」


「俺もしばらく戻らん。だがヴィクトリア、お前は里に戻れ。ご両親が心配しているし、お前もいい年だ。伴侶を選び、子をなすべきだ。」


「嫌だよ。結婚するのは我が剣王になってから!」


「お前の志は立派だが、お前は女だ。」


「だから?」


「女は剣王にはなれん。」


「わからないじゃん!」


「……。まあいい。満足するまで修行するといい。」


「そうするよ!師範代の馬鹿!」


 ヴィクトリアはマルコに不満の意を告げ、すぐに背を向け走り去った。


 マルコはその背を黙って見送った。








 豊穣祭二日目の夜。


 本日の務めを終えて、宿舎に戻ろうとした聖騎士は帰路にて不審な者達を確認した。


 同僚の聖騎士や神官は多忙であり、周囲の神職は自身のみ。助勢を待っていては不審者を見失ってしまう。


 聖騎士は単身、不審者の跡をつけた。


 不審者はどんどん祭りの喧騒から離れていった。そしてさびれた酒場につくと周囲を確認する様子を見せ、中に入っていった。


 不審者の行動拠点らしき場所は判明した。


 一旦戻り、助勢を得て調査しよう。そう判断し、踵を返した時だった。


 唐突に腹部を強烈な痛みが襲った。痛みに声も出せずにうずくまる。


 内臓をかき回されるような痛みに耐えながら、聖騎士はその強靭な精神力でどうにか状況を整理する。強烈な痛みはあるものの、出血などの明らかな外傷はない。ただの腹痛とは違う不自然さを感じる。


「まさかつけられるとは。あれほど注意したのですが。」


「はい。すみません。まるで気づかず。」


 複数人の足音が聖騎士に近寄ってくる。


「まあいいでしょう。聖騎士相手に貴重な実践の機会が得られました。」


 神官ならば皆身に着けている首飾りのロザリオ。聖騎士のロザリオは特別な装飾が施されており、傍目にはわからないが、一定距離まで近づけばわかるものだ。


「痛みで声も出ないでしょう。これがヴァジュラマ様より賜りし新たな力!聖騎士といえど私の敵ではない!」


 話しぶりからして、この声の主の力によって聖騎士の痛みは引き起こされているようだった。そして、聖騎士の警戒対象でもあるヴァジュラマ教徒のようだ。


 視線をどうにかあげて声の主を視界に捉える。


 黒いフードに顔は隠れて見えないが、声質からして男だ。体格にはなんら特徴はないように思う。


「拘束し、連れて行きなさい。あとで尋問を行います。」


 そして聖騎士はヴァジュラマ教徒達によって手足を拘束されさびれた酒屋へと連行された。強烈な痛みは治まることはなく、聖騎士は抵抗することも出来なかった。




「なかなか口が堅いですね。さすが聖騎士と言ったところでしょうか。」


 聖騎士を確保してから1時間ほどが経過した。代償術により苦痛を与えながらの尋問を行ったが成果は芳しくない。再度尋問を行う予定だが、ヴァジュラマ教徒たちには他にもやるべきことがある。


「まあ、いいでしょう。それより教会の様子はどうですか。」


 ロマリアにいるヴァジュラマ教徒で最も位の高い男、『苦痛のヘイム』は部下たちにアスワン教会の動向を尋ねた。


「豊穣祭期間中というだけあって警備は厳重です。しかし、巡回体制は例年とさしたる違いはありません。問題はイレギュラーな行動をとる者達です。存在を確認した要注意人物は聖騎士では『光の盾』『鉄槌』『白騎士』。聖務執行官で確認できたのは『恵体』のみです。監視をつけて逐一報告させています。」


「そうですか。聖騎士共は要人の護衛に徹しますからそう邪魔にはならないでしょう。『恵体』も厄介ですがよく目立ちますから対処がしやすいですね。いずれにせよ私が手に入れた力の前には無力です。警戒は必要ですが、気負いすぎる必要はありません。」


 数か月前、突然新たな力に目覚めた。


 それはヘイムだけではなくヴァジュラマ教徒全体で力の向上が見られた。


 そして預言者ヨハネが現れた。


 預言者ヨハネは神ヴァジュラマより言葉を賜ったとのことだった。


 迷宮の発現法、闇の神器の召喚法を筆頭としたさまざまな知識をもたらし、今までまとまりのなかったヴァジュラマ教徒をまとめ上げ統制し、掌握した。


 預言者ヨハネがヴァジュラマ教徒を統一したことによりいままで散発的な行動しかとれなかったヴァジュラマ教徒が組織立った行動がとれるようになった。


 さらに全体的にヴァジュラマ教徒の代償術の効果が向上している。


『苦痛のヘイム』はヴァジュラマ教徒の中でも特別強い力を得た者の一人だ。強い飢餓感を感じる代わりに視界内の者を任意に選択し激烈な痛みを与えることが出来る。


 預言者ヨハネの指示による計画を明日に控えている。


 今までにない大きな計画だ。入念に準備してきた。


 しかし、不安もあるだろう。ヘイムは上司として部下共に激励を飛ばす。


「我らは力を手に入れた。だが目的は変わらない。この世界に騒乱を!ヴァジュラマ様に捧げるのだ。」


「「「おおおお!」」」


 部下共の好意的な反応にヘイムは言葉を続ける。


「そして我らには新たな協力者がいる。」


 壁際にたたずむ長身痩躯の男に視線を向ける。


「期待していますよ。マルコ・ハーゲン。」


「ああ。仕事は完遂するとも。」


 師範代、マルコ・ハーゲンは気負いなく答えた。


「戦乱こそ我が望みだ。」


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